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Royue

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80キロ離れた独居の母の介護を中心に起こったこと、その後の施設入所後のこと、2024年6月12日の旅立ち以降のことを書いています。

介護を終え51:ICカードリーダーで確定申告!介護の失敗のワーストのこと?

(ICカードリーダー)

2025年2月23日、私は昨年2024年の医療費の負担額が35万円を超えました。前立腺がんの検査とホルモン療法の薬代、ゲル挿入手術費、放射線治療費です。毎月の高額療養費の限度額が私の場合のわずかな年金額でほぼ57600円で助かってはいるのですが、それでも35万円は厳しいです。貯金の取り崩しです。

今年は、前に書きましたパソコンを新しいものに買換えましたので、これで確定申告(e-TAXと呼ぶ由)をすることにしました。もともと大した納税はしていない上に昨年度は定額減税もあったので、還付額は大した金額ではないので逡巡したのですが、「住民税が医療費控除額の10%相当分が安くなる」と聞いたからです。

スマホでもできるのでですが、私の古いスマホでは、マイナンバーカードを読めない機種と判りましたし、また、あの小さな画面ではやりにくいので、ICカードリーダーをアマゾンで買いました。確定申告以外では必要ないので一番安いものです。それが上の写真で、送料はプライム会員で無料で700円也。まあ税務署に行ったり、郵送代を考えれば十分ペイする価格です。無論ダメ元でリスクを承知の上です。新しいパソコンを買わなければ、このようなことはしていませんね。そういう意味では新しいデバイスというのは、新しいことができるので私の頭にとっての刺激にはなります。

今までは、パソコンを作って書いて紙で提出する方法でした。今回初めて、このICカードリーダーでやってみての感想ですが、「びっくりするくらい楽で、便利です

まず、医療費は「データ連携」していますので、一瞬で合計が出てきます。私が領収証から転記した金額とほぼ合いますね。医療情報が国にガラス張りなのが気になりますが、もうそういう時代なのでしょうね。

それ以外もたぶん生命保険の情報などが「データ連携」していると思いますが、今の私の実力では、そこまでできず、手入力でしたが・・

 

案ずるより産むが易し」でした。来年はこれなら事前のエビデンス(領収証等)をしっかり準備すれば、1時間ほどで完成できるでしょうね。

今年は、最後の「送信」で終わりなのですが、ここで入力漏れが見つかり2回送信しました。でも何とか完成できました。

今日の本題です。実は、母のケースなのですが、2018年の2月に「とある生命保険」の満期があったのです。1986年と記憶していますが、当座に必要な費用以外のわずかな貯金を私と母とで確か「一時払い養老保険」という長期運用の商品にしていたのです。当然母名義なので、私はまったく満期を知りませんでした。満期当時の母は87歳で認知症のグレーゾーンだったと思います。母は満期のことを一切私に言わず、よく行く銀行の人に相談したのですね。そしたら、その銀行の担当が頻繁に家に来るようになり、満期時の振り込み先にその銀行を指定して、振り込まれた翌日には、すべてその銀行の扱う「投資信託」にさせられていたのです。

その後、私が2018年に家の中で税務署からの「重加算税通知」を見つけてびっくりして母に質したら、「銀行の人にすべて任せてあるから大丈夫」と言ったのでした。その重加算税というのは、実は生命保険の満期で、一時所得として益になった部分を申告する必要があるのに放置していたのでした。

税務署は一定の金額の一時所得は全部把握しているのです。そもそもガラス張りなのですね。あとは徴税側の人的効率でターゲットを決めるだけなのでしょう。

結局、税務署から支払い遅延で重加算税の支払いは、私が手続きをしました。母は若い頃は父の商売で税務申告はしていたのですが、この当時はもう確定申告も当然ですが無理でした。なお件の銀行は、何ら助言さえせずでした。自らの収益のみ関心があったのでしょう。この結末はどこかに書きましたが、私が2019年の春に「全銀協」の斡旋手続きを開始し、損失分の一部のみが返ってきただけでした。

