柳美里の今日のできごと

福島県南相馬市小高区で、
「フルハウス」「Rain Theatre」を営む
小説家・柳美里の動揺する確信の日々

JR上野駅公園口

2020年11月23日 12時01分00秒 | 日記

「山狩り」が終わった。
雨の匂いがする。雨は降っている最中より、上がった直後の方がよく匂う。東京はどこもかしこもアスファルトで覆われているけれど、公園の中には木と土と草と落ち葉があって、雨がそれらの匂いを引き出しているのだろう。
三十代の頃、残業は二割五分増しだったから毎日残業をした。雨上がりの夜、駅に向かって歩いていると、勤め帰りのサラリーマンの波に呑まれ、この人たちは家族の待つ家に戻るのだな、とネオンがてらてら反射する濡れたアスファルトを泥靴で踏みながら雨の匂いを嗅いだ――。
西の空は雲の裂け間から陽が射していたが、東の空にはまたいつ降り出してもおかしくないような雨雲が垂れ込めていた。
水のせせらぎのような音がして、文化会館の方を見たが、雨樋から水が落ちているのか、空調の中を水が回っているのかは判らなかった。
空を見上げ、雨の匂いを嗅ぎ、水音を聞ているうちに、いまこれから自分がしようとしていることをはっきりと悟った。悟る、という言葉を思い付くのは、生まれて初めてだった。何かに捕らわれてそうしようというのではなく、何かから逃れてそうしようというのではなく、自分自身が帆となって風が赴くままに進んでいくような――、寒さや頭痛はもう気にならなかった。
公孫樹の葉の黄色が溶かした絵の具のように目に流れ込んできた。いま舞っている葉も、雨に濡れ人に踏まれた葉も、まだ枝に付いている葉も、一葉一葉が勿体ないほど黄色く輝いて――。
ホームレスになってからは、落ちた銀杏の実にしか目がいかなかった。ビニール手袋をはめて一つ一つ拾い上げ、レジ袋がいっぱいになったら水飲み場に持っていって臭い皮の部分を洗い落とし、新聞紙の上に広げて干して、アメ横でキロ七百円で引き取ってもらう――。
ひゅうっと木枯らしが吹き、視界一面に黄色い葉が舞い散った。巡り変わる季節とはもう関わりを持つことはない――、それでも光の使者のような黄色から目を離すことは惜しい気がした。
ピヨッ、ピヨピヨッと視覚障害者用の誘導音がして山下通りの向こうを見ると、信号が青に変わっていた。横断歩道を渡る。
ポケットから小銭を取り出し切符を買う。
JR上野駅公園口の改札を通る。
案内板の「東北新幹線はやて 新青森行き」の文字が目に入り、あれに乗れば四時間半後には鹿島の駅に着く――、と思ったが、その揺らぎは鼓動の一つが受け止め、もう望郷の念で胸が高鳴ったり、胸が締め付けられたりすることはなかった。
いくつもの道が過ぎ去った。
目の前には一つの道しか残されていない。
それが帰り道かどうかは、行ってみないとわからない。
山手線内回りの2番線の階段を下りていく。
プォォォン、ゴォー、ゴトゴト、ゴトゴトゴト、ゴト、ゴト……階段の中頃で一人の女とぶつかりそうになった。赤いコートに少女のようなおかっぱ頭が映える小柄な三十代半ばぐらいの女……ゴットン、ゴットン、ゴ、トン、ゴ……携帯電話の画面に顔を近付けたまま階段を上ってきて、直前に弾かれたように気付き、あ、すみません、と青白く生彩のない顔で謝った。ホームレスだ、というような驚きが一瞬掠めた女の顔には、願いが挫かれたばかりのような翳りがあった。階段が終わりに近付いた時に足を止め振り向いてみると、赤いコートの背中は階段を上り切ったところだった……トン、ブーン、ルゥー、ブシュウーキキ、キキ、キィ、キ……キ……キ……ゴトッ……シュー、ルルル、コト……彼女が目撃しないで済んだ、ということに少しほっとした。彼女の携帯電話に届いた知らせは凶報だったのだろうが、たぶん、今夜は眠るだろうし、朝起きれば顔を洗って何かを食べるだろうし、化粧と着替えをして出掛けるだろう。そうやって人生は続いていく。暦には昨日と今日と明日に線が引かれているが、人生には過去と現在と未来の分け隔てはない。誰もが、たった一人で抱え切れないほど膨大な時間を抱えて、生きて、死ぬ――。
山手線内回りを一本見送り、次の電車が到着するまでの三分間、自動販売機で炭酸のジュースを買って、二口だけ飲んでゴミ箱に捨てた。

