だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

資本主義と、お金と愛情

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先日、マルクスが書いた『共産党宣言』を読みました。
kimniy8.hatenablog.com
その際、最後に書かれていた部分で、かなり共感できる部分が会ったので、今回は、その部分だけに焦点を当てて考えていこうと思います。

最初に注意として書いた置きますが、『共産』という言葉にアレルギーがあり、こういう言葉を聞くとすぐに、『ソビエトで失敗してるのにw』とかいう方は、社会主義共産主義を勘違いしていますので、一度、共産党宣言を読むことをお勧めします。
社会主義は、資本家の代わりに国が搾取するという構造で、『共産党宣言』の中でも否定されている考え方ですので、お間違えないようにお願い致します。


どの部分に共感をしたのか

『個人が個人を搾取することがなくなれば…
それに応じて、国民による搾取も無くなってゆき

国民内部の階級対立がなくなれば…
諸国民同士の敵対関係もまた 無くなってゆく

そして家族にも、金銭的な打算的キズナでなく、愛が取り戻される』

この文章の全般に共感したのですが、特に共感できた部分が、最後の一文です。
どういう事かを一言で言うと、資本主義の世の中では、愛情というものが欣然的な打算的キズナに劣化してしまい、本当の意味での愛情を育む事ができないという事です。

金銭的な打算的キズナ

資本主義というのは、言い換えれば、お金を稼ぐ為の競争社会のことです。では、その競争は平等に行われるのかというと、そうではありません。
資本を持つものと持たないもので、最初からスタートラインが違うのは勿論ですが、スタート後に引かれている道も違います。

金持ちの子供は、持って生まれた資本によって道が整備されているだけでなく、父親やその上の代から受け継いできた人脈といった人間関係という強い追い風が吹いている状態です。
一方で貧乏人は、資本がない為に、最初は絶対に搾取対象の労働者にならなければなりませんし、人脈なども当然ありません。
それどころか、家が貧乏だと学校にも通えなかったりする為、低学歴といった烙印も押され、マイナスからのスタートとなります。

マルクスが生きた時代は、現状の私達よりも搾取がキツイ時代だった為、夫だけでなく、妻も、そして子供も働かなくては暮らしていけない程の搾取っぷりで、そこまでの搾取をしている分、資本家たちは裕福な暮らしをしていました。
この様な状況では、貧乏人にとっての家族は、最低限の生活を維持する為に必要な、金を稼ぐコマと成り果ててしまいます。
夫は肉体労働で体を酷使し、妻は、働くだけでなく、資本家が求めれば体も売る。 子供も、学校などには行かせてもらえずに、下働きをさせられる…

生きていくだけで精一杯の状態では、金銭的にも精神的にも余裕はなくなり、家族に愛情を注ぐ事もできなくなる。

では、金を持つ資本家はどうなのでしょうか。
資本家にとっての子供は、自分の財産を次の世代につなげる為の手段となる為、幼い頃から、その資産を継ぐのに相応しい人間へと教育させられます。
『子供が本当になりたいもの』『やりたいこと』なんてのは二の次三の次で、第々受け継いだ資産を、最低でも維持、出来るなら増やして、次の世代に託す事のみを望まれて育てられます。

人間関係も限定され、財産を増やす為に必要な人材を紹介されて、付き合うことになる。
結婚も同様で、資産をより増やすために必要な人脈作りの一環として行われ、全てが道具で、家族を繋げるものは、金銭的な打算的キズナだけとなる。

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資本主義と愛情

つまり、資本主義社会に置いては、労働者も資本家も、真実の愛というものが何か、わからなくなってしまうという事です。
資本家にとっては、自分の財産を全て譲り渡すことが、最大の愛情なのだと思いこんでいるのかもしれませんが、それは本当に、真実の愛なのでしょうか。

貧困にあえぐ労働者階級は、最低限の生活を行うための金銭を稼ぐだけで、日々の生活は終わっていきます。
その様な疲れ果てた家庭では、相手を思いやるといった精神的な余裕もなくなり、些細な事で揉めてしまうという事も、頻繁に起こるでしょう。

では、『子供だけには、こんな思いはさせたくない』と、勉強や習い事を強制させる行為は良い行動なのかというと、そうでもない。
確かに、全ての金銭を子供の注ぎ込む事で、子供が労働者階級から抜け出る可能性はあるかもしれませんが、それは結局の所、資本家が我が子に対して行っている事と同じで、金銭的な打算的キズナでしかありません。

