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トランプかヒラリーか。日本の安全保障はどう変わる

2016/09/28(水) 11:41 配信

オリジナル

9月26日(米国現地時間)、アメリカ大統領選挙に向けた1回目のテレビ討論会。共和党候補のドナルド・トランプ氏は「日本やすべての同盟国を助けたいとは思うが、対価を支払わない国を守ることはできない!」と持論を主張。対する民主党候補のヒラリー・クリントン氏は「トランプ氏は日本や韓国、あるいはサウジアラビアまで核武装してかまわないと繰り返してきた」と指摘し、核の“ボタン”を握る米大統領にはふさわしくないと攻め立てた。トランプか、ヒラリーか。次のアメリカの大統領で、日本の外交・安全保障にはどんな影響があるのか。外交や安全保障に詳しい4氏に聞いた。(ジャーナリスト・岩崎大輔、森健/Yahoo!ニュース編集部)

トランプ氏の思うような“暴走”は米国ではできない
渡部恒雄・東京財団上席研究員
日米安保解消なら、東アジアの安全保障環境は崩壊
春名幹男・早稲田大学大学院客員教授
トランプ氏は日米の本当の安保関係を知っているのか
守屋武昌・元防衛事務次官
どちらの大統領でも日本は「対米自立」へ向かう
東郷和彦・京都産業大学客員教授

トランプ氏の思うような“暴走”は米国ではできない

渡部恒雄・東京財団上席研究員

渡部恒雄(わたなべ・つねお)1963年福島県南会津町生まれ。東北大学歯学部卒業、歯科医師となるが、米国留学、ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。1995年、CSIS(戦略国際問題研究所)入所。2003年3月から上級研究員として、日本の政党政治と外交政策、アジアの安全保障、日米関係全般についての分析・研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所主任研究員等を経て現職(撮影: 岡本裕志)

「テロからの安全が確保できるまでムスリム(イスラム教徒)の米入国を全面的に禁止せよ!」

「我々は日本や韓国の人々の面倒をみてきた。だから、彼らに借りを返してもらう」

ふつうの政治家なら政治生命が絶たれかねない放言を繰り返し、共和党候補に選ばれたのがドナルド・トランプ氏です。トランプ氏という異色候補の登場は、アメリカの政治・社会構造の変化の反映でしょう。

ドナルド・トランプ:1946年生まれ。不動産会社トランプ・オーガナイゼーションの創立者・経営者。全米屈指の「不動産王」として知られる。1988年ごろから政界進出の意欲を見せ始めるが、公職経験はない。2016年大統領選に共和党から出馬、当初「泡沫候補」扱いだったが、多数の候補者の混戦を勝ち抜き、党内主流派の猛反発を受けつつも最終的に共和党候補者に。2016年7月、共和党全国大会での候補者指名受諾演説(写真: ロイター/アフロ)

トランプ氏の支持層は白人の中低所得者層です。有色人種や移民などの人たちが増え、反差別や公平性など「政治的な正しさ」が叫ばれる中、白人の社会的地位は相対的に下がりました。不満を抱える彼らが公然と言いにくい本音を発言するトランプ氏に熱狂した。

トランプ氏は出馬当初から、共和党の主流派から嫌われています。共和党主流派は、国際的には積極的な軍事介入、経済的には減税と小さな政府、自由貿易を推進、そして社会的には伝統的な家族の価値観を大切にします。ところがトランプ氏は、国民皆保険制度を否定せず、TPP(環太平洋経済連携協定)反対の保護主義者で、「アメリカ第一」を掲げて軍事介入には消極的な孤立主義者で、主流派とは対立します。共和党は彼の登場で割れてしまった。

ヒラリー・クリントン:1947年生まれ。第42代大統領ビル・クリントン(任期:1993年~2001年)のファーストレディーとして全米政界に登場。2001年、ニューヨーク州選出上院議員。2008年の大統領選に出馬するも、民主党予備選でバラク・オバマに敗れる。2009年、国務長官(~2013年)。2016年大統領選ではバーニー・サンダースと激戦の末、民主党候補の座を得る。2016年7月の民主党全国大会での候補者指名受諾演説(写真: ロイター/アフロ)

