アラカン・ロヒンギャ救世軍
アラカン・ロヒンギャ救世軍 | |
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指導者 | アタウラー・アブ・アマー・ジュヌニ(Ataullah abu Ammar Jununi)[1][2] |
活動期間 |
2013年[3] – 現在 2016年10月9日 –現在 |
活動地域 |
ラカイン州北部 バングラデシュ・ミャンマー国境 |
主義 | |
規模 |
~200 (2018年1月)[4][5] 500[6]–600[7] (2016–17 推計) |
敵対勢力 |
State opponents: Non-state opponents: アラカン軍[8] ロヒンギャ連帯機構 |
戦闘と戦争 | ミャンマー内戦 (2021年-) |
テロ組織指定者 | |
Flag |
アラカン・ロヒンギャ救世軍(アラカン・ロヒンギャきゅうせいぐん、ビルマ語: အာရကန်ရိုဟင်ဂျာ ကယ်တင်ရေးတပ်မတော်、英語: Arakan Rohingya Salvation Army)は、ミャンマー西方のラカイン州で活動する反政府武装組織。略称ARSA。指導者はアタウラー・アブ・アマー・ジュヌニ(Ataullah abu Ammar Jununi)。
結成
[編集]2012年にミャンマー各地で起きた反ムスリム暴動は、ミャンマーの内外のムスリム・コミュニティで大きな反響を生んだ(ロヒンギャ#民政移管とムスリムヘイト)。
アタウラー・アブ・アマー・ジュヌニ(Ataullah abu Ammar Jununi)もその1人である。アタウラーはパキスタンのカラチ出身のロヒンギャ移民で、家族でサウジアラビアに移住した後、富裕層の子弟の家庭教師をするなどして、わりと裕福な生活をしていたところ、2012年から2013年にかけてのミャンマーにおけるムスリムと仏教徒の衝突を知ったことをきっけに、ロヒンギャ・ナショナリズムに目覚めたのだという。
パキスタンに帰国したアタウラーは、サウジアラビアの富裕層やサウジアラビア在住のロヒンギャからの寄付からなる豊富な資金をバックに、ターリバーンなどのイスラム過激派の協力を取り付けようとしたがことごとく失敗。その後、仲間たちと一緒にバングラデシュに密入国し、2013年、コックスバザールの難民キャンプでARSAを結成した[11]。アタウラー含めて中心メンバーはパキスタン人で、ミャンマー語もベンガル語も話せないのだという[12]。またミャンマー情勢の分析で有名な安全保障の専門家・アンソニー・デイビスは「国際的なイスラム教聖戦主義や『イスラム国』(IS)、アルカイダと、何も実質的につながっていない」と分析しているが[13]、バングラデシュ側の報道によると、ハルカトゥル・ジハード・アル・イスラーミー(HuJI)などのバングラデシュの過激派組織の支援を受けていた可能性が高いのだという[12]。ARSAのメンバーはバングラデシュやラカイン州北部に潜伏しながら、軍事訓練を受け、メンバーを募り、兵器を入手して勢力拡大を図っていた[12]。
ロヒンギャ危機
[編集]詳細は「ロヒンギャ#ロヒンギャ危機」参照。
2016年10月19日、ARSAは、350人ほどの集団でラカイン州の国境警備隊の複数の監視所を襲撃、警察官9名を殺害し、兵器を強奪した。この時のARSAの兵器は貧相で、わずかな銃器の他は、鉈や鋭くとがらせた竹の棒を使用していたのだという[13]。国軍はこの襲撃に対して大がかりな掃討作戦を実行して、結果的に約7万人のロヒンギャがバングラデシュに流出。当時、ARSAは世間に知られておらず、ロヒンギャ連帯機構(RSO)の犯行が疑われたが、やがて件の武装勢力は「ハルカ・アル・ヤキン」(信仰の運動)という名前で、サウジアラビア出身のムスリムがリーダーであり、豊富な資金を持ち、外国で訓練を受けていたということがメディアやSNSで知られるようになった[12]。
そして2017年8月25日、新メンバーを加え、兵器を増強したARSAは、今回は組織名を明らかにして、鉈や竹槍で武装化した住民を引き連れた約5000人の集団でラカイン州の約30ヶ所の警察署を襲撃し、数日間の戦闘で治安部隊に14人、公務員に1人を殺害した。これに対して国軍はロヒンギャ住民の殺害や村々の放火を伴う掃討作戦を展開し、結果的に約70万人と言われるロヒンギャ難民がバングラデシュに流出する未曾有の事態となった。なおこの際、ARSAはヒンドゥー教徒の人々を虐殺したとも伝えられている[14]。
2018年8月25日、ARSAは襲撃から1周年を迎えた節目となる日に、ツイッターでロヒンギャの保護と安全かつ尊厳ある帰還は、正当な権利であるとするコメントを発表した[15]。2017年の襲撃の際に自身にも多数の死傷者が出たものの、コアメンバーは無傷だったと伝えられているARSAだが[12]、以後、国軍に対する武装闘争を止め、アタウラーも公に姿を現していない。
その後、バングラデシュコックスバザールにあるロヒンギャの難民キャンプが、2020年ので新型コロナウイルスの感染拡大により、キャンプの警備が手薄になった隙を突いて、ARSAのメンバーがキャンプに潜入し、みかじめ料の徴収や徴兵を行い始めたと伝えられている。バングラデシュ政府はミャンマー側が帰還を拒否する口実とすることを避けるために「難民キャンプにARSAのメンバーはいない」としているが、2020年12月現在でキャンプ内に1500人ほどの勢力がいるものと推定されている[16]。
2021年クーデター後
[編集]2023年11月13日、ラカイン族の武装勢力・アラカン軍(AA)が停戦合意を破ったことにより、ラカイン州では国軍とアラカン軍との戦闘が再開した。その際、アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)、ロヒンギャ連帯機構(RSO)、アラカン・ロヒンギャ軍(ARA)といったロヒンギャの武装組織は国軍の指揮下に入ってAAと戦った。
