NICUの本を出版します

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2010年04月26日 14:05

ぽろぽろと告知させていただいておりましたが、私が今まで取材を続けてきました新生児医療、NICUに関する書籍がようやくまとまりまして、発売が来月25日に決まりました。

タイトルは、「救児の人々 ― 医療にどこまで求めますか」。

「救児(きゅうじ)」は、造語です。

救命が必要な産まれたばかりの赤ちゃんを助けようと関わっている、ご家族やNICUの医療スタッフの事を表しています。

このタイトルが表しているように、ご家族や医療者が登場し、彼らと私との対話で綴られています。

取材時の記録を、ほとんどそのまま起こした、生の声からできています。

登場されるご家族は4組、医療者は新生児科医(対話に登場している方)3名、小児科医1名、小児科病棟看護師1名、重症心身障害児福祉施設医師2名、です。


内容は、ずいぶん複雑で、センシティブなものになりました。

私の中で考え続けたテーマは、「私達はどこまで医療を求めることが許されるのか」です。

本書のプロローグを下段に公開させていただきますので、ご一読いただけましたら幸いです。


この書籍に取り組んだのは、一昨年に都立墨東病院で起こった妊婦の救急受け入れ不能問題がきっかけでした。

そこから周産期医療、特にNICUの取材を続けてきましたが、代表的に言われる「ベッド満床」にとどまらない問題が山積していました。

詳しくはプロローグに詳述していますが、これは医療界から社会全体につながっている問題だと思いました。

人間の命にかかわる医療界だからこそ、こうした問題が顕著に表れていると言えるかもしれません。

死生観、倫理観、社会の連帯意識、想像力の欠如・・・。

医療崩壊や医療費不足が叫ばれている中では、一層国民全体で考えていかないといけない問題だと感じました。

しかし、取材すればするほど問題の奥深さと幅広さに途方に暮れてしまい、なかなか文字にできずにいました。

そこで、私が問題意識を持つに至った取材過程を皆様にそのまま見ていただきたいと思い、

ご家族や医療者の生の声を、そのままの形でお伝えしたいと思いました。

もともと答えなど出しようのない問題です。

私などが変に結論付けてまとめてしまうよりも、その奥深さや幅広さのリアリティそのものを感じて頂きたいと思いました。

どう受け止められるかは、お読みいただく方によって違い、100人いれば100通りになると思います。

その多様性こそが、大事なのではないかなと思いました。


この現状を、何が起きているのかを、一人でも多くの人に知ってもらいたい。


それが、私がこの書籍を書くに至った、一番の思いです。

もしもそこから何かを考えてもらうことができたとしたら、望外の喜びです。


1年以上かかって、仕上がりました。

ほとんどご家族や医療者の方々と一緒になって作り上げたと言って過言ではありません。

ご家族の皆様、新生児科医の先生や医療スタッフの方々、本当にありがとうございました。

私は主人公である彼らを通す媒介でいられることを、とても嬉しく、有り難く思えました。

何よりもそんな遅筆な私を最後まで見捨てずに、素晴らしい本に編集し仕上げてくださった川口恭弊社代表には心から感謝しております。

書籍紹介ページにも載せておりますので、ご覧いただけましたら幸いです。


また発売日前後に、このロハス・メディカルweb上でこの書籍を全文PDFで無料公開させていただく予定です。

一ヶ月間限りではありますが、お一人でも多くの方にこの書籍について知ってもらいたいという思いから始める取り組みです。

ご覧いただけましたら、大変嬉しく思います。

どうぞ皆様、よろしくお願い申し上げます。


==============================================

プロローグ

軽蔑していいですよ。子供が助からない方が、よかったのかもしれないと思うことがあるんですよ……。昔だったら医療がこんなに発達していないから、小さい赤ちゃんは助からなかったと聞きますよね。じゃあ、翔太も昔なら助からなかったんでしょうかね……。あの子は私みたいな親の元で障害を持って生まれちゃって、かわいそうですよね……。子供が生まれた時に、お医者さんも看護師さんも「助かってよかった」と笑顔で言ってくれました。あんなにも一生懸命に頑張ってくれている人たちに「助からない方がよかったのかも」とか、口が裂けても言えるわけないじゃないですか。言ってはいけないって分かってますよ。でも、私が思うのは、『産んでしまって、ごめんなさい』なんです。こういう気持ち をどうすればいいのか、本当に分からなくて、助けてほしいですよ。