対する民主党候補のヒラリー・クリントン氏は、予備選では民主党の代議員(各州で大統領を指名するために選任された人)に代表される党主流派には圧倒的な支持を得ましたが、一般の民主党員の支持を得るのに苦労しました。夫のビル・クリントン氏と立ち上げた慈善団体のクリントン財団との利益相反が問題視され、誠実さに欠けるとも見られています。

それでも、7月の民主党全国大会でクリントン氏は成功しました。まず予備選でライバルだったバーニー・サンダース氏がクリントン支持を訴え、夫のビル・クリントン元大統領はもちろん、現職のオバマ大統領、国民的に人気の高いミシェル・オバマ大統領夫人も参加。これで党内の結束に成功しました。

一方、最近トランプ氏は経済政策などでは共和党主流派に歩み寄り、支持率でクリントン氏に迫っています。これは8月の反省があるのでしょう。トランプ氏はイラク戦争殉職者を息子に持つイスラム系米国人夫妻を執拗に非難したことで、8月に支持率を大きく落としたのです。

では、選挙結果によって日本にどういう影響があるのか。

クリントン氏が大統領のほうが、日米関係が扱いやすいのは間違いありません。ですが、トランプ氏になったからといって極端に恐れる必要はないでしょう。アメリカは三権分立が確立しており、議会の意向を無視して大統領府は暴走できないのです。また、東アジアには中国という巨大な懸念材料があるために、日本との同盟に対しては、議会の共和党・民主党のどちらからも強い支持があります。もしトランプ政権となっても、日本との同盟関係を支持してきた既存の共和党の専門家が外交担当に入る可能性が高い。そこには、安倍政権の積み上げてきた日米同盟支持の政策の影響も大きいと思います。

安倍首相は2013年末の靖国神社参拝では、「歴史修正主義者ではないか」とオバマ政権から不安視されました。しかし、それ以後、安倍首相はそうした歴史認識や自身の主義主張を控え、2015年春に米国連邦議会で和解演説を行って、アメリカの不安を払拭した。その後成立させた平和安全法制は、オバマ政権からも議会からも超党派で歓迎されました。日本への信頼を取り戻したのです。

TPPに関しては、トランプ氏もクリントン氏も反対しており、先行きは難しいと言わざるを得ません。そうした変化はあるでしょうが、日米同盟支持のクリントン氏は日本にとってベストですが、トランプ氏でも極端な関係悪化はないでしょう。

日米安保解消なら、東アジアの安全保障環境は崩壊

春名幹男・早稲田大学大学院客員教授

春名幹男(はるな・みきお)1946年京都府京都市生まれ。1969年、大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業後、共同通信社入社。本社外信部、ニューヨーク・ワシントン特派員、ワシントン支局長などを歴任。2004年特別編集委員、2007年退社。同年、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授。2010年より早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース客員教授。『仮面の日米同盟』『秘密のファイル―CIAの対日工作』など著訳書多数(撮影: 岡本裕志)

「日本も核兵器をもつだろう」といった過激な発言のせいで、ドナルド・トランプ氏ばかり騒がれてきたのが今回の米大統領選ですが、現実にはヒラリー・クリントン氏が大統領に就任する確率のほうが高いでしょう。ただ、彼女が大統領になれば、トランプ氏よりはるかにタカ派(強硬派)の大統領となる可能性があります。

2009年春、アフガニスタンに展開する米軍の状況が一時的に悪化しました。その際、オバマ大統領は3万人の増派を提言したのですが、当時の国務長官(日本の外務大臣)クリントン氏はそれでは不足だと「4万人」を要求しました。彼女は上院議員時代から軍人との関係が緊密で、軍人の意見を積極的に政策に取り入れる人なのです。過去の経緯を踏まえると、軍事で積極策に出る可能性は非常に高いと思われます。

日本との関係でも、クリントン氏が大統領なら尖閣諸島周辺の領海を脅かす中国の東シナ海問題にオバマ氏よりも積極的に対応するでしょう。

米海軍は、2015年秋から数回にわたりイージス駆逐艦などを南シナ海に派遣。2016年7月には、米空母ロナルド・レーガンなど第7艦隊が航行、中国を牽制した。写真は6月に太平洋で行われた第7艦隊の演習(写真: U.S. Navy/ロイター/アフロ)