「まもなく2番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります、危ないですから黄色い線までお下がりください」

黄色い線の上に立って目を閉じ、電車が近付いてくる音に全身を傾けた。
プォォォン、ゴォー、ゴトゴト、ゴトゴトゴト、ゴト、ゴト……
心臓の中で自分が脈打ち、叫び声で全身が撓んだ。

 
 










 

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JR常磐線小高駅

2020年11月23日 09時42分00秒 | 日記
今日は、仙台に用事があり、いま、常磐線に乗っています。常磐線はがら空きなので、行き帰りの車内で、ごはんを食べながら原稿を書くことがきます。








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おはようございます。

2020年11月23日 09時36分00秒 | 日記
11月19日の朝に、『JR上野駅公園口』全米図書賞を受賞して、4日が経ちました。



なかなか大変な4日間で、
芥川賞を受賞した28歳の時のことを、思い出しました。
あれから、24年が過ぎましたが、
28歳の自分は、
全米図書賞を受賞することも、
福島県南相馬市小高区で暮らすことも、
ブックカフェを営むことも、
息子(もうすぐ21歳!)を持つことも、
全く予想していませんでした。
人生って、予想が外れるから、面白い。
そして、わたしの場合、年々予測不可能になっていく。
5年後、10年後の先行きが見通せないことに、わくわくドキドキしている自分がいる。

いまは、ですね、全米図書賞の取材対応と、
12月2日にリニューアルオープンするフルハウスのブックカフェの準備に追われています。
(カフェは、新型コロナウイルスのパンデミックで、4月28日から休業し、本屋のみで営業を続けていました)

是非、ブックカフェ・フルハウスにいらしてください。

(写真は11月19日午前6時23分。全米図書賞発表直前。フルハウス店内のZoom画面の中のわたし。さすがに緊張している)








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全米図書賞の発表&授賞式

2020年11月19日 08時07分15秒 | 日記

フルハウス副店長の雪歩です。

このあと午前9時から全米図書賞の発表&授賞式です。

柳美里の『Tokyo Ueno Station(JR上野駅公園口)tr.Morgan Giles』が最終候補になっています。

Facebookライブ、Youtubeライブでの配信もあるようです。

リアルタイムで一緒に緊張して待ちましょう!

https://twitter.com/nationalbook/status/1329064596565536772


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ふしぎ

2020年11月06日 07時28分00秒 | 日記
ときどき、自分が、縁もゆかりもない小高で暮らしていることを不思議に思う。

でも、日本で暮らしていること自体、縁もゆかりもなかったわけだから、そんなに不思議じゃないか……

わたしは流れ者に生まれついたから、
流れて生きて、流れて死んでゆく







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精神が揺らぐ時

2020年11月06日 05時05分00秒 | 日記
精神が、抜歯されるみたいに、
力づくで、ミキミキと、
引っこ抜かれそうになると、
まず、音がダメになる。

最初にマジックペンが使えなくなる。

マジックの先端が紙に擦れる音が、いつもの20倍ぐらいに聴こえて、鳥肌が立つ。

次に、鉛筆がダメになる。

シャーペンも、ボールペンも、
擦れ音が嫌で使えなくなる。

唯一使えるのが筆ペン。

でも、文字用の筆ペンは、
微妙に音がするから、
今は水彩画用の柔らかい筆ペンを使ってます。

音が、怖い。

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目覚まし時計

2020年11月06日 04時34分00秒 | 日記
目覚まし時計が、苦手で、怖い。

眠ろうとしたのが、午前3時。

7時20分小高発の常磐線に乗らないといけないから、目覚まし時計とスマホのアラームを6時20分にセットした。

音が鳴るのが怖くて、緊張して、全く眠れない。

でも、電車に乗り遅れるといけないから、目覚ましをセットしないわけにはいかない、でしょ?

目が痛い。

ふくらはぎの筋肉が強張っている。


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この1ヶ月半……

2020年11月05日 22時01分00秒 | 日記
何も言えません。
何も言いません。

最低、最悪な日々を過ごしていました。

でも……

猫たちがいて、ほんとうに救われた。

悲憤で心が張りさせそうになると、
わたしは猫たちを撫でています。

トラ、エミリー、ティグリ、
いつも、わたしを助けてくれて、
ありがとう。










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