< 庭先やベランダのプランターで咲かせる花だって 空間美術の一種だって言えるのかもです >
都市生活者であるただの酒呑みオヤジにとって、なんたって縁遠いのが「園芸」ってやつなんであります。
もちろん個人的なことなんですけど、植物の名前とか、ほとんど知りません。そうして過ごしてきました。
例えば理科のテストなんかで片側に花の名前、樹の名前が並んでいて、反対側に花の写真、樹の写真が並んでいて、さあ、どれがどの写真でしょうか、線で結びなさい。ってな問題が出たとすると、ほぼヤマカンで線を引っ張るしかない感じですね。
たとえ名前を聞いたことがあったとしても、その実物を知らない。
まあね、これまでの人生で、それで困った経験はないんですし、そういうオヤジも少なくはないと思うんですけど、先日ですね、焼酎バーで顔馴染みのオヤジが、契約緑地で畑をやり始めたんだよねえ、ってなにやら自慢気に言い出したんですね。
園芸辞典を買ってきて勉強して、付け焼刃の畑仕事。
わざわざ車で出かけて行ってなんだけど、土をいじったりしているのって健康的な気がする。って満足そうです。
で、何を作っているのかっていうと、花。
はあっ? 畑で花? 大根とかネギとか作れよな、その顔で花なんて、似合わねえだろ!
何を言われてもニコニコしてますよ。そのオヤジだって私とほぼ同様で、花の名前なんてちっとも、だったはずなんですけど、色々覚えていくと楽しいんだそうです。
ふむふむ、そういうもんですかね。
なんでも年間契約の緑地で、種々の花の旬を順番に迎えるように育てて、奥さんが職場に持って行って飾るための園芸活動なんだそうです。
ん~。急に園芸の話とかされてもさっぱり理解できませんが、なんか高尚な感じもするですねえ。
で、ちょっと調べてみる気になりました。園芸って、なに?
農林水産省「園芸作物」によりますと、ひと口に園芸って言っても種類があるんですね。ふううん、です。
・食用の果実をつける樹を育てる「果樹園芸」
・食用の葉物、根菜を育てる「野菜園芸」
・観賞用の草花を育てる「花卉園芸」
なるほど、ではあるんですけど、なに? 「花卉園芸」? なんて読むの?
ふむ。「かきえんげい」って読むんですね。全然知りませんでした。初対面の漢字です。
農林水産省花き産業・施設園芸振興室の「花いっぱいプロジェクトについて」を見てみますと、2027年に横浜で「国際園芸博覧会」の開催が予定されているみたいで、なかなか世界的人気のジャンルなんですね、「花卉園芸」って。
3つに分けられる園芸ジャンルで、2つが食用。花卉園芸だけが観賞用です。
観賞って言えば「観葉植物」ってありますよね。会社によってはオフィスの中に大きな鉢植えの葉っぱが存在感を主張していたりします。
まさに言葉通り葉っぱを観賞するっていう植物なんでしょうけど、分からんですねえ。
花を観賞するんだったらまだ理解できるんですけど、葉っぱ。ちょっとねえ。どの辺を観賞するの? って感じです。
でも観葉植物の歴史ってかなり古いみたいで、紀元前600年ごろの観葉植物についての記録がバビロンで見つかっているんだそうです。
葉っぱの鑑賞。歴史があるんですねえ。驚きです。
発展した都市であったとしても紀元前ですからね、植物との付き合いはまだまだ食用としての意識が強かったはずだと思うんですけど、視界の中に葉っぱが必要だなんて、生活が安定していたってことなのかもですねえ。精神生活の方もねえ。バビロンねえ。
日本では徳川家康入府の時っていいますから1590年。万年青(オモト)を家康に献上した家臣がいたんだそうで、このころには既に、日本でも葉っぱ観賞が定着していたってことなんでしょうね。
血生臭い戦国時代に葉っぱに憩いを感じていたんでしょうか。なんかそういう効果があるんでしょうか。
葉っぱの一部に色の入る斑(ふ)入りに人気が集まったりして、時代が進むと利殖の対象になったみたいです。
享保、天保年間のころ、万年青が一芽で百両したっていう記録が遺っているそうです。恐るべしですね。
百両もしたら一般庶民の観賞用とは言えませんよね。
「お旗本から旗が抜け」なんていう落首もあるんだそうです。やっかみ半分、でしょか。
万年青のブームって江戸時代以来何度も繰り返されているんだそうです。葉っぱにさほど興味のない身からしてみますと、なんで? って思っちゃいますけど。
明治に入って京都で万年青の大ブームが起こって、今の価格でいうと一鉢一億円なんていうのもあったそうです。
葉っぱですよ。ん~。
観賞っていうことでいえば葉っぱより理解しやすい気のする花ですけど、これは有名なバブルがありますよね。
1636年から1637年初頭にかけて、オランダで起きた「チューリップバブル」
チューリップって原産国は現在のトルコらしいですね。
1554年、神聖ローマ帝国のフェルディナンド1世から、今でいうプラントハンターとしてオスマン帝国に派遣されていたオージェ・ギスラン・ド・ブスベックがチューリップの球根とタネを送ったことによって、ヨーロッパにもたらされたのが最初。
