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「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

生活保護の「現物支給」は百害あって一利なし!

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あなたは小学六年生だ。いま、お年玉の使い方についてお母さんと議論している。あなたの言い分はこうだ:
「小学六年生にもなればお金の管理ぐらい自分でできる。学習教材とゲームソフトを買うつもりだが、一日のゲーム時間は必ず守る」
事実、同級生のほとんどはお小遣い帳をつけている。ゲームをほどほどにしないと人生に失敗すると、ニコ生配信者のニートのお兄さんから学んだ。あなたはお金を無駄づかいしないイマドキの小学生なのだ。
しかし、母親の言い分はこうだ:
「隣のクラスのIくんがお年玉を使ってえっちなマンガを買っていたそうです。やっぱりお母さんは、お金の管理は小学生には早いと思うの。だからこのお金はお母さんが預かります」
かくして、あなたは親戚縁者から集めた数万円を失い、五百円玉の重さを噛みしめる小学生に逆戻りというわけだ。
もしもこの時、お母さんがお金を自由に使わせてくれたら、買った学習教材で苦手な算数を克服し、将来すばらしい学歴を手にしていたかもしれない。なにしろ自分で選んだ教材だ、買い与えられたものとはやる気が違う。あるいはこの時のゲームソフトに触発されて、将来、宮本茂さんをしのぐような偉大なゲームクリエイターになっていたかもしれない。計画的に使われるカネは、多かれ少なかれ自己投資という側面を持つ。この母親は息子の可能性を信じていないがゆえに、ここでカネを取り上げたのだ。
そして何より考えるべきなのは、「同級生のほとんどがお小遣い帳をつけている」という環境だ。この環境において、たった一人の「えっちな本を買った人」のせいで全員が迷惑をこうむっている。この構図は生活保護の不正受給によく似ている。
現代社会において、私たちはカネを使わなければ生きていけない。あなたのカネの使い方は、「あなたらしさ」の影絵になっているはずだ。したがってカネの使い方を指図するということは、その人の人間性を指図する――そんな生き方(=カネの使い方)ではダメだと、否定することにほかならない。
ごく一部の“カネの使い方を間違ったやつら”のために、圧倒的多数の“普通の人”の人間性を否定してもいいのだろうか。
小鳥を撃つのに大砲を使うべきではないし、狼が怖いからといって森を焼き払うべきでもない。







不正受給は論外だ。生活保護は働けない人を支援するためのものであり、困窮した人がやむなく犯罪に手を染める……といった悲劇を防ぐためのものだ。結果として治安の維持・向上につながり、私たち納税者も間接的に生活保護の恩恵を受けられる。もしも貧困が広がり、治安の悪化が進んだら、私たちは防犯に高いコストを払わなければいけない。税金で社会福祉を維持しているほうが、ずっと安上がりなのだ。生活保護という制度の目的がそういうものである以上、のうのうとタダ飯を食おうとする不徳なやつらは許されない。現代の社会は、まだそこまで寛容ではない。
不正受給はできる限り減らすべきだ。
また、「ギャンブル等にカネを使うこと」に疑問の目が向けられるのも理解できる。ギャンブル依存症アルコール依存症を放置したままカネだけ渡すことが、社会的に許されるとは考えづらい。
そして現物支給は、これらの問題を一発で解決できる妙手に思える。
カネが入ってこないならば「不正受給をしてやろう」というインセンティブは著しく下がる。受給者をギャンブルやアルコールから遠ざけるには、そもそもカネを渡さなければいい。健康で文化的な最低限度の生活を営むための日用品・食糧さえ渡しておけば、あらゆる問題を解消できる。
それどころか、たとえば食糧を給食のような仕組みで提供すれば、食事を作る人、運ぶ人、食べさせる人……などの雇用を創出できる。現物支給は失業対策にもなるのだ。ああ、なんて素晴らしいのだろう!




しかし、考えが甘い。




そもそも不正受給を企てるような人間がまともな価値観・正義観を持っているとは思えない。カネになることならどんなことでもやると考えるべきで、たとえば支給された物品をヤフオクで売り飛ばし、生活の足しにするはずだ。なにしろ書類審査さえクリアすれば、シャンプーやタオル、食料品がタダで手に入る。二束三文で売り払っても利益が出るのだ。もしも私が不正受給を“本業”にしている人間なら、ホームレスを手下にして生活保護を受けさせ、集めた食料品を家畜の飼料メーカーに売るだろう。モノを現金に換える手段など、いくらでもあるのだ。
たしかに現物支給にすれば、不正受給は減るかもしれない。しかし根絶はできない。
ヤフオクの利用を禁止すればいい? 他のルートで売買されるだけだ。
書類審査を厳しくすればいい? それって現在と同じじゃん。
現物支給は、不正受給の対策としては不完全だ。



また、ギャンブルやアルコールへの依存症は社会全体の問題であって、生活保護受給者だけを特別視する理由がない。もしも仮に現物支給によってそれら依存症から生活保護世帯を救うことができたとしても、ワーキングプアがギャンブル+闇金のコンボで身を滅ぼしたり、高所得世帯の専業主婦がキッチンドランカーになってしまう悲劇がなくなるわけではない。それら不幸を放置して、生活保護世帯だけに注目すべき理由がない。
ギャンブルやアルコールへの依存は、社会全体から無くしていくべきだ。そして無くすことができたなら、もはや現物支給をする必要はなくなる。問題の解決策として現物支給は不適切だ。
さらに、深刻な依存症に陥った人は「カネがない」ぐらいではギャンブルや酒をやめない。世界中の貧民窟(スラム)で、今日も酒を買うカネほしさに強盗事件が起きている。これら依存症に対しては個別・専門的なケアをするしかなく、現物支給によってカネを絶っても意味がない。むしろ治安の悪化につながり、現在よりもヒドい状況になる。
現物支給には何のメリットもない。