この2019年以降に、私は月1回程度の帰省から、複数回、最高で5回の帰省(車で往復160キロ)の遠距離介護が始まりました。

介護の経験があれば、親の財産の管理をどうすれば良いかが経験として自ずとわかります。まあ家庭事情で多少の差こそあれ、早めにガラス張りにすべきなのです。

自分も今はほぼ介護される立場です。私が母の介護での失敗例のワーストは、この財産の管理の委譲のことですね。遠慮なんか要らないと思います。認知症になってからでは遅いのです。

 

介護を終え50:墓仕舞い3「改葬許可申請書」の証明欄のこと?お寺ではない!

改葬許可申請

2025年2月20日、今日は墓仕舞いの手続きが1歩進みました。

大阪の墓のあるH市のホームページで調べてみるとお墓を移設する場合のことが書いてあって「改葬許可申請」なるものの様式がありました。この様式の中には証明欄があり、それは「墓を管理をする人」に書いてもらうことが書かれています。この様式で市役所に申請したら「改葬許可証」がもらえるので、これを改葬先(私の住むA市)に提出することになる由です。どうやらお寺が介在しないこともわかりました

 

そこで、今度は改葬先である私の住む市役所に電話をして、先日見学に行った「市営の「A墓園」の「合葬式墓地」の申し込みをしたい旨を伝えると、まず今の大阪のお墓の「改葬許可証」を取得してから、「A墓園」の申請をすることと、改葬ではない母の方は、単体で申請できるものの、石板(プレート)が3人一緒に並ばないので、3人まとめて申請をしてほしいと言われました。

ということでお世話になっているT姉さんに電話をした上で、20日の朝からお墓の管理をされているWさんに電話をしました。私から「改葬許可申請書」を書いて送るので、この用紙に証明の記載と押印をしていただいて、返信用封筒で返送をお願いしたのです。予め、T姉さんからも話をしてもらっていたので、快く引き受けてもらえました。それで作ったのが上の写真の「改葬許可申請書」です。

これを返送してもらった上で、大阪のH市役所に行って申請をすることになります。ネットでは郵送もできるようですが・・

この手順で改葬許可証ができてくれば今度は、私の住むA市の市役所への申請です。この様式もネットにあり、概ね記載しました。これを参考までに、大阪のお墓の管理者のWさんにも送ることにしました。(ここに改葬しますという意味で)

これが終わると、次は大阪で実際にお墓の処分をしてもらう石材店を探すことと、お寺で「閉眼供養」なるものをする必要があるので、その手配です。これは、以前の「仏さんがほっとけさんになってませんか」セミナーの主催の方もできると言っていましたので、まあ合見積もりができないかと考えています。

それにしても、どれだけのステップをこなさなければならないのでしょうね。まだまだです。

今回、T姉さんからの情報で初めて理解したことがありました。それは、そもそも私の家のお墓は、T兄ちゃん(2023年3月になくなったT姉さんの旦那さん)のお世話で今のところになったので、当然、T兄ちゃんの家のお墓は近くなのです。ところがT兄ちゃんが亡くなったときに、このお墓ではなく、近くの霊園に永代供養(30年の)で埋葬したとのことで、T兄ちゃん家のお墓は、今はT兄ちゃん以外のご両親とご先祖のお墓とのことでした。そのため「墓仕舞い」をするには、関係するご家族の同意がなければできていないとのことでした。私のところはシンプルな方ですが、ご先祖のお墓の場合は、さらに複雑な問題が絡むのですね。これから人口も減っていくのに、ずうっと代々の墓を守っていく家族って少なくなっていくでしょうね。

 

(補足)

父と兄は「改葬許可証明書」が必要と上で書きましたが、母の場合は、改葬ではなく「埋葬証明書」が必要です。これは、葬儀のあとに斎場でもらうものですが、母が亡くなって8か月経って、あるはずのこの証明書が見つからないのですね。結局、半日近く探して見つかりました。台所の一番目立つ!!書類置きです。灯台下暗しでした。

介護を終え49:墓仕舞い2「巨大な市の墓園の見学に行った」!

