車で旅し、寝泊まりする「車中泊」がなんだか人気です。
密を避け移動できるレジャーとして注目を集める理由はなんとなく分かりますが、その魅力は実際に車中泊を楽しんでいる人に聞いてみるのが一番です。
今回、このユニークな旅の魅力を聞いたのは、漫画家の小田原ドラゴンさん。50才にして「車中泊にはまった」という小田原さんは、愛車の車中泊仕様の軽バンに乗り、ごく最近、合計2か月に及んだ“日本一周車中泊旅”を終えたばかり。そして、その気ままな車中泊ライフの様子をセミドキュメンタリー漫画『今夜は車内でおやすみなさい。』で描いています。
「寝る」だけでなく、漫画制作という「仕事」も持ち運び、車中泊ライフを味わう小田原さんに、気になる宿泊仕様の愛車、旅先での思い出や車中泊の旅ならではの魅力、さらには「車中泊ライフ」を楽しむためのポイントなどを伺いました。
日本一周を支えた車中泊仕様の軽バンを見せてもらおう!
――小田原さんは2021年の春から車中泊での日本一周の旅をスタートし、途中コロナの影響で中断しながらも、無事に完走されました。長旅を終えましたが、また旅に出たいと思いますか?
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小田原ドラゴンさん(以下、小田原):またやりたいです。日本一周が終わって車中泊漫画(『今夜は車内でおやすみなさい。』)の連載も区切りがつくので、また車で北海道とかに行って、涼しい車中で次回作の構想が練れたら最高じゃないかなと思います。
――旅を重ねるなかで、車の仕様や車中泊アイテムもバージョンアップしているのですよね。早速、自慢の愛車を見せてください!
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小田原:小さいけれど、車中泊しやすい車はないかなと探していたときに、この車を見つけたんです。軽だけど背が高くて車内空間も広いし、後部座席だけでなく、助手席も倒せてフラットなスペースをつくれるのもいいなと。大人が足を伸ばして寝られるし、車内で仕事もしやすそうだなと思ってこの車に決めました。
実際、車中泊をするぶんにはとても快適ですし、買う前は気付かなかったけど、車中泊をしていても目立たないのも良かった点ですね。車中泊仕様といえど、見た目には一般的な軽バンなので、停めていても誰も気にしません。おかげで、知らない人に声をかけられることもありませんでしたし、危険な目に遭うことはなかったです。
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――静かにひとり旅を楽しみたい人にはいいかもしれませんね。さて気になるのは車内です。車中泊向けにどんなカスタムをしているのでしょうか。
小田原:大きいのは荷室上部の棚。それにベッドキット(荷室床面をベッドのようにフラットにするパーツ)ですね。この車専用に設計されたキットなのでぴったりはまります。ベッドキットをセットすると運転席以外はすべてフラットな空間になるうえに、ベッドの下が収納スペースになるので便利です。
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日本一周をしていた時は、行く先々で読者の人がお菓子や飲み物を差し入れしてくれていたので、この収納が役立ちました。それでも一時期はもらった大量のペットボトルと、旅をしながら手売りしていた300冊の単行本で車内がギュウギュウになり、寝るところがなくなりましたけど。
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小田原さんセレクト!車中泊&車中執筆を快適にするアイテム
――『今夜は車内でおやすみなさい。』では、主人公のシャーク小笠原があれこれ悩みながら車中泊グッズを揃えていっています。小田原さんの場合はどんなアイテムをどのように揃えていったのですか。
小田原:車中泊アイテムは主にネットで安くて評価の良いものを買っています。特に役に立ったのは寝袋の下に敷くマットですかね。トラック運転手の人が車内で仮眠をとる時に使うアイテムなんですけど、これがあると普通に家の布団で寝ているような感じで快適でした。
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寝袋は、最初に北海道に行った時は春夏用のものしか持っていなかったんですが、その時はなぜか耐えられたんですよね。その後に冬用の寝袋を買って一度使ったら、ぜんぜん暖かさが違いました。それと、冬は寒さ対策として電気毛布がかなり役立ちました。寝袋の下に敷くのではなく、寝袋の上に掛け布団のように使うのが一番暖かいんです。
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その他ディテールも見せてもらおう!
