JAL(日本航空)グループの日本エアコミューター(JAC)は、“地域の翼”として鹿児島県内の離島を中心に、空の交通インフラを支えている航空会社だ。社員数はJALの約1万3000人に対して、JACは421人。そして、JALの大きなジェット機(全長66.8m・総座席数391)に対し、JACは「ATR」という小さなプロペラ機(全長22、7m・総座席数48)を運行している。つまり、JACは親会社のJALに比べて非常に小さな会社と言える。
しかし、そんなJACがJALに勝っていることがある。それは、サイボウズが提供するノーコード開発ツール「kintone(キントーン)」の利用率だ。JALの19%に対し、JACは100%。全社員がkintoneのアカウントを保有しているため、JALグループにおけるkintone活用のリーディングカンパニーとなっている。
「世界一の整備チームになる」――。こう語るのはJAC 整備管理部の西上正浩氏。西上氏は、サイボウズが2024年11月に開催したイベント「kintone AWARD」に、同じく整備管理部である臼崎南海氏と共に登壇、kintone導入前に感じていた課題や、kintone活用のポイントなどを紹介した。以下、JAC流のノウハウをお届けしよう。
チームワーク崩壊で会議が大荒れ - 原因は「情報の分散」
JACの部門は大きく分けて、運航、客室、企画・総務、整備の4つに分けられる。kintoneを最初に導入したのは、西上氏と臼崎氏が属する整備部門だ。
同社における「整備」とは、飛行機が安全に飛べるように点検、そして修理をすること。整備業務には、実際の整備士のほか、デスクワークの部署もある。2人はその部署に所属しており、さまざまな側面から整備士を支援している。
西上氏は「kintone導入前の私たちは、チームワークが不足していました。“情報の分散”が原因だったのです」と振り返った。
整備管理部には「Critical Parts Order」という業務がある。これは、予期せぬ部品交換が発生した際に緊急で発注を行うといった業務で、kintone導入前は、整備士からメール・FAX・電話のいずれかで連絡をもらい、印刷した受付書を整備士に渡していたという。その後に納入された部品を渡す流れだった。
緊急事態として対処するこの業務の問題点は、情報が紙やメールに分散していたことだ。データ検索ができないため、ある情報を知りたいときはひたすら探すほかなかった。部品調達を担当している臼崎氏は、「情報を知りたい整備士から「『いつ?』『まだ?』『遅い!』と、毎日大量の進捗問い合わせの電話が鳴り止まない状況でした。問い合わせ対応に追われ、他の業務ができず、残業ばかりで帰れない日々が続いていました」と苦い表情を見せた。
しかし、この状況で一番困っていたのは現場の整備士たちだ。緊急時に必要な部品が届かず、整備の工程会議はいつも大荒れしていたという。一方で、整備管理部もあふれかえる注文にお手上げ状態。情報が分散して最新状況はいつも不明で、それらの解決方法は「力技」のみの状況だった。「会議も前に進まず、良くない雰囲気の毎日で、チームワークも崩壊している状況でした」(臼崎氏)
kintone導入で生まれる2つの派閥「最初はそれでいい」
「これじゃダメだ。変わりたいけど、どうしたらいいかがわからない」(西上氏)という状況の中、2021年4月に親会社JALから新しい整備管理部長が着任したことが、整備部門のどんよりとした雰囲気を変えていった。
新しい整備管理部長がkintoneの導入を決めたのだ。なぜkintoneなのか。それは「『自分たちは変わりたい』と思うJAC整備部門と、自分たちでアプリや仕組みを作ることができるkintoneの2つがマッチしていたからだ」(西上氏)という。
整備部門のみのスモールスタートとして晴れて導入されたkintone。まず最初に作ったのは「自己紹介アプリ」。kintoneの標準機能をふんだんに使ったアプリで、「何ができるか」の認知を広げることを目的として作成した。
例えば、自分の名前は「ユーザー選択」、出身地は「ドロップダウン」、朝ごはんは「チェックボックス」。一番好きな歴代JAC機は「ルックアップ」、趣味は「文字列」など、自己紹介を入力するだけで、kintoneの標準機能を満遍なく触れるアプリを作ったという。