パンフレットより



2025年2月18日、今日は朝から大阪のお墓のことで、お世話になっているT姉さんに、お墓の管理をされている方の電話番号を聞いて電話をしました。私が趣旨を伝えると、市役所に「改葬許可申請書」があってそれを持ってくれば、証明をしていただけるようなお話になりました。どうも「お寺」さんの証明は要らないような言い方でしたね。まあ、少しだけですが前に進めそうです。

まあ、このこともあってこちらでの受け入れ先を決めなければならないので、まず、予め想定していた市営の「墓園」のことで市役所に電話をしてみました。ネットである程度は調べていましたので、いろいろ聞くと申請書を書いて、必要書類を整えて提出すればいつでも大丈夫、空いているとのことでした。正式には「A墓園」の「合葬式墓地」と名前がついています。

私の意向としては、もう今の大阪のようなお墓は要らないし、所謂「合祀」で良いと思っています。そもそも「合祀」とは、ググると『他人のご遺骨と一緒にひとつの納骨スペース(カロート)に納骨される埋葬方法』と出てきます。

母の葬儀をお願いした私の家の近くのお寺(大阪と同宗派の)にも永代供養墓があるのですが、個別に納骨堂に安置して確か20年間とかの期限で合祀されると聞きました。

市が運営しているこの墓園の案内(上の写真)には、①「合葬室」へ直接埋葬するか、②10年あるいは、③20年間は個別に「納骨棚」に安置して、②または③の年数が経過後に「合葬室へ埋蔵」される、すなわち「合祀」されるとのことでした。どちらにしても「合祀」されるのです。

私は①で良いと思っていますが、しいて言えば、母とともに父と兄の名前を暫くは残したいとも思っていたので、②および③しかないかと思っていたのです。

そんなことを考えてネットを見ていたら、この墓園の案内で以下のような記載(上の写真の下)がありました。

・・・・・・・・・・・・・・・ 

記名板の使用料(希望者のみ
石のプレート(1枚にお1人のみ) 
使用料(1枚あたり) 33,000 円 (税込み)

・・・・・・・・・・・・・・・

私はこの意味は、上の②と③の場合のみ可能と思っていたのです。

このことを電話で聞きました。そしたら、これは、②③だけでなく①であっても、単に希望されるならできるとのことでした。

私は、父母と兄が生きていたことは何か残したいと思っていたので、①のケース、すなわち「合葬室」へ直接埋葬でも、石のプレートに名前を書いて残すことができるのでした。であれば、私の希望はこれで叶うことになります。まあ、名前など残さなくても良いという考え方もありますが・・

そこで、それを見たくてさっそく午後から見学に行くことにしました。

車で10分ほどでした。とにかく同じ市に30年以上住んでいるのに、こんな近くに、こんな広大な墓地があったのを初めて知りました。広大な山を切り開いた中に多くの個別のお墓がありました。敷地がゆったりしているので、まだまだ余裕があります。外からは見えないので、私のようにこの広大な墓園を知らない市民も結構いると思いますね。

墓園の中を車でさらに進んでいくと、一番遠くの方でしょうか、「合葬式墓地」なるものが出現しました。その写真がこれ。

 

墓園の一番奥にある「合葬式墓地」

 

名前を残す石のプレート

 

その「合葬式墓地」の両横に石板をはめ込む壁がありました。まあ小さな石板に名前と生年月日と亡くなった日が書いてあるだけの小さなものです。よく戦没者の慰霊碑などで見るものとほぼ同じです。これで少なくとも、父と母と兄が生きたんだということがわかります。私はそれでいいと思いますし、私自身もこれでいいと思います。人それぞれの考え方があってもいいと思うのです。

 

今日は、「気合」を入れて動いたのが良かったと思います。これからどのように進展するのかわかりませんが、とにかく動いてみることだと思いましたね。まだまだハードルは高いですが・・

介護を終え48:墓仕舞い「仏さんがほっとけさんになってませんか」セミナー!

