ディックの処女長編。ストーリー自体は他愛のないもので、読み捨てにされるペーパーバックらしいいかにもSF的な道具立て、筋立てのオプティミスティックな作品に仕上がっている。後年の、物語が果てしなく破綻して行き読者が自分の立っている場所を見失うのが当たり前のディックの世界を先に経験してしまうと、むしろ本作を初めとする初期長編の分かりやすさ、行儀のよさに戸惑ってしまうのではないかと思うくらいだ。 テレパスの親衛隊に守られた世界政府の執政者、冥王星の外側に位置する太陽系の第十惑星「炎の月」への宇宙旅行、月面基地での暗殺者と親衛隊との一騎打ちなど、今となってはあまりにベタ過ぎる設定の典型的なSF活劇には、この作品が書かれた50年代という時代背景を感じない訳には行かないが、翻ればそれは、こうした通俗的なフォーマットの中できちんと物語を構築することのできるディックの確かな基礎筆力の証でもある。 しかし、絶