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マグネット式のフックは、ゴミ袋などを引っ掛ける際に使用。ちょっとした工夫で限られた車内スペースを有効に活用している。就寝時などに使う、窓に貼り付けるシェードは取り出しやすい場所にスタンバイ
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マグネット式のライトはエンジンを切った状態でも使えるよう、USB充電タイプのものを使用している。そして、全国各地で読者からサインを求められるため、サインペンも常備。小田原さんらしい車中泊(?)アイテム
――日本一周中は漫画も車内で描いていたそうですね。あまり荷物が増え過ぎると制作にも支障が出るのではないでしょうか。
小田原:なので、日本一周の前半戦を終え、いったん自宅に戻ったタイミングで、なるべく物を減らしました。40日くらい旅をして、いるものといらないものが大体分かったので。例えば、自炊道具一式は僕には不要でした。最初は車内で料理しようと思ってメスティン(飯ごう)とか買ったんですけど、おでんを一回温めたくらい。カップラーメンを食べるにも車内でお湯を沸かすと水蒸気で真っ白になるので、すぐに自炊は諦めました。
仕事用の座椅子も最初は大きいものを使っていたんですけど、途中からかなりコンパクトにしました。腰さえサポートされていれば、大きくても小さくてもあまり変わらないので。
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――漫画制作環境もぜひ見せてください。
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小田原:やっぱり腰は痛くなるので作画は1日8時間が限界でした。それ以上やると体が座椅子の形に固まってきてしまう(笑)。歩くと腰がボキボキ鳴るようになっちゃうんです。
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――なかなか過酷な制作環境ですね……。
小田原:ただ、車中泊旅をしている時の方が仕事自体は進みましたね。自宅だと仕事中もネットを見たりしちゃうんですけど、車内では電力を節約しないといけないから、仕事をする時以外はパソコンを使わないようにしていました。結果的に集中できた気がします。締め切りも一回も遅れなかったし。
――車中泊では電源の確保が課題と聞きますが、お仕事もしないといけないとなると、余計シビアになりそうですね。
小田原:ポータブル電源はこれまで3台買っていて、全て車に積んでいますけど、それでも残り電力は常に気になっちゃいますね。
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――こうやって道具を揃えたり、車内を少しずつ快適な空間にしていくのも車中泊の魅力かもしれませんね。
小田原:そうですね。僕の車は軽自動車でスペースが限られているぶん、そのなかでも快適に過ごすために工夫するのが楽しかったですね。面倒くさがりなのでDIYとか特別なことは何もしていないんですけど、それでも自分の基地をつくるようなワクワク感がありました。
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※動画は撮影用に全ての道具を展開しています
車中泊の魅力は「目的地を決めずに、だらだら遠出できる」こと
――改めて、車中泊の魅力って何ですか?
小田原:やっぱり、思い立ったらすぐに旅に行けるところだと思います。普通の旅行ってまずは目的地を決めてホテルや旅館を予約しないといけないけど、車中泊は少なくとも寝る場所はあるから、目的地を決めずにだらだら遠くまで行けます。気に入ったところがあったら、そこで滞在すればいいし。
あと、家に帰りたくなったらすぐ帰れるのもいいですね。宿とか予約してないから、途中で面倒くさくなって旅をやめても誰にも迷惑をかけない。
――実際、『今夜は車内でおやすみなさい。』の漫画でも、主人公は日本一周の旅に出た初日に面倒くさくなって、自宅アパートに帰ってしまっていました。
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小田原:あれは実話です。壮行会の様子を動画で配信して、みんなに見送ってもらいそのまま出発することになっていたんですけど、雨は降ってるし、行くのがイヤになっちゃって。結局、その日は自宅で寝ました。「日本一周する」と大見栄を切った手前、このまま行かないと問題になるなと思って、翌日に出発しましたけど。
普通の旅行でも、出発当日の朝になって急に面倒くさくなったりするじゃないですか。そこでやめてしまえるいい加減さも、車中泊の良さなのかなと思います。
――日本一周の旅程やプランはどのように決めたのですか?