 

仏さんがほっとけさんになっていませんかセミナーのパンフ


2025年2月16日、母が昨年6月12日に亡くなった以降、葬儀から始まって、空き家の家財の処分、仏壇の処分、家の解体、四十九日法要、自力での相続登記と売却、銀行口座の解約と相続手続きなど結構なことをやり終えました。8か月かかりました。今は母の用済みとなった大量の書類が私の家にあります。これで全部終わりかと思いきや、「墓仕舞い」が残っています。

もう空き家も処分、売却したので泊まることもできず、大阪まで80キロ離れていて、電車でも2時間弱ですし、まして私が先月10日から「ストーマ生活」になりましたので、日帰りで行くだけで大変です。

そんな中、私の住むマンションの近くで「仏さんがほっとけさんになってませんか」なるセミナーがありましたので、参加しました。

このブログでも書きましたが、2024年6月に墓仕舞いのことで、大阪のお寺の「改葬許可証明」なる書類を作成をしてもらうべく、わざわざ大阪に出向いて、住職に相談に行ったことがあるのです。でも、その時にはそもそも私が「檀家」であると言われ、かつ父と兄の分骨(喉仏)も寺にあるとかも言われて、言わば門前払い状態だったのですね。まあその時はすべきことがいっぱいあり、住職の対応に腹が立ちましたが、お墓の維持費も年間数千円なので、もうしばらくは「ほっとけさん」でもいいかと思ったのでした。

今回、母のことの残務処理もほぼ終わったので、たまたまこセミナーがあり参加したのでした。

実はこのセミナーまでは、あまり墓仕舞いをするという「気合」がなかったのです。私の今の健康状態で一番大事だと思うのは、「やる」という「気合」なのですね。

そこでよく考えると、今も私のマンションには仏壇はないのですが、母の遺骨と位牌を置いたままで、毎日お供え(ごはんとコーヒー)をする毎日ですので、これもそろそろ考える必要もあります。また母を「父と兄と一緒にさせてあげたい」という思いもあります。

私の家の近くでの永代供養先のことは、ある程度調べていました。大きな霊園もありますし、大阪のお寺と同宗派で母の葬儀に読経に来ていただいた近所のお寺からも永代供養の案内も来ています。

そんな背景で今回のセミナーを聞きました。概ね内容は理解していますので、具体的にどうするのかを聞くために質問をすると、結局セミナーの終了後に個別に話をすることになりました。

主催の方は、西宮でお墓の製作から墓仕舞いまでのアドバイス等をやっておられるとのことで、私は連絡先もすべて明かした上での相談となりました。約20分、話をすることができました。

その際の助言は、私の場合は、お寺にあるお墓ではなく、空き家の近くで知人の紹介で地元の自治会がやっているお墓なので、まずその管理者に連絡をしてから交渉し、次にお寺と交渉する際には、総本山への相談も含めて交渉することを言われました。また、私の家の宗派では離檀料はないだろうことも言われました。それとお墓を作った石材店がどこかということをしきりに聞かれましたね。

まあ、お墓の管理者とお寺との関係、石材店とお寺との関係もあるのでしょう、どこを押さえるかという意味なのでしょうね。

私は、そもそもこの離檀も含めた墓仕舞い手続きを「最初から最後までコンサルするようなサービス」がないのかも聞いたのです。無論、常識的な手数料ならですが、でも「ない」とのことでした。主催の方ができるのは、大阪からこちらへの遺骨の搬送はさせてもらうがとのことでしたね。まあお寺と「もめる」ことはしたくないのでしょうね。

ということで、母のことで最後に私がすべきことを、これからやろうと思います。「気合」を入れて。

 

https://royue.hatenablog.com/entry/2024/07/02/154706

 

介護を終え47:映画「パリタクシー」の92歳の老婆のこと?