ARSAとRSOはコックスバザールにあるロヒンギャ難民キャンプで激しく支配権を争っており、現在はRSOが優勢で、ロヒンギャの若者たちを強制徴募して、国軍に送っているとされる[17]。双方、互いのメンバーだけでなくキャンプ内のリーダーや教育者を殺害したり難民を身代金目的で誘拐する事件を起こし、ロヒンギャ一般からは自身らを代表する組織とは思われていずテロ組織に近い受け止め方をされている[18]。ARSAが、ラカイン族を含む非ムスリムの村々を襲撃し、人々を虐殺しているという報道もされている[19]。
脚注
[編集]- ^ J, Jacob (15 December 2016). “Rohingya militants in Rakhine have Saudi, Pakistan links, think tank says”. オリジナルの26 August 2017時点におけるアーカイブ。 26 August 2017閲覧。
- ^ Millar, Paul (16 February 2017). “Sizing up the shadowy leader of the Rakhine State insurgency”. Southeast Asia Globe Magazine. オリジナルの24 February 2017時点におけるアーカイブ。 24 February 2017閲覧。
- ^ Winchester, Mike. “Birth of an ethnic insurgency in Myanmar” (英語). オリジナルの11 September 2022時点におけるアーカイブ。 13 September 2017閲覧。
- ^ Olarn, Kocha; Griffiths, James (11 January 2018). “Myanmar military admits role in killing Rohingya found in mass grave”. CNN. オリジナルの18 January 2018時点におけるアーカイブ。 16 January 2018閲覧。
- ^ “'Beyond comprehension': Myanmar admits killing Rohingya”. www.aljazeera.com. (11 January 2018). オリジナルの15 January 2018時点におけるアーカイブ。 16 January 2018閲覧。
- ^ Katie Hunt. “Myanmar Air Force helicopters fire on armed villagers in Rakhine state”. CNN. オリジナルの15 November 2016時点におけるアーカイブ。 15 November 2016閲覧。
- ^ Bhaumik, Subir (1 September 2017). “Myanmar has a new insurgency to worry about”. South China Morning Post. オリジナルの9 October 2017時点におけるアーカイブ。 8 October 2017閲覧。
- ^ Mathieson, David Scott (11 June 2017). “Shadowy rebels extend Myanmar's wars”. Asia Times. オリジナルの11 September 2022時点におけるアーカイブ。 13 June 2017閲覧。
- ^ Kyaw Thu, Mratt; Slow, Oliver (28 August 2017). “With ARSA attacks, northern Rakhine plunges into new, darker chapter” (英語). Frontier Myanmar. オリジナルの29 August 2017時点におけるアーカイブ。 29 August 2017閲覧。
- ^ “List of Individuals, Entities and Other Groups and Undertakings Declared by the Minister of Home Affairs As Specified Entity Under Section 66B(1)”. Ministry of Home Affairs of Malaysia. 1 September 2021時点のオリジナルよりアーカイブ。4 March 2020閲覧。
- ^ “自由の戦士か災いをもたらす者か?ロヒンギャ武装組織指導者 異色の人生”. www.afpbb.com (2017年10月1日). 2024年9月7日閲覧。
- ^ a b c d e 日下部尚徳,石川和雄『ロヒンギャ問題とは何か』明石書店、2019年9月、37-62頁。
- ^ a b “【ロヒンギャ危機】 ロヒンギャ武装勢力の真実”. BBCニュース (2017年10月13日). 2024年9月7日閲覧。
- ^ 「【ロヒンギャ危機】武装勢力、ヒンドゥー教徒100人近くを大量虐殺か=人権団体」『BBCニュース』。2024年9月7日閲覧。
- ^ “大弾圧から1年、警察襲撃のロヒンギャ武装組織が声明 難民らはデモ”. AFP (2018年8月25日). 2018年8月25日閲覧。
- ^ ロヒンギャ難民武装組織が勧誘 バングラのキャンプ治安悪化『読売新聞』2020年(令和2年)12月29日夕刊13版、8面
- ^ “Breaking Away: The Battle for Myanmar’s Rakhine State”. 国際危機グループ. 2024年9月8日閲覧。
- ^ 増保千尋 (2024-9-24). “見過ごされるロヒンギャの惨状”. ニューズウィーク日本版 (CCCメディアハウス).
- ^ globalarakannetwork (2024年8月3日). “Untold and Unheard: The Rise of ARSA and RSO Terrorism in Maungdaw, northern Arakan” (英語). Arakan Network. 2024年8月5日閲覧。