小田原:いや、プランらしいプランは特に立てていませんでした。繰り返しになりますけど、何も考えずにパッと行けるのが車中泊の旅なので。「北海道のあそこに行こう」とか、行きたいところを3〜4ヵ所だけ決めて、あとはその周りをうろうろしながら何となく日本一周になるように回っていました。行った先でスマホでマップをぼーっと眺めていると、たまに面白そうな場所が見つかるのでそこに行ってみたり、SNSで誰かがおすすめしてくれた場所に向かったり、本当にその場その場で行き先を決める感じでした。
その土地の名所とかも事前に調べて行くより、うろうろしているうちに偶然見つける方がうれしかったです。普通に有名なスポットなんだけど、まるで自分が発見したみたいな気持ちになれるんですよね。
唯一決めていたのは、暑い時期の旅は避けること。僕はとにかく暑さに弱くて、夏は夜でも車中にいると汗をダラダラかく。だから、3月にスタートした時はひとまず西日本を回って、暑くなる前にいったん自宅へ帰って、夏が過ぎたらまた出発しようと思っていました。
――食事に関してもノープランだったのですか?小田原さんのSNSや漫画でもご当地の「スーパーのお弁当事情」など、独特のグルメ情報が紹介されていますね。
小田原:食事はほぼ外食か、スーパーの弁当でしたね。スーパーの弁当って、さりげなく土地の名物が入っていたりして意外と面白いんです。あと、港近くのスーパーだと、パックで売っている刺身や寿司がびっくりするくらい新鮮で安かったですね。あんこうの肝が入った刺身のセットが270円で売っていたり、見たこともない魚の刺身があったりして。そういう発見も結構楽しかったです。
なかなか活きのいい弁当がなかったからこういうのにしたよ。寿司とコロッケって合うからな。#車中泊#小田原ドラゴン#nvan#日本一周 pic.twitter.com/y1rJ34ozWL
— 小田原ドラゴン (@odawaradoragon) April 25, 2021
50才にして「車中泊の旅」という人生の楽しみが増えた
――そもそも小田原さんが車中泊を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
小田原:きっかけは犬(愛犬の「ちょんぴー」)と一緒に北海道を旅行したことです。犬種はミニチュア・ピンシャーで小柄なのですが、けっこう吠えるので旅館やホテルに泊まるのは難しくて、だったら車中泊でいいかなと。当時の車は普通の乗用車で、シートをフラットにできなかったので、寝ていると体は痛くなるし、夜はマイナス3℃くらいになってすごく寒かったりと、あまり良い体験ではなかったですね、それでも、車の中で寝ていると、子どもの頃、押し入れの中で寝るようなワクワク感があったんです。それから、どこか遠くに行く時に車中泊っていうのはアリなんじゃないかと思うようになっていったんです。
――それから車中泊でいろんなところへ出かけるようになったと。ちなみに、車中泊での日本一周の旅に出ようと思った動機は?
小田原:日本一周は完全に漫画ありきで決めたことですね。『今夜は車中でおやすみなさい。』の主人公のシャーク小笠原が50才になって、仕事も減り、新たな友達との出会いもない。将来、お先真っ暗な閉塞感を打破するために、なんとなく日本一周をしてみようかなと思い立つ話を描いたんです。主人公がそう思っちゃった以上、作者もやらなきゃダメかなと思って実際に車で日本一周してみることにしました。
――小田原さん自身の中にも、そうした閉塞感のようなものはあったのですか?
小田原:ありましたね。けれど、旅をしている間はあまり鬱屈とした気分にはなりませんでした。行った先でカップルに遭遇したりしてモヤモヤすることはあっても、人生の閉塞感みたいなものは、いつの間にか消えていたんじゃないかなと。いったん日本一周の旅は終わっちゃったんですけど、その気になれば、またいつでも行けます。こういう人生の楽しみが一つ増えたのは良かったんじゃないかなと思っています。
――では、次に車中泊で行ってみたい場所があれば教えてください。
小田原:行きたい場所というよりも、もう一回、日本一周したいです。前回とは別のルートで回ってみるのもいいし、違う場所に行ってみるのもいい。それに、また会いたい人もいますね。前回の旅では、全国各地いろんな場所に知り合いができましたから。
僕はもともと人と接するのを億劫に感じるところがあって、旅先での触れ合いみたいなものに期待していませんでした。でも、日本を巡るなかでは旅先での出会いが楽しかったし、時には僕に会いにきてくれた読者の方とそのまま食事に行ったりもしましたが、自分でも意外な行動でした。旅に出て気持ちが開放的になっていたのかもしれません(笑)。
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――ということは、『今夜はおやすみなさい。』の第二弾が読めるんでしょうか?
小田原:もちろん連載のお話をいただければ喜んで描きますけど、漫画とか関係なしに日本一周したい気持ちもありますね。前回は漫画のことが気になって、宿題を残したまま遊びに来ているみたいなプレッシャーがありましたから。仕事から開放された100%自由な車中泊ができたら、もっと楽しいんじゃないかと思います。
聞き手・文:榎並紀行(やじろべえ)
撮影:赤司 聡
編集:はてな編集部