飽速玉命 若弥尾命 須佐之男命 野間姫命 祭神については諸説あるが、現在は以上の四柱とする。 飽速玉命は速谷神社の祭神で、阿岐国造の祖。若弥尾命はその三世の孫で、怒麻国造の祖。野間姫命は若弥尾命の妻とされる。 野間神社が「野間天皇神」「濃満天皇神」などと呼ばれたことから祭神・牛頭天王とし、須佐之男命を主神とする説もあるが、『野間神社誌』では飽速玉命・若弥尾命・野間姫命を主祭神とし、須佐之男命は配祀であろうとする。ただし、中世、牛頭天王を祭神とした時期があったことは別当・乗禅寺に残る文書などから明らかである。 創建については不詳だが、怒麻国造となった若弥尾命が、その祖・飽速玉命を奉斎したことに始まると考えられている。『国造本紀』では、若弥尾命が怒麻国造に定められたのは神功皇后の御代とされる。 社伝によれば、701年(大宝元年)社殿が造営された。766年(天平神護2年)には従五位下を授けられ、
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