これは、31歳の時に妊娠25週で570グラムほどの男の子を出産したあるシングルマザーの言葉だ。その男の子、翔太君は、新生児集中治療管理室(NICU)に搬送され命を取り留め、今は3歳だ。しかし早産のためか、生まれつき脳に障害があり、母親と意思疎通することすらできない。

医療者たちが過労死ギリギリまで働いて築いてきた世界有数の新生児医療があったからこそ、翔太君は生きている。一方でこのお母さんはキャリアを絶たれ、いつ終わるとしれない介護生活の中、「翔太を殺そうとしたことが何度もある」と言う。

新生児医療には巨額の公費が投じられている。つまり社会全体の意思として、翔太君のような新生児の命を救うよう医療者に仕向けてきたことになる。しかしほとんどの人は、当事者になるまで、このような世界があることを知らず、突然放り込まれて苦悩している。

私が、このお母さんを取材したのは、2008年10月4日に起きた墨東病院事件がきっかけだった。脳内出血を起こした東京都内の妊婦が、名だたる8つの大病院から受け入れを断られ、最終的に受け入れられた都立墨東病院で3日後に死亡した。妊婦の救急医療の〝最後の砦〟と呼ばれる「総合周産期母子医療センター」を9つも持ち、埼玉県や神奈川県など周辺地域からも妊婦の救急搬送を受け入れている東京都で起こった事件は、多くの国民や医療関係者を震撼させた。医療・介護を専門に扱う記者の私も、当然のように問題を追い始めた。

最初は世の中の多くの関心と同じように、医療体制の不備の背景を探っていた。昨今叫ばれるようになった医療費抑制政策や医師不足による〝医療崩壊〟は、もちろんあった。だが、それだけではないことにも気づかされた。

この現代社会の病巣ともいえるような、国民の倫理観や死生観の欠如、自分たちが社会を構成する一員であるという意識と想像力の欠落、それを助長させる社会構造、それらが新生児医療に凝縮されていた。

こんなことを言うと各方面からお叱りを受けることを承知で、あえて書く。私は取材を進め新生児医療のことを知るにつれて、もはや人間の領域ではないと思った。

新生児科医は、本当ならまだお母さんのお腹の中にいるべき時期の未熟な赤ちゃんに心臓や脳の手術を行うのだ。まだ1000グラムにも満たない、小さな赤ちゃんに対して、彼らの小さな手の指よりも少し細いだけの針を刺し、体にメスを入れる。ここまで進歩した医療技術とその進歩を支えた医療者たちの「献身」に敬服した。

一方で、本当にこれでいいのかと何度も思った。もし私たちが、自分の体ほどもあるような大きなメスで切られようとしていると思ったら、逃げ出したくならないだろうか。体の血を何度も全部入れ替えるような大きな手術をされると思ったら、恐ろしくはならないだろうか。

日本の周産期医療のレベルは世界一を誇る。妊産婦死亡率、新生児死亡率、こんなに安全で安心して医療を受けられる国は他にないとされる。しかし、それは家庭も顧みずにひたすら「救う」ことに邁進し続けた医療者が出した結果であり、彼らが〝ゴッドハンド〟を持っていたから成し得たことだ。50年前ならば「脳です」「心臓です」と言うだけで、もうそれ以上の治療はできなかったし、患者や家族も望んでも無理であることを承知していた。しかし、今は望むことが可能になった。しかし、今後も本当にゴッドハンドレベルの医療が全国民に対して必要なのだろうか?