中国が国際法を無視して南沙諸島などに軍事拠点をつくる南シナ海については、オバマ大統領は既に艦船派遣などの積極策に出ています。しかし、尖閣諸島のある東シナ海には艦船を出していません。これは「尖閣は日本自身が守るものだ」というアメリカの意思表明でもあります。中国はこのアメリカのサインに気づき、8月以降、尖閣諸島の日本領海へ300隻の中国海警局公船と漁船を出すなどの挑発行為を強めている。

クリントン氏が大統領になって東シナ海にも航空母艦を出すほどの圧力をかければ、東シナ海情勢は多少変化する可能性があります。ただし、それで日本は安心できるわけではありません。なぜなら、日本との有事が発生したとき、米軍がどこでどう出るか、日米の連携をどうするか、具体的な取り決めがまったくないのが現状だからです。「クリントン政権」とこうした具体的な話し合いをするべきでしょう。

ただ、過去の日米の外務・防衛担当閣僚会合「2+2」(ツー・プラス・ツー)での態度からすると、日本側にも負担を強く要求すると思われます。日本の民主党政権時代、普天間基地の移転問題を日米「2+2」で話し合った際、日本側の対応が遅れていることに対して、クリントン氏は痺れを切らし、「日本は何をやっているんだ!」と厳しい口調で怒鳴ったそうです。「会場が凍りついたような雰囲気になった」と防衛省の幹部から聞きました。性格もタカ派であるようです。

2011年6月、ワシントンD.C.で行われた日米「2+2」の共同記者会見。右から、ヒラリー・クリントン国務長官、松本剛明外務大臣、ロバート・ゲイツ国防長官、北澤俊美防衛大臣(肩書は当時)(写真: ロイター/アフロ)

一方、トランプ氏。これまでの演説を聞くかぎり、外交でも内政でも事実誤認が多く、正確な政策内容や情勢を把握しているとは思えません。政策にも政権運営にも通じていない彼が大統領になったら、国内外とも相当混乱するでしょう。

では、実際日本にはどれほど影響はあるのか。

まず現実に出てくる影響は、沖縄の反応でしょう。トランプ氏は日本が十分な基地経費を負担しなければ米軍を撤退すべきだと繰り返し述べていました。これは沖縄からすれば、まさに願ったりという話にもなり、米軍基地撤退要求が強まるのではないかと思われます。そうなると、当然、政府は沖縄に対しても、アメリカに対しても何らかの対応策をとらざるをえなくなる。

もちろん米軍撤退や日米安保条約解消なんてことになれば、東アジアの安全保障環境は崩壊します。そこまでの事態は現実的に考えにくいですが、日本の基地経費負担増といった妥協策を探ることにはなるでしょう。

BREXIT(イギリスのEU離脱)を含め、戦後の自由主義体制を揺さぶる変化が世界各地で既に起きつつありますが、アメリカの外交政策でも起こりうることを忘れてはいけないと思います。

トランプ氏は日米の本当の安保関係を知っているのか

守屋武昌・元防衛事務次官

守屋武昌(もりや・たけまさ)1944年宮城県塩竈市生まれ。東北大学法学部卒業。1971年、防衛庁入庁。1996年内閣審議官として、普天間基地など在日米軍縮小問題の日米交渉に携わる。2003年、防衛事務次官。2007年8月、防衛省を退職。同年秋、防衛省汚職事件で逮捕、翌年実刑判決。著書に『「普天間」交渉秘録』『日本防衛秘録』がある(撮影: 岡本裕志)

昨年来、ドナルド・トランプ氏は「日米安全保障条約の見直し」や「在日米軍撤退」などを公言してきました。これを受けて、日本では「トランプが大統領になったら、アメリカは日本を守ってくれないのか」といった議論が出るようになりました。しかし、これはおかしな話です。いくら同盟国でも、当事国より先に血を流すようなお人好しの国が世界のどこにあるでしょうか。

一方で、トランプ氏もわざと知らないふりをしているのかもしれませんが、日米安保や在日米軍の意義を理解しているとも思えません。戦後、アメリカは占領軍から同盟軍へと名称や性質を変えて日本に駐留し続けています。それは東アジア安定のために在日米軍基地の役割が大きいからです。

