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岡本裕志

日本は民主主義の危機にある――石破茂氏に聞く自民党のいま

2018/06/25(月) 10:07 配信

オリジナル

自民党の信頼が揺らいでいる。国会では昨年来、森友学園や加計学園問題など「政と官」を巡る問題が次々と浮上し、内閣支持率はそのたびに下降を繰り返している。長い歴史のなかで政権党としてのノウハウを蓄積してきた自民党で、何が起きているのか。石破茂・元幹事長(61)に聞いた。(鈴木毅/Yahoo!ニュース 特集編集部)

米朝関係にどう関わるか

――米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長による史上初の米朝首脳会談が6月12日にありました。これをどう評価していますか?

対立から対話へ大きく舵が切られた。そのこと自体は評価すべきですが、本当の評価は歴史を経てみないと分かりません。まず、壮大な政治ショーだったこと。そして、これから長い対話の道のりが始まること。いま言えることはこの二つですね。

――長い対話の道のり、ですか。

何十年とかかるかもしれません。北朝鮮が主張する「朝鮮半島の非核化」と、米国が主張する「北朝鮮の非核化」は本来的にはまったく違うものです。北朝鮮の主張は半島全体なので、過去に戦術核を保有したこともある在韓米軍の撤退が含まれますが、米国の主張は北朝鮮だけです。

また、米国は北朝鮮の「体制の保証」に言及しましたが、国民2500万人が飢餓に怯え、人権が蹂躙されているあの体制を保証するとは、どういうことなのか。そもそも、あのような独裁国家が本当に非核化に応じるのか。実際、具体的な話は出ていません。だから「政治ショー」。だけど、これがなければ何も始まらない。だから「長い対話の道のりの始まり」と申し上げたんです。

(撮影:岡本裕志)

――日朝首脳会談の可能性も出てきたようですが、日本はどのように北朝鮮と関わるべきでしょうか。

拉致問題に関しては「2国間でやる」と安倍晋三首相ご自身がずっと言ってこられましたが、拉致問題以外については、日本は交渉の当事者というよりも従属的な立場、利害関係者としての立ち位置です。

日本は新たな安全保障環境をめぐる交渉にどういう立場で入るのか、6カ国協議の枠組みをもう一度復活させるのか、など真剣に考える必要があります。

――今回の米朝会談の前に安倍首相が米国でトランプ大統領と会談した際、日本が軍用機や航空機、農産物など数十億ドル規模の米国製品を購入しているとアピールしました。今後、何か外交的なお願いがあるたびにそういう負担が必要になってきませんか。

可能性はあります。日本は、ディール(取引)する材料は経済的なものに限られています。憲法改正や非核三原則の見直しなどを先送りにしてきたから、安全保障に関連するカードがほとんどありません。

トランプ大統領やロシアのプーチン大統領との個人的な信頼関係は大事ですが、私は、彼らは基本的には「友情と取引は別」と思っているのではないかと思います。

いしば・しげる:1957年生まれ。1979年慶應義塾大学法学部卒業後、三井銀行入行。1983年退行。1986年、衆議院議員当選。2002年9月、防衛庁長官。2007年9月、防衛大臣。2008年9月、農林水産大臣。2014年9月、地方創生担当大臣。2012年9月から2年間、自民党幹事長を務めた(撮影:岡本裕志)

中韓の歴史を勉強すべき

――安倍外交の方向性をどう見ていますか?

トランプ大統領とも親密で、プーチン大統領とも何度も会談しています。これは評価されるべき実績ですが、中国、韓国とも同じように信頼関係ができればなおいいでしょうね。私は最近、中国や韓国の戦中戦後の歴史を勉強するようにしています。

――それはどうしてですか?

知らないと話ができないからです。15年ほど前に私が防衛庁長官だった時代、年に1回シンガポールで開かれるアジア安全保障会議に出席した際、リー・クアンユー元首相とじっくりと話す機会がありました。

そのとき「君は日本が太平洋戦争中にシンガポールに何をしたか知っているか?」と問われたのです。正直なところ、日本がシンガポールを占領して昭南島と名付けた、ということくらいしか知りませんでした。そう答えると、「だからダメなんだよ。よく勉強しなさい」と叱られた。国益をかけて対峙するときに、相手を知らないでは何もできない。私はものすごく自分を恥じました。

防衛庁長官時代。コリン・パウエル米国務長官と。2003年。(写真:読売新聞/アフロ)

どんな立場であれ、相手と付き合おうと思ったら、相手のことを知っていることが重要です。相手のことをきちんと知り、自国の国益をきちんと把握していけば、外交の基礎はゆるがないだろうと思います。

