Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

174 (U431.2797) ー ジャガイモのお守り

扇:(ぽんと叩いて)すべて終わったのさ。

 

第174投。431ページ、2797行目。

 

 THE FAN: (Tapping.) All things end. Be mine. Now.

 

 BLOOM: (Undecided.) All now? I should not have parted with my talisman. Rain, exposure at dewfall on the searocks, a peccadillo at my time of life. Every phenomenon has a natural cause.

 

 THE FAN: (Points downwards slowly.) You may.

 

 BLOOM: (Looks downwards and perceives her unfastened bootlace.) We are observed.

 

 THE FAN: (Points downwards quickly.) You must.

 

 

 扇:(ぽんと叩いて)すべて終わったのさ。私のものになりな。すぐ。

 

 ブルーム:(決めかねて)すぐだって。お守りを手放すんじゃなかった。雨。海の岩場の露で濡れた。年甲斐もない過ち。あらゆる現象には自然の原因がある。

 

 扇:(ゆっくり下を指し)していいよ。

 

 ブルーム:(下を見てブーツの紐がほどけているのに気づく)人が見ているよ。

 

 扇:(すばやく下を指し)しなさい。

 

 

第15章。夜中。ブルーム氏はスティーヴンとリンチの2人を追って、夜の町の娼館へやってきた。娼館の女主人ベラ・コーエンが登場した場面。このブログの第101回の場面のすぐあと。ベラはカルメンを演じる歌手ミニー・ホークみたいに黒い角製の扇を持っている。幻想の場面であり、その扇がブルームにしゃべりだす。

 

 

カルメンを演じるミニー・ホーク(1899年)

Minnie Hauk as Carmen. Illustration for The New Metropolis edited by E Idell Zeisloft (D Appleton, 1899).

 

「すべて終わった」というのはブルーム氏と妻のモリーの関係が終わったと言うことだろう。扇は下を指してブルーム氏にブーツの紐を結ばそうとしている。

 

ジャガイモ

ブルーム氏の言うお守りとはブルーム氏がズボンのポケットに入れていたジャガイモのことである。このジャガイモの今日一日の動きについては、第3の踊り場で見た。これは彼が死んだ母からもらったお守りで、今日はズボンの左ポケットに入れて家を出たのだが、さっきこの娼館でゾーイにとられてしまった。

 

ジャガイモはなぜお守りなのか分からなかった。今回、さんざん検索してみて、次のような記事を見つけた。なんと、ジャガイモはヴィクトリア朝時代の英国でリウマチの治療薬と信じられていたのだ。これで台詞のつじつまが合う。

→ Plant-Lore -Potatoes prevent rheumatism

 

ブログの第160回でふれたとおり、今回の場面の直前で、ブルーム氏は、父祖からの遺伝で、左臀部筋に坐骨神経痛を感じている。だから、ジャガイモを手放したことを後悔しているのだ。ああそうか、父からの遺伝の神経痛を母の形見のジャガイモで治療しているのか。このつながりは今や、誰にもわからないことだな。小説の出版された1922年当時の読者には通じたのだろうか。

 

 BLOOM: (Cowed.) ・・・I have felt this instant a twinge of sciatica in my left glutear muscle. It runs in our family. Poor dear papa, a widower, was a regular barometer from it. He believed in animal heat. ・・・ (He winces.) Ah!

(U431.2782)

 

先の記事の一部をまとめてみると次の通り。

 

  • かつてジャガイモを携帯するとリウマチの治療になると信じられていた。

  • 2009年にフランスのブルターニュ地方レンヌの記者が、60年前にロンドンに住んでいた父親から聞いた治療法についてこう書いている。「小さなジャガイモをポケットに入れておくと、時間が経つにつれて柔らかくなり、表面に水疱ができる。これを破裂させなければ、水疱は吸収され、ジャガイモは縮んで岩のように固くなる。このプロセスにより、体内の尿酸が吸収され、リウマチの抑制に役立つ。」

  • この習慣は 1868 年、英国の学術誌Notes & Queriesで論じられている。「教育ある階級の男性は、リウマチの治療薬として、ズボンのポケットにジャガイモを 1 つずつ入れている。野菜が小さくなるにつれて、体内に吸収され、大きな恩恵をもたらすと信じられている。」

  • このジャガイモは他人から盗んだものでなければならないとの伝承もある。

 

検索して分かったのだが、オックスフォード大学のピット・リバース博物館(Pitt Rivers Museum)には、膨大な民俗学の収蔵品の一部として、この治療用のジャガイモのコレクションがあるという。

→ Pitt Rivers Museum

 

収蔵品に付されたリンカーン大学歴史文化学部科学医学史教授アンナ・マリー・ルース氏 (Anna Marie Roos) の解説の一部を訳してみる。

 

  • 1897 年オックスフォード大学の事務官バージェス氏(Mr Burgess)が、しわしわになったジャガイモ 2 個をピット・リバース博物館に寄贈した。バージェス氏はいつもそのジャガイモをポケットに入れて持ち歩いていたという。

  • バージェス氏の寄贈品に加え、標本 11 個が博物館のコレクションとして所蔵されている。

  • ジャガイモはリウマチに効くと考えられていたお守りで、盗まれたものならさらに効き目があると考えられていた。

  • また右利きの人は左のポケットにジャガイモを入れて持ち歩くのが一般的であるとの伝承もある。

ブルーム氏がズボンの左のポケットにジャガイモを入れているのは、彼が左臀部に病をかかえているからかもしれないし、彼が右利きだからかもしれない。

 

1897年、リウマチの治療薬としてバージェス氏が携帯していた2つのジャガイモのうちの1つ。
One of two potatoes carried by Mr Burgess in 1897 as a cure for rheumatism.
© Pitt Rivers Museum, University of Oxford

Collections online | Pitt Rivers Museum (ox.ac.uk) 
Creative Commons CC BY-NC-ND 4.0,

 

 

現象

第12章、バーニー・キアナンの酒場でアルフ・バーガンが絞首刑にされた男のあそこが立つという話をしたとき、ブルーム氏はそれは自然現象(natural phenomenon)であると得々と説明し、この章の語り手にからかわれる場面がある。「現象」は科学好きのブルーム氏愛用の用語なのだ。

 

 —That can be explained by science, says Bloom. It’s only a natural phenomenon, don’t you see, because on account of the...

 

 And then he starts with his jawbreakers about phenomenon and science and this phenomenon and the other phenomenon.

(U250.454)

 

彼は、第14章の産科医院の場面では雨が降ったし、第13章の浜辺の場面で岩場で濡れたたうえ、いかがわしいことをしたので座骨神経が痛みだしたのだと考えている。彼の理解する科学法則によると神経痛は天候や湿度を原因とし痛み出し、ジャガイモによって抑制されるのだ。

 

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