防衛官僚として長年防衛実務を行い、普天間基地の返還問題でアメリカと交渉してきた人間の実感としては、アメリカは日本を小さな国とは思っていません。

太平洋戦争終結で日本に入ったアメリカの占領軍は日本の軍隊を廃止し、計60万人もの兵や職員を日本に送り込みました。なぜそれだけの人数が必要だったか。日本は面積では世界で61位ですが、形状が南北に長く、平野が少ない形状です。それだけ統治に人間が必要だったのです。おもしろいのは、現在の自衛官が27万人、警察官など国家公務員一般職が約34万人の合計で約61万人で、だいたい当時の米軍の数と一致するのです。アメリカは日本の統治にはそれだけ人員が必要だとわかっていたということです。

しかし、1948年ドイツでベルリン封鎖が起こり、その2年後、朝鮮戦争が発生。東西冷戦が激化し、米軍は日本に60万人を配置し続ける負担はとれなくなった。そこで主要な基地(横田、横須賀、佐世保、三沢、岩国、沖縄)を残しつつ、日本には自国の兵力の発足を促した。それが自衛隊の発足につながったわけです。

今年7月にオランダにある仲裁裁判所で中国の領有権の主張が認められないと裁定が下った後も、中国は「南シナ海は中国の核心的利益」として軍事拠点化を推し進めています。西沙諸島に8カ所、南沙諸島に7カ所、艦艇が寄港できる港湾や戦闘機が離着陸できる滑走路、そして補給施設が備えられています。これらの中には日本の硫黄島を参考にして地下壕を掘った基地もあります。南シナ海をシーレーン(海上交通路)として利用している日本にとって大問題です。

こうした中国に対して、日米の連携が抑止力として欠かせないものになっています。

中国は、領有権を主張する南シナ海で、大規模な埋め立てを含む軍事施設建設を進め、実効支配を強めている。南シナ海南部に位置する南沙諸島・ミスチーフ礁では、多数の浚渫船が建設作業をする模様が確認されている(写真: U.S. Navy/ロイター/アフロ)

アメリカは歴史から学ぶ国なので、真珠湾攻撃や硫黄島での戦闘経験から「日本は敵にしたら厄介だ」と考えています。技術力も高く、兵器などでも高い潜在力がある。ある意味では、アメリカは日本がまた敵国にならないために同盟しようと思っている部分もあるでしょう。

一方、トランプ氏が「もっと負担を増やせ」と主張している駐留米軍の費用ですが、いわゆる「思いやり予算」で年4000億円を日本が負担しています。ドイツ、韓国と比べても日本は突出して多い。そこまで出している国は日本のほか、どこにもありません。

トランプ氏、クリントン氏のどちらが次期大統領になっても、安全保障の同盟や外交という面で日米関係に大きな変化はないでしょう。日米安保条約は国際間の条約です。それが簡単に破棄ないしは一方的に変更されるようなことがあれば、外交関係は完全に破綻し、その国とはどこの国もつきあわなくなります。

中国の東アジアでの海洋進出という振る舞いに対し、アメリカは抑止力のパートナーとして日本が必要なのです。クリントン氏は当然把握しているでしょうが、トランプ氏はそうした背景をどこまで理解しているのか……。トランプ氏の振る舞いは人気取りの演説だと信じていますが、ややそこが心配です。

どちらの大統領でも日本は「対米自立」へ向かう

東郷和彦・京都産業大学客員教授、世界問題研究所所長、元外務省欧亜局長

東郷和彦(とうごう・かずひこ)1945年、長野県生まれ。1968年、東京大学教養学部卒業、外務省入省。3回のモスクワ大使館勤務、ソ連課長、条約局長、欧亜局長、オランダ大使等を経て、2002年退官。ライデン大学、プリンストン大学、ソウル国立大学などで教鞭を執る。著書に『北方領土交渉秘録』『戦後日本が失ったもの』『危機の外交』などがある(撮影: 岡本裕志)

外交・安全保障に関して、日本はアメリカの政策に付き従う「対米追従」をしてきたとしばしば批判されます。対米追従とは、安全保障では駐留米軍を受け入れつつ、核の傘に守られる。その分、対外的には自立した政策をもたず、アメリカの言いなりになっているという批判です。