ただし、外交の裏付けは軍事力です。外交なき軍事力は単なる暴力。軍事力なき外交は無力。だから日本は、憲法改正まではできなくとも、自衛隊法を国際法上の「軍隊」にふさわしい法律にすること。それだけで、ずいぶん違うと思います。

(撮影:岡本裕志)

「加憲案」は論理的に成り立たない

――その自衛隊の位置付けですが、いま進んでいる憲法改正の議論で、安倍首相は9条の規定をそのままに自衛隊の存在を書き込む「加憲案」を主張し、石破さんは「戦力の不保持」を規定した9条2項を削除することを主張しています。

9条2項を残したままの加憲案は、論理的に成り立たないと思います。また、総理ご自身が第3項に自衛隊を書き加えても現状と何も変わらないと明言されています。しかし、世界の情勢は変化しています。冷戦は終わって、中国の軍事力は強大になった。また、北朝鮮と米国が和解して本当に平和協定が締結されれば、在韓米軍も朝鮮国連軍(1950年の朝鮮戦争勃発時に創設された国連軍。後方司令部は米空軍横田基地)も撤退するかもしれない。朝鮮半島から米軍がいなくなれば、日本の安全保障環境は激変します。今のままでいいとは私には思えません。

(撮影:岡本裕志)

――石破さんは9条2項削除を柱とした自民党改憲草案(2012年に党議決定)に立ち戻るべきだと主張しています。

日本では、「集団安全保障」に参加することや「集団的自衛権」は、米国と一緒に世界で戦争する権利のような見られ方をします。だけど、私は集団安全保障と集団的自衛権は、日本のために絶対に必要なものだと思っています。この日本国がどうやって生き残るか、そのために何が必要かという話をするだけで、それが国家主義と誤解されるところがあるのなら、そう思う人が減るように努力しないといけないと思っています。

戦前と同じ過ちを繰り返してはならない

――報道各社の世論調査からは、安倍首相や政権に対する不信感の高まりが見てとれます。一方で、一定の底堅い支持も得ている。この状況をどう見ますか。

一番大きいのは野党が信頼を失って、有権者の受け皿になっていないことでしょう。安倍総理を信頼できないという層もありますが、それでも野党よりはいいに決まっている。総理はトランプ大統領やプーチン大統領とも仲良しだし、経済も悪くない、就職もできたし、株価も高いし、まあいいじゃん、ということではないでしょうか。

(写真:ロイター/アフロ)

――その一方で、森友学園や加計学園などの問題では、それらの疑惑に対して国民に納得感は広がっていません。このまま風化していくのでしょうか。

結局、それは有権者が決めることでしょう。それが主権者の判断というものです。

――頻発する不祥事や疑惑に対して、政治家や官僚は「忖度」「強弁」と批判されています。ただ、国民に不信感は高まりながらも、それが爆発してはいません。

それは日本人が最後はどこかで政府を信じているからだと思います。

ただ、政府が国民の信頼を裏切ったときが怖いということを指摘したのが、1940(昭和15)年に斎藤隆夫(立憲民政党=当時=の衆議院議員)が帝国議会で行った反軍演説です。

彼は日中戦争に疑問を呈し、国民が従順であるのをいいことに、その信頼を裏切ったら日本はどうなるんだ、この政治は間違っている、と政府や議会、軍部を批判した。この反軍演説によって彼は衆院議員を除名されますが、それに反対したのは7人しかいませんでした。

その後起きたのは、1941年12月の太平洋戦争であり、その半年後のミッドウェー海戦(1942年6月)です。この戦いで帝国海軍は大敗北を喫し、空母4隻はすべて沈んだ。

にもかかわらず、「一隻沈没、一隻大破」と大本営発表された。

国民が政府を信頼しているのをいいことに、「あった」ことを「なかった」と言う。戦前の日本はそうして転んでいったのです。

ミッドウェー海戦。炎に包まれた空母「飛龍」。その後、沈没(写真:近現代PL/アフロ)

選挙区議論は小泉さんが正しかった

――かつての自民党は党内で多様な意見が出ることをよしとし、議論を戦わせていました。自民党は変質したのでしょうか。

そうは思いません。ただ、1人しか当選しない小選挙区制では、政権の人気はすごく大事です。だから、政権内がガタガタしているという印象を持たれたくないという意識もあるだろうし、政権批判をすると自分のポストがもらえないかもしれないという一種の恐怖心もあるんじゃないか。それで、いろんな声が出にくいということはあるんでしょうね。

複数人が当選する中選挙区制時代は、みんなが言いたいことを言って論争し、党内の活気もあった。小選挙区制になっても、中選挙区を経験した議員が多かった時代は、まだ論争があった。だけど小選挙区制は、公認権と資金配分権を持つ党執行部に権力が集中する。だから、政権や党執行部に従順になるのでしょう。

1993年、国会で(写真:読売新聞/アフロ)

――1990年代の政治改革の時代、石破さんは小選挙区制導入の急進派でした。その小選挙区制による弊害ということでしょうか?