しかし、新しいものが出てくると2つの派閥ができてしまうなんてことは、よくある話だ。「これを待ってました!」「早速アプリを作ろう!」と肯定的な革新派と、「また新しいITツール?」「Excelじゃダメなの?」「メリットが分からない」と従来のやり方を尊重する保守派。JAC整備部門も例に漏れず、2つの派閥ができた。
ところが西上氏は「最初はこれでいいんです。革新派を支えつつも、無理に保守派を排除することはしませんでした」と振り返る。
保守派の意見が一変したきっかけは、「本当に使えるアプリ」の登場だ。革新派の1人が、先述した「Critical Parts Order」の業務を効率化するアプリを開発。分散していた情報が1カ所に集約され、進捗状況も一目で分かるようになった。
現場の整備士が起票すると同時に、関係者へはすぐ伝達されるため、メールでの連絡は不要に。必要な情報はすべて入力・添付されているため、気になる点があればチャット機能を使うことで業務時間の短縮につながった。
「問い合わせは一気になくなり、工程会議も荒れなくなりました。どんな状況かはkintoneを見ればすぐにわかるため、『その状況を踏まえて、今はこうしよう』と、1つ上のレベルの議論がされるようになったのです」(臼崎氏)
情報の分散という課題をkintoneが解決した。「kintone=便利」という認識が一気に広がり、JAC整備ではさらにkintoneが広がっているという。
アプリ開発の前に、業務のシンプル化を!
JAC整備部門では、kintoneを活用する上で、守るべきことを2つ決めている。
1つ目は、kintoneでアプリを作る前に、業務をシンプルにすること。今のプロセスをそのままkintoneに置き換えるのではなく、何に時間がかかっていて、なぜそれをやっているのか、もう一度見直すようにしているという。
例えば、情報の分散を解決した「Critical Parts Order」の場合、何が問題だったのだろうか。情報が分散していたことで困っていたが、それ以前に重複する承認フローにも課題があった。チェックが多かったのは、ミス防止と情報共有、つまり心配事を減らすためだった。
JAC整備部門は、この無駄な重複をなくすためにkintoneを活用した。添付忘れに対しては、必須項目を活用し、入力ミスは自動チェックや計算機能、情報共有は条件通知というように、不要なプロセスは簡略化しながら心配事をなくしていった。
そして2つ目は、できる限り標準機能でアプリを作ること。カスタマイズは最後の手段と考えることだ。
西上氏は、「すごいアプリではなくて、持続可能なアプリを作る。私もそうなのですが、ITが好きな人は凝ったアプリを作りがちです。凝ったアプリは便利な反面、アプリの中身はブラックボックス。その人がいなくなったら直せなくなる、なんてこともよくある話です」と説明する。
kintone活用におけるJAC流の4つのノウハウ
kintoneをきっかけに業務を見直す。こうした風土がJAC整備部門に広がり「もっとやろうと、DXへの前向きな“つなぐサイクル”が生まれていきました」と、西上氏は笑顔を見せた。
講演では、JACの整備士が作ったイチオシのアプリも紹介された。その名も「プロップアップモニタリングアプリ」。コックピットの室温変化などの気になる事象をモニタリングしていくアプリで、いわば医者の診察カルテの飛行機版だ。
各空港の整備士が連携して事象を追跡できるアプリで、年間900件の事象を共有しているという。「空港ごとにモニタリングステータスをバトンタッチしていき、適切なタイミングで適切な処置を施すことができるようになりました。このようにkintoneは、共有して連携する業務に多く活用されています」(西上氏)
JAC流のkintone活用から学べるノウハウは4つある。
1つ目が、kintoneに慣れる取り組みから始めること。そして2つ目が、「Critical Parts Order」のアプリのように「ホームラン事例」を1つ作って、保守的な人にも良さを伝えること。3つ目が、kintone化する前に業務を見直してシンプル化すること。そして4つ目が、スキルのある人ほど、いなくなった時のためにシンプルなkintoneアプリを目指すこと。
西上氏は「kintoneを活用することで、『世界一の整備チームになる』という目標に向けた一歩を踏み出すことができました。私たちはこれからも、安心と安全、そしてみなさまの大切な出会いをつないでいきます。僕らと同じ大空を飛ぶ心強い相棒、kintoneと一緒に」と語り、講演を締めくくった。