『お金を稼がなければならない』
『稼いだお金は維持しなければならない』
これらの事が強制される資本主義の世の中では、人々の行動は『お金を稼ぐ』という一点において強制される為、そこに発生するのは純粋な愛情では無く、金銭を得る手段という皮を被ったものとなる。

現代における金銭と愛情

先程書いた事は、マルクスが生きていたような搾取がキツイ状態だから成り立っていた事で、現状では大丈夫と思ってはいないでしょうか。
少し考えてみれば分かりますが、この状態は、搾取の度合いによって起こっているわけではなく、全ての価値がお金に換算される資本主義だから起こっている事なので、当然のように、現在でも起こっています。

例えば、最近では『婚活』という言葉が定着していましたが、婚活パーティーやアプリ、なんでも良いのですが、何故、『年収』を書く欄が有るのでしょうか。
システムによっては、年収で足切りを決めていて、年収◯◯以上じゃないと参加できない。もしくは、それ以下を非表示にする機能なんかが付いていたりしますが、何故、そんな機能が付いているのでしょうか。
これは簡単に言えば、人間性を金に換算できると思い込んでいる人が多いから、そういう機能を便利だと思うし、付いていても不思議とは思わないんでしょう。

低学歴と高学歴、どちらがモテるのかといえば、高学歴が持てますが、何故、高学歴がモテるのでしょうか?
高学歴の方が、高い年収を稼ぐ可能性が高いから、モテるんですよね。 仮に、東大卒の借金数千万円のホームレスがいたとして、その人はモテるのでしょうか?
医者・弁護士といった人がモテるのは、何故でしょうか? 困っている人を助けるような職についているから、人間的に優れていると思う人が多いから、モテるのでしょうか? それとも、年収が高いからでしょうか?

子供が生まれた際に、良い保育園や学校に入れたいと思うのは、何故でしょうか? そうすることで愛情が注げるからでしょうか? それとも、そうする事で高い年収が得られるからでしょうか?

人間関係と金

これは、家族といった間柄だけの話ではありません。
例えば私は、独りで呑みに行く事があり、10年以上に渡り、月に数回は呑みに行くという生活をしています。
月に数回なので、それ程、回数が多いというわけではありませんが、10年以上も続けていると、馴染みの店も出来ますし、そこで人間関係なども生まれたりもします。

ですが、例えば、店を経営している人と、本当の意味での人間関係が築けているのかというと、それはわかりません。
というのも、私は、特定の店に行って『お金を払って注文する』という行為を行っているわけです。 私の行動は、店側にとっては利益に直結する問題なので、そこで純粋な人間関係が築けていると思うのは、純粋過ぎるでしょう。

向こう側からすれば、私の機嫌を損ねると、売上が減る可能性があるわけですから、気分を害する用な事は極力言わないように気をつけるでしょう。
しかし、そんな関係が、本来の意味での人間関係なのでしょうか? 本来の人間関係であれば、私が傷つくような事で有っても、言わなければならない事も有るでしょう。
ですが、それが『営業』であるならば、そんな事は言わないでしょう。
こういう事は、一度、疑い出すとキリが無くなります。例えば、店側の人が、私と本当に人間関係を築きたいと思っていたとして、店が休みの日に、私を遊びに誘ったりしたとします。
ですが、そういった『営業』も有ります。 私はいった事がありませんが、キャバクラなどは、同伴やアフター、休日を使った『営業』を積極的に行っているわけで、ショットバーでそれがないとも言い切れない。

結局の所、疑おうと思えばいくらでも疑えるわけで、その真相は、相手が店をやめて、利害関係が無くなったとしても人間関係が切れていないという事実を持ってしかわかりません。

こういう意味合いでいうと、社会人になってからの交友関係というのは、『利害関係がない』事が重要になっていたりします。
『利害県警がなく、その人物と一緒にいても、金銭的なメリットがない。 けれども、一緒にいたいと思うから、その人の事を大切に思っているのだろう。』という事です。
ただこれも、資本主義的な人間関係に対するカウンターとしての考え方に過ぎないわけで、本来の意味で縛られない考え方をしようと思うのであれば、資本主義からの呪縛から開放されない限りは無理なんでしょう。

絆・愛情・信頼関係。
私は、幸福というものがどういうものかというのが、まだ、わかりませんが、幸福という状態になる為には、先程、挙げた3つは、欠かせないものだと思っています。
しかし、それすらも金銭に置き換えて考えてしまうというのは、『幸福』というものから、どんどんと遠ざかっているような気がしてならないんですよね。

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