 

2025年2月14日、今日はアマゾンプライムで、2022年の映画「パリタクシー」を見ました。なんか安直な題名ですが、原題は「ドライビング・マドレーヌ(Une belle course)」で、こっちの方がいい感じがしますが・・

 

この映画、主人公のパリのタクシーの運転手と老婆とのタクシーの中での会話を中心とした物語です。

実はこの上品そうな老婆なのですが、設定では今まで一人で生活してきて92歳で、これから老人ホームに入居するので、タクシーを呼んだのです。母は、昨年6月に92歳で亡くなりましたので、どうも母とダブります。映画の老婆は自分で歩けて、矍鑠としています。タクシーの中では、今まで自分が住んでいた場所や関係のある場所に寄ってくれって言うのですが、その道中にその場所なり自分の今までの人生のことを運転手に喋るのです。

最初は、運転手は無口だったのですが、どんどん老婆の話に聞き入るようになっていきます。

まあネタバレになるのでそれ以上は書きませんが、私がこの映画を見て、今まで母の介護をして思ったことは、

まず第一に、この老婆がそうですが、本人が一人で頑張ってきて、とにかく話をしたいのですね。聞いてくれる人が必要なのです。私はよく母と喧嘩をして、口を聞かないこともしばしばでした。介護ってそんなもんということもありました。でもこの映画を見て、やはりもう少しいろいろなことを聞いてあげるべきだったと思いますね。今更どうしようもないのですが。

 

第二に、人は最後に一度、思い出のある場所を訪ねたくなるということ。私自身がそうです。映画の老婆はその場所に行って、その場所でのことを語ります。その中には、想像をはるかに超えた重たい現実なり、夫婦や親子関係があったりします。濃密な過去があります。思い出したいこと、忘れたいことを含めて。

私の母の例で言うと、母は多分、最後に行きたい、訪ねてみたいところも結構あったと思いますね。

私自身が今そう思います。今は「ストーマ生活」になり行ける場所も限られてきました。この状態ですので、これからは交友関係も薄くなっていくでしょう。であるがゆえにできないのですが、訪ねたい場所も逆に出てきますね。

母はよく言ってました。昔の友人たちがいつの間にかどこかに行ってしまって音信不通になるってことを。また、友人の一人から、逆に毎日頻繁に電話がかかってきて、意味不明のことを再三言うとかも・・。年を重ねるって寂しいものですね。

 

最近見た映画としては、この「パリタクシー」は、何かシリアスな中にも、ほっこりしたものを感じた非常に良い映画と思いました。今頃ですが、お薦めです。

 

なお、この老婆の女優さんのことを、Wikipediaで調べてみて、びっくりしました。

「ライン・ルノーさん、1928年7月2日生まれは、フランスの歌手、女優、エイズ活動家です。」と出ます。母は、1931年生まれですので、まだ3歳も年上です。映画の時、2022年では、94歳って??

それに、TO:20○○年がないのです。すごいです。

 

(補足)

1978年に旅行で1か月欧州にいて3日間ほどパリに行きました。もうすぐ半世紀です。当時はフランス人は英語をあまりしゃべってくれないので避けていたのです。欧州の英語圏には、仕事でそれ以降数回行きましたが。

今回、この映画を見て「昔と違って綺麗なパリ」と、ロードバイクをやるようになったので「ツールドフランス」の国でもあり、道路の横の自転車道に目が行きました。また行ってみたいなとは思うのですが・・・

 

 

介護を終え46:土地譲渡所得の税務相談に行った!

建物のみなし価格?