それどころか、現物支給はデメリットのほうが多い。




現物支給とは、
「役所 → 受給者」
というカネの流れを、
「役所 → 買い付け担当者 → 受給者」
という流れに変えるということだ。



この買い付け担当者が役所の職員だろうと民間人だろうと、明らかに人件費・事務経費が増加する。たとえば、どんな物品が健康で文化的(中略)生活に必要なのか、余計な会議をして決めなければいけない。そして貴重な電力がパソコンに浪費され、無駄な印刷用紙とトナーのインクが消費され、広大なジャングルが文字どおり紙くずパルプとなって消えるのだ。
さらに、買い付け担当者を置くという構造は、賄賂や汚職の温床になる。
市役所に物品を卸している業者――つまり現物支給制度によって売上げを確保できる業者――が、果たして品質改善やコスト低減にまともに取り組むだろうか? するわけがない。価格競争をするよりも、縁故と賄賂に頼ったほうが安上がりだ。たとえ競争入札にしたところで汚職は無くならない。それは歴史が証明している。



たとえば食糧を給食制にしてみよう。そうすれば雇用を創出できると、現物支給に賛成する人はいう。しかし、これは大きな誤解だ。もしも給食制が導入されれば、生活保護受給者が今まで利用していたスーパーマーケットや飲食店が一切使われなくなる。行政の介入によって民間の消費が阻害されるのだ。売上げが落ちたら、そういう小売店や飲食店は何をするのか:もちろん人件費を削る。
そもそも「食事を作る人」に限っていえば、給食センターで働こうが民間の飲食店で働こうが「料理をして/カネを得る」という点に違いはない。居酒屋や料亭のアルバイトから社員になり、最終的に独立して自分の店を持った――。そんな店主を私は何人も知っている。
もちろん独立経営は楽ではない。客の目を引くような独創的な料理を出したり、店舗を工夫したり。新しい“やり方”にチャレンジしている人ばかりだ。今でこそFacebookを使って口コミを広げるというアプローチは普通になった。が、ほんの10年前までSNSを導線にして客を呼び込む飲食店なんて考えられなかった――当時は存在していなかった業態なのだ。「居酒屋」や「カフェ」と一言でいっても、その業態は日々、進歩を続けている。私たちに新しくて多様なサービスが提供されている。個人経営者の創意工夫のたまものだ。
そして商売が軌道に乗れば、彼らはアルバイトの数を増やし、二号店、三号店を展開する。つまり雇用が拡大していく。
では給食制度に創意工夫の余地はあるだろうか?
給食センターで働き続けることで、独立開業のノウハウが身につくだろうか?
もちろん給食の仕事に創造性が皆無だとは言わない。私の小学生時代を思い起こしてみても、子供たちの成長を考えて限られた予算の中で工夫に工夫を重ねている“給食のおばさん”がいた。が、彼女は給食を天職とした“選ばれた人”であって、誰もが彼女のようになれるわけではない。また、給食制度では独立開業のノウハウは絶対に身につかず、将来の雇用増大も見込めない。
生活保護をカネで渡している限り、そのカネは全額、民間の小売店や飲食店に流れていた。しかし現物支給にした場合、そのカネの一部が「余計な買い付け担当者」等に浪費される。また“新たな業態”や“新たな雇用”も生み出されない。雇用が増えるどころか、むしろ富の偏在を助長し、雇用を圧迫してしまう。




       ◆




繰り返しになるが、生活保護の不正受給は大問題だ。そして生活保護受給者の“娯楽”や“贅沢”がある程度は制限されてしまうことも、まあ、なんつーか、世の中の感情的にしかたないことだと思う。
だが、その解決策として現物支給はあまりにもバカげている。
まず、現物支給に切り替えたところで不正受給は根絶できない。それを無くすためには書類の審査や継続的な調査が不可欠で、結局、いまと同じになってしまう。
またギャンブルやアルコールの依存症については、社会全体から減らしていくべき課題であって、生活保護の受給者だけを救おうとする理由がない。まして現物支給など、対策として間違っている。重篤な依存症患者はカネがなければ犯罪に走る。酒乱の男が飲むカネ欲しさに人を殺してしまう……なんて、昔からありふれた物語だ。
さらにカネの流れに「買い付け担当者」が加わることで、余計な人件費・事務経費が発生し、汚職や賄賂の温床になる。本来なら民間の小売店や飲食店に落とされるはずだったカネが、受け取るべきではない人たちの懐に流れてしまう。また、給食の例を考えれば分かるとおり、現物支給の仕組みは民間の利益を圧迫し、かえって雇用を減らしてしまう。
そもそも生活保護受給者の多くは年金を受け取れない障碍者や老人であって、マスコミやネットメディアが強調するような“不道徳な不正受給者”はごく一部だ。そのごく一部の人間のために、これだけデメリットの多い制度を導入すべきだろうか。
何度でも言おう:小鳥を撃つのに大砲を使うべきではないし、狼が怖いからといって森を焼き払うべきではない。
生活保護の現物支給は、百害あって一利なしだ。






…………と、長々と書いてきたが、次の一言を書いたほうが日本人の心には響くのかもしれない。




「モノを渡すよりもカネを渡したほうがいいです」って、
ノーベル賞をとった経済学者もゆってるよ!







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