医療崩壊が叫ばれている。一方で、医療費さえあれば、どこまででも高度医療を追求できる可能性がある。

一体、私たちはどこまで医療に求めるのか、求めることが許されるのか。


=============================================

<<前の記事:村重直子の眼5 コメント欄    計画的に現役出向減らせ PMDA事業仕分け コメント欄:次の記事>>

コメント

おめでとうございます。そしてご苦労様です。

早速、アマゾンに予約を入れました。

本が届くのを首を長くして楽しみにしています

お疲れ様です。本を手に取れる時を、楽しみに待ちます。

>新生児医療には巨額の公費が投じられ
>新生児の命を救うよう医療者に仕向けてきた
  
新生児の命が助かることが、全てに勝る幸福なのか?
今の日本は「救命至上主義」とでも表現したら良いのでしょうか、
死を防ぎ、命が助かることが何よりも優先される、日本社会の現状。

医療の追求が、人間としての幸福をもたらしているのだろうか・・・

さっそく予約させていただきました。大手メディアが発する一面的かつ一斉的な医療情報の発信に、日々辟易しておりますが、貴社や熊田様の視点は、それらと一線を画するところがあります。

>この現代社会の病巣ともいえるような、国民の倫理観や死生観の欠如、

まさに、私が日々自ブログでささやかながら言い続けてきたこと同じです。

本が到着するのを楽しみにしています。

ご出版、おめでとうございます。大変なお仕事、お疲れさまでした。早速予約させて頂きました。

Med_Law様

さっそくご予約いただいたとの事、
またメッセージもありがとうございます。
本当に、嬉しく思っております。
これからも、どうぞご指導くださいませ。

本当に、ありがとうございます。

法務業の末席様

いつもご声援、ありがとうございます。

>今の日本は「救命至上主義」とでも表現したら良いのでしょうか、
>死を防ぎ、命が助かることが何よりも優先される、日本社会の現状。

今回は、まさしくご指摘の部分を問うております。
今の現状が、国民全員が望んで合意してこうなっているならば
それでもよいと思うのですが、どうも違うように、私には感じられます。
ただやみくもにひたすら救うことを求め、求められてきたとして、
今こうなっているならば、一度立ち止まって、冷静に俯瞰して考える時ではないのかなと思います。

医療は社会のシステムの一つですし、
医療崩壊が言われている今、なおさらかと思います。

いつも本当に、ありがとうございます。
これからも、ご指導よろしくお願い申し上げます。


なんちゃって救急医様
 
さっそくご予約くださったとの事、本当にありがとうございます。
先生がブログをされている時はいつも勉強させていただいていましたし、
書籍も本当に面白く読ませていただきました!
 
また、過分なお褒めのお言葉まで頂戴してしまい、恐縮です。
ありがとうございます。
 
>>この現代社会の病巣ともいえるような、国民の倫理観や死生観の欠如、
 
>まさに、私が日々自ブログでささやかながら言い続けてきたこと同じです。

そうですね…。
先生のブログを拝読していると、最終的に行きつくのはここだなと思っておりました。
私もこの本をきっかけに、何か感じてもらえることができればと、願ってやみません。
 
今後とも、どうぞご指導くださいませ。
本当に、ありがとうございます。
 
 
 
道標主人様
 
いつもご支援やご声援、ありがとうございます。
今回も、さっそくご予約を頂きまして、本当にありがとうございます。

先生からはいつもたくさん勉強させていただいておりますね…。
療養費の件でもお話をお聞かせ頂き、本当にありがとうございました。
 
これからも、どうぞ様々ご指導くださいませ。
本当に、ありがとうございます。
 


コメントを投稿


上の画像に表示されているセキュリティコード(6桁の半角数字)を入力してください。

 
 
 
pFad - Phonifier reborn

Pfad - The Proxy pFad of © 2024 Garber Painting. All rights reserved.

Note: This service is not intended for secure transactions such as banking, social media, email, or purchasing. Use at your own risk. We assume no liability whatsoever for broken pages.


Alternative Proxies:

Alternative Proxy

pFad Proxy

pFad v3 Proxy

pFad v4 Proxy