2025年2月7日、私の「ストーマ生活」ももうすぐ1か月です。ここ数日のトピックスは、入院以来「風呂に初めて首まで浸かって入れた」ことでしょうか。(詳しくはこちら

今日は税務署への相談予約をした日です。もともと12月の予約で1月17日だったのです。ところが1月8日からの入院で、1月16日にキャンセルし再度の予約をしたら2月7日になったのです。税務署の相談はまあ1か月待ちのところ、3週間待ちで済んだということです。この手のことは遅々として進まないのです。

15時前に着くといつもは閑散としているのに、入口付近は確定申告の事前相談の人でしょうか結構込み合っていました。予約と告げると2階に行くように指示されました。

すぐに、担当のTさんが来て、挨拶のあと、

私:「昨年2024年6月12日に母が亡くなって、母が2023年3月まで大阪で一人で住んでいて空き家になっていたのですが、昨年7月から家財の搬出と解体をして、更地が昨年2024年12月26日に売却できました。相続は私一人でこの図の通りです。昭和52年に建てた家で、当時の購入価格がなかなか判らなかったのです。私自身は一緒に住んでいなかった家で、このままだと売却価格からその5%の控除しか受けれず、残額に対して課税されると聞きました。その後、ようやく当時の売買契約書を探し出したのですが、今度は土地と建物の合計金額しか契約書には記載されていないのです。いろいろ調べたら、確かみなし規定があってこれでいけると思っていますが・・」

Tさん:資料を持ってきて、「その場合は、建物部分のこのみなし計算の規定があって、昭和52年の木造なら1平米あたり74100円です。(上の表の赤字箇所)これに総平米数をかけた価格が建物の価格で、総額から引けば、残りが当時の土地の価格となりますね。」

私:「とういうことは、その計算で行けば、私の場合は、昭和52年に買った価格よりも、今回売った価格の方が低いのでマイナスになりますね」

(まあ、当時の土地の価格が高かったということで、今は高齢化で安くなった、すなわち損をしたということです。)

T さん:「そういうことですね。非課税となりますね。」

私:「では、確定申告でそのことを示せばいいのですか、それとも、分離課税で何か提出が必要なのですかね?」

Tさん:「用紙があるので持って来ます。」と言って、A4の紙1枚を持ってを来られました。

Tさん「じゃあ、ここに被相続人と相続人、土地の住所と当時の購入価格として、総額から今回のみなし建物価格と残額を書いてください。それでこの当時の購入価格-売却価格がマイナスとなるので、非課税と書いてください。」

私:「わかりました。ところで、印鑑は必要ですかね?」

Tさん「要りません。それだけで結構ですよ」

というわけで、自筆でまあ、売却して赤字になり非課税ということを書き、ここで相談しましたよという証拠を残すだけなのですね。まあ税務署としては、私のような少額の土地売却は、忙しい中、早く次の人の対応をしたいのでしょう。

私としては、今日来た目的は果たせましたので、今の闘病下の「限りある人生」で、次の世代である娘達に持ち越さずに完結できて良かったとは思いますね。

 

介護を終え45:映画「PERFECT DAYS」と役所広司さんのこと

2025年2月5日、私のストーマ人工肛門)のケアにも少し慣れてきました。現実的にやらなければならないことが多くて、その対応に追われる毎日です。

そんな中、アマゾンプライムに女房が入ったので、プライムビデオを見ました。私は、久しぶりの映画でした。まあ時間があれば本を読むほうなので、家での映画はご無沙汰です。12月に映画館で「はたらく細胞」を見たのですが、これは「がん」のことを調べていた中で、関心があったのです。

今日見たのは、2023年の「PERFECT DAYS 」で役所広司さん主演のカンヌで賞をとったものです。

 

 

役所広司さんは、私と同学年です。主人公の持つ時代背景というか、趣味嗜好はよくわかります。

東京の綺麗な個性的なトイレの清掃を丁寧にするのが仕事ですが、主人公の変わらない、何気ない日常が「完璧」に繰り返されます。本棚の大量の本、フォークナーとか幸田文の本を読む様子から知的なバックグラウンドを持っているのがわかります。いつも車で聞くカセットテープ、それも当時のオリジナルLPなのでしょうね、それを聞く場面がいっぱい出てきます。同世代なので、挿入歌では昔よく聞いた曲が結構ありました。もちろんガラケーです。私の同世代でも、まだガラケーがいると思いますね。