しかし、1951年サンフランシスコ講和条約を受け入れたときから、日本は、より平等で自立した対米関係をつくろうとしてきました。まず岸信介政権が実現した日米安保条約の改定(1960年)。次に、佐藤栄作政権が1971年6月沖縄返還協定調印にまでこぎつけた。

その二人を祖父、大叔父にもつ安倍晋三首相がいま行っている外交も、基本的には「対米自立」の方向です。米軍が日本に駐留し、日米同盟は維持するという「ステータス・クオ(現状維持)」を保ちながら、東アジアの安定のために日本の責任と行動を拡大し、真の対米自立を得ようというもの。中国が東シナ海や、南シナ海に海洋進出を打ち出す中、正しい方向だと私は思います。

そんな中の今回のアメリカの大統領選。トランプ氏、クリントン氏のどちらが大統領になっても、安倍首相はこの「対米自立」の方向を示していくと思います。

背景の一つが日本とロシアとの関係です。9月上旬、安倍首相は今年2度目となるプーチン大統領との会談を行いました。結果、11月、12月と連続の日露首脳会談が決まりました。1年に4回。しかも、12月は首相の地元・山口での開催です。狙いはもちろん「北方領土問題」の解決のための交渉です。

2016年9月2日、ウラジオストクでの日露首脳会談。安倍首相は、翌日の東方経済フォーラム(日露のほか、中国、韓国、インド、ベトナム、オーストラリア、米国などの代表団が参加)全体会合のスピーチでも、ウラジオストクで年1回会談することをプーチン大統領に提案した(写真: ロイター/アフロ)

今年5月のロシア・ソチでの会談では、安倍首相は経済支援の「8項目の協力プラン」を提示、北方領土問題で「新しいアプローチ」を打ち出しました。過去の交渉経緯からすれば、日本が望む歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の「4島一括返還」をロシアが受け入れる可能性はゼロに等しい。一方、日ソ共同宣言の「歯舞・色丹の2島返還」だけでは日本の国論は納得しない。そこで「2+α」が落とし所となる。政府の判断はわかりませんが、私にはそう見えます。

長年、外務省でロシア関係を担当してきた私の経験から言っても、この交渉は事実上最後のチャンスになるかもしれません。プーチン大統領が退いた後、ロシアの政界には北方領土に関心を払う人はほぼ残っていないからです。

2014年春、ロシアによるクリミア編入が起きると、アメリカなどG7は「力による現状変更は許さない」と制裁措置を行いました。この際、日本はG7の中でいちばん遅く、いちばん小さな制裁(投資活動の交渉凍結など)を科しました。安倍首相はG7としてのメンツを立てつつ、プーチン大統領に対しては「実害はないだろう」と実利を強調した。いわば二兎を追ったわけです。

アメリカの対露戦略はロシアの国際社会での孤立ですが、日本は同じ戦略はとれません。対話を維持し、経済協力を進め、領土交渉につなげる。そこで安倍政権は、アメリカに対して同盟国のスタンスを守りつつ、北方領土に関する日本の立場を伝え、ロシアとの積極的な対話を維持している。これは従来の日本の外交にない戦略ですが、非常によい戦略でもあると思います。ロシアとの対話は、ロシアと関係性が深い中国への牽制にもつながるわけですから。

トランプ氏は「日米同盟見直し」を選挙戦の中で謳ってきましたが、仮に彼が大統領になったとしても、ロシアや中国をめぐる国際環境が変わるわけではないので、アメリカが日米同盟の本質を変えることはないと思います。

日本が「対米自立」で国際問題を自力で解決する力をもつことは、戦争疲れや軍事費の抑制などもあるアメリカにとっても歓迎だと思います。ただし、全面的に、とはいかないでしょう。当然目線も厳しくなる。そう考えると、誰が米大統領になったとしても、日本の外交の舵取りは今後一層大変になっていくように思います。

2016年5月25日、翌日から行われるG7伊勢志摩サミットのため来日したオバマ大統領と短時間の会談の後、日米共同記者会見に臨む安倍首相(写真: ロイター/アフロ)


森健(もり・けん)
1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『「つなみ」の子どもたち』で大宅壮一ノンフィクション賞、2015年『小倉昌男 祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。
公式サイト

岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
1973年、静岡県生まれ。ジャーナリスト、講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎「異形の宰相」の蹉跌』、『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』など。

[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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