いまの政権が強いのは、旧民主党政権を選んだトラウマが大きいからでしょう。残念ながら、小選挙区制で想定していた政権交代が起きづらい状態になっています。

1990年代の小選挙区制導入の議論では、強硬に反対する小泉(純一郎・元首相)さんと徹底的に論争したものです。小泉さんは「小選挙区制なんかにしてみろ、官邸と党本部の言うことしか聞かない議員ばかりになるぞ」と言っていた。私は「自民党にはそれに逆らってスジを通す議員がいっぱいいる」と反論した。だけど、小泉さんが言っていたことが正しかったのかもしれません。

(写真:ロイター/アフロ)

官邸に気に入られることが出世の道

――官僚も官邸のほうばかりを見ているように感じます。

官僚は国家国民に対する奉仕者なのか、政権に対する奉仕者なのか。彼らも望むポストで自分の能力を最大限に発揮したい。でも、政権に異を唱えるとポストがもらえない。幹部ポストはすべて内閣人事局が人事権を持っているから、そこは官邸の評価に左右される。そうすると、官邸に気に入られることが出世の唯一の道だと思ってもおかしくない。

官邸のほうばかり見ているのは政治家も同じですが、人事で好き嫌いにとらわれなかったのが小泉さんだったと思います。

実は私は、小泉さんが総裁になったときの総裁選(2001年)で、対立候補の橋本龍太郎(元首相)さんを応援していました。「小泉さんが総理になったら、日本は大変なことになるぞ」とね。

だから、小泉政権になって自分の出番はないなと思っていた。そうしたら、1年後、突然電話がかかってきたんです。「国務大臣をやれ」「え、私ですか?」と。そこから私の政治家としての人生も変わりました。

小泉総理は、人を能力で見る人だったんでしょうね。好きとか嫌いとかは関係ない。対立した私でも、防衛庁長官に使う。だから小泉内閣の頃は党内議論が活発だった。それは、小泉さんがそういう人事をしていたからじゃないですかね。

(撮影:岡本裕志)

――それは、石破さんにとってもリーダーのロールモデルになっていますか?

そうあるべきだと思いますよ。

民主主義の二つの条件が毀損

――いま「安倍一強体制」の副作用として、党内に異論を許さない雰囲気があると言われています。

民主主義というのは、英国のチャーチル元首相が言ったように「最悪の政治制度」なんです。「今まで試された民主主義以外のあらゆる政治制度を除けば」。とにかく民主主義は手間がかかるし、カネはかかるし、出た結論は最善でないことが多いし、ロクなものではない。だけど、ほかのあらゆる政治制度よりはマシなものです。

そして、民主主義がきちんと機能するためには二つの条件がある。

一つは、参加する資格を持った人ができるだけ多く参加すること、もう一つが、参加する人たちに正しい情報が与えられること。

この二つを欠くと、民主主義は暴走してとんでもないことが起こる。

ところがいま、この条件が二つとも毀損されつつあります。いまの政治なんてどうでもいいと投票を棄権する人がいる。

また、新聞もテレビも見ず、自分の気に入った情報だけをネットで見る人が増えている。有権者が正しい情報を仕入れているかというと、そうは言いきれなくなっている。

(撮影:岡本裕志)

――いま党内で党や政権に対して厳しい意見を言えるのは、石破さんや小泉進次郎(衆院議員)さんら数えるほどです。しかし、党内に危機感は広がっていない印象です。

だから日本はかなり危ないと思っていますよ、私は。私や小泉さんは、党内に議論が活発にあった方が政権にとってもプラスだと思うからこんなことを言っているんです。そう思っている議員もそれなりにいるのではないでしょうか。

――9月の自民党総裁選に出馬しますか。

自分で納得しない限り出馬表明はしません。ただ、2回続けての無投票(2015年の前回総裁選は無投票)は避けなければならないと思っています。

(撮影:岡本裕志)


鈴木毅(すずき・つよし)
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大学院政策・メディア研究科修了後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」副編集長、「AERA」副編集長、朝日新聞経済部などを経て、2016年12月に株式会社POWER NEWSを設立。

[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝


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