これまでヨーロッパにはなかった種類の花をつけるチューリップはあっという間に人気が出て、16世紀末期にはウィーン、アウクスブルク、アントウェルペン、そしてアムステルダムに広まったんだそうです。
チューリップの人気はとどまることなく続いて、ステータスシンボルの花になって価格も高騰。
当時のオランダは大航海時代の貿易によって莫大な富を独占していて、チューリップに対する品種改良にも予算をつぎ込んで、ひとかどの贅沢な輸出品として成長させたようです。
どんな花が咲くのか分からない球根という段階での取引は、先物取引の投機的な性格を帯びていって、存在していない球根に莫大な値段が付いたりしてチューリップバブルを迎えます。
ただバブルの期間は短くって、1636年から1637年初頭にかけて右肩上がりに跳ね上がった後、一気に買い手がつかなくなってチューリップバブルはあっけなく崩壊してしまいます。
ペストのせいじゃないかって言われていますね。花どころじゃなくなったってことでしょうかね。
チューリップバブルは崩壊しちゃいましたけれど、ヨーロッパの金満家、王侯貴族にとって未知の世界の未知の花、植物っていうのは自分の趣味っていう側面と投機対象として魅力的なものだったんでしょうね。
そういう文化はなくなることなく続いていて、外国へ出かけて行って珍しい植物を収集するプラントハンターは世界中を旅して回っていたみたいです。
このころの日本は江戸時代。プラントハンターが大手を振って入って来れる状況じゃなかったでしょうね。
ヨーロッパの貴族たちにとって日本は、排他的な国で、かろうじてその存在を知っている程度、だったのかもしれないです。
その存在感の薄かった日本が急激に世界の耳目を集めたのが幕末、1854年の日米通商条約によって、函館、新潟、横浜、神戸、長崎の5つの港が開かれたことでした。
日本とはどんな国なのか。欧米から一気に日本にやってきた貿易商たちにまぎれて、公的、私的の少なくない数のプラントハンターたちがやってきたみたいです。
黒船以降の西欧文化の流入は日本にとってものすごく大きなカルチャーショックだったでしょうから、一旦国を開いたからには、欧米の先進技術を貪欲にとりいれて「殖産興業」「富国強兵」に努めることになります。
幕府は拙速に「お雇い外国人」を積極的に雇い入れ始めました。明治政府もその政策を引き継ぎます。
この中にも違う技術の肩書を持って入って来たプラントハンターたちがけっこういたみたいですね。
幕末から明治の半ばにかけて数千人の外国人が技術者、教育者として訪れているらしいんですが、イギリス人が圧倒的に多いみたいです。
当時のイギリス帝国はプラントハンティングの担い手だったんですね。
1759年に王立の植物園「キューガーデン」を設立して、世界中にプラントハンターを送り込んでいます。
世界的に知られたプラントハンター「ロバート・フォーチュン(1812~1880)」は、1843年、アヘン戦争によってイギリスに割譲された香港に派遣されます。
緑茶と紅茶は製法が違うだけで同じチャノキから作られることを発見したりして活躍しますが、1854年、日本が開国したことを聞き付けるとさっそく長崎を訪れます。
シーボルトと接触したりしながら日本中をハントして歩いたようです。
そして、当時のヨーロッパには雌株しかなくって赤い実をつけることのなかった「アオキ」の雄株をイギリスに送ってプラントハンターの役目を果たしたことが知られています。
アオキは英語で「Japanese Aucuba」って言うみたいですね。
今ではヨーロッパのアオキもしっかり赤い実をつけるらしいです。
公的な役割を果たしながらフォーチュンは日本人が花好きな国民であることに感心していたみたいなんですね。
こんなことを言っています。
「日本人の国民性の著しい特色は、庶民でも生来の花好きであることだ。花を愛する国民性が、人間の文化的レベルの高さを証明する物であるとすれば、日本の庶民は我が国の庶民と比べると、ずっと勝っているとみえる」
イングリッシュガーデンが世界的に有名で、緑とのふれあいって言えばイギリスが本場なのかなあって、なんとなく捉えていたんですけど、フォーチュンだけじゃなくって日本を訪れたプラントハンターたちは、みんな日本人の植物との付き合い方に感心して驚いたらしいです。
考えてみれば、中国由来の「盆景」を独自に発展させて「盆栽」を楽しんだりしていますし、生け花は飛鳥時代ごろからの文化、菊の栽培は細工として工芸的になって菊人形の観賞っていうのもありますもんね。
日本人の心に花好き、葉っぱ好きっていうのが、ひょっとするとDNA的にあったりするんでしょうか。
契約緑地での花づくり、どうやら順調で、夫婦仲にも役立っているそうであります。
葉っぱねえ。。。