住まいは、ひとりぼっちの昭和の古びた1階と2階の「文化住宅」、部屋には大量の本とカセットテープ、それに紅葉なのかたくさんの鉢植え以外に何もなくて、綺麗に掃除され、無駄のない生活ぶりです。シンプルライフは私の今の目標でもあるのです。もうこの年になると余計なものは要りませんね。

新しいデバイスは何もありません。カメラはフィルムのヤツです。新しい着るものも、家にはテレビもありません。風呂もなく銭湯ですし、昔の湯沸かし器があるだけです。洗濯機もありません。

一方で近代的な生活をしている人(誰かはネタバレゆえ?)との接点があると、そのギャップに本人は何の疑念も、何の不満もありません。私は「人生」とは何か、何のために生きるのかということを考えさせられましたね。

年を重ねると、その時代に自分を合わせようとか、時代に遅れまいと生きてきたのが、ある時点で時計が止まったようになる時が来るのかもしれませんね。常にニュースを追うこともなく、世間の動きも気にすることもなく、坦々と過ごすことになるのかもしれませんね。

私は、1月8日から27日まで20日間の人生初の長期入院をしました。テレビもなくスマホと文庫本だけで過ごしました。今までは、朝ドラと大河ドラマを見ていて、見逃しは録画を見なければ気が済まなかったのですが、退院して録画を見る気も起こらず、いままで大事と思っていたことが、さほどのことでないと分かりました。人生も同じかもしれませんね。きっと、いつか世間の動きも気にならなくなると思います。ひとりで20日以上旅行で家を離れた時って、いままで2回(学生時代とリタイヤ後すぐ)ありますが、その時にもうあまり世間の動きも気にならないのと同じですね。

ところで母のことですが、母は、押絵とカラオケが趣味で、カラオケは市が近くでやっていた「カラオケクラブ」と、喫茶店でやっている「カラオケ教室」に2020年の89歳まで通っていました。2020年にひとりで1キロほども歩いて「カラオケ教室」へ行ったのですが、店の前で転倒して救急車で運んでもらって、顎の骨を折ったのが最後でした。私は車で80キロ運転して駆け付けたのですが、まあ入院せずに済んだのが何よりでした。

そのカラオケですが、母はいつも「新しい曲」を覚えていかないと気後れするようで、CDもたくさん買っていましたし、小さなSDカードの入ったレコーダーの中にも誰に入れてもらったのか、録音した大量の曲も入っていて、覚えるために聞いていましたね。カラオケ教室なり、クラブはそんな新しい曲へのチャレンジを勧める場でもあるようですね。

母は、あの歳になっても、新しい曲を覚えようとしていました。負けず嫌いもあったのでしょう。それが頭の活性化になっていたのでしょうね。亡くなる直前の92歳までガラケーも使えました。

母にとって、時計は89歳で止まったと思いますね。映画「PERFECT DAYS」の役所さんは、たぶん30歳代で、時計が止まっていたのではと(勝手に)思います。

私はかろうじて、まだ時計を止める気持ちはありません。もう少し、時代にMEETというかCATCH UPはしたいと思っていますが、母には及びませんね・・

(補足)

オストメイトの表示)

この映画「PERFECT DAYS」の中のシーンで、トイレの中で「オストメイトトイレ」が出てきます。私も今回初めて「オストメイト」になったので、このトイレのことが気になります。外国の人がこの映画を見て、日本は「オストメイト」に優しい国と思ってくれるかもしれませんね。

(注)オストメイト(Ostomate)とは、癌や事故などにより消化管や尿管が損なわれたため、腹部などに排泄のための開口部(ストーマ人工肛門人工膀胱))を造設した人のことです。









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