コンテンツにスキップ

ニヤマ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ニヤマニヤーマNiyamasサンスクリット: नियम、勧戒)とは、前向きな義務・遵守事項のことである[1]。鍛錬による自己浄化を目指す[2]。対義語はヤーマ(Yamas、禁戒)であり、進んでしない自己抑制の事項である[2]

インド哲学、特にヨーガ学派では、ニヤマとヤマは、健康的生活、精神的な悟り、そして存在からの解放のため推奨される活動と習慣となっている[3]。ヒンドゥー教においては、文脈に応じて複数の意味がある。仏教ではニヤマ・ダルマ(niyama dhammas )として自然に決定されるものである[4]

ヒンドゥー教

[編集]

は、ヒンドゥー教の古代・中世のさまざまな書物で広く論じられている。そのヨーガ学派では、八支(段階、枝、構成要素)のうち最初の2つで説明されている。第一肢はヤマ(Yamas)と呼ばれ、高徳な自制心(すべきではないこと)が述べられる。第二肢はニヤマと呼ばれ、高徳な習慣、行動、遵守(ドーズ)が含まれる[5][6]

ヒンドゥー教では、これらの徳と倫理の前提は、個人が自己実現し、悟りを開き、解放された存在状態(解脱)に至るために必要と考えられている[7]

5つのニヤマ

[編集]

パタンジャリヨーガ・スートラでは、ヨガの八支(ヨーガアンガ)のうち、第二肢がニヤマである。「Sadhana Pada」32節では、ニヤマの一覧を以下としている[8]

  1. シャウチャ(शौच):清浄[2]、心・言葉・体の清らかさ[9]
  2. サントーシャ(सन्तोष):満足、知足[2]、他人と自分の状況をありのままに受容、自己に対する楽観[3]
  3. タパス (Tapas、तपस्):苦行、自制[2]、引き締め、自己鍛錬[10] 継続した瞑想、忍耐[11][12]
  4. スヴァディアーヤ (स्वाध्याय):読誦[2]、自己の研究、自己反省、自己の思考・言動の内観[12][13]
  5. イシュワラ・プラニダーナ (ईश्वरप्रणिधान):イシュヴァラ(神・最高存在、ブラフマン、真我、不変の実在)の観想[15]、信仰[2]、最高意識への同調[16]

10つのニヤマ

[編集]

ヒンドゥー教の多様な伝統と歴史的な議論の中で、いくつかの文献は拡張された複数のニヤマの一覧を示唆している。例えば シャンディリヤとヴァラハのウパニシャッド[17]ハタ・ヨーガ・プラディーピカー[18]、ティルマンディラムの第3巻552から557節[19]は、前向きな義務、望ましい行動、規律として10つのニヤマを挙げている。

以下に、ハサヨガプラディピカ(1.18節)による10のニヤマを挙げる[18]

  1. タパス (Tapas、तपस् )[11][12]
  2. サントーシャ(सन्तोष)[3]
  3. アースティカ (Āstikya、आस्तिक्य):真我への信仰(ジュニャーナ・ヨガ、ラージャ・ヨガ)、神への信仰(バクティ・ヨガ)、 ヴェーダ/ウパニシャッドへの確信(正統派)[21]
  4. ダーナ (Dāna、दान):気前のよさ、慈善、分かち合い[22]
  5. イシュワラ・プラニダーナ (ईश्वरपूजान)[23]
  6. シッダーンタ・シュラヴァナ英語版 (Siddhānta śrāvaṇa ; सिद्धान्त श्रवण):古代の聖典に耳を傾ける[21]
  7. (Hrī、ह्री):反省と受け入れ、謙虚、謙遜[18][24]
  8. マティ (मति; Mati):理解するために考え、反映し、矛盾した考えを調整する[25]
  9. 低謡英語版 (जप):マントラを復唱し、知識を暗唱する[26]
  10. 護摩 (Huta, हुत) または 誓願儀礼英語版 (व्रत; Vrata):
    1. 護摩 (हुत):儀式(ヤジナのような生け贄の儀式)
    2. 誓願儀礼 (व्रत):宗教上の誓い、規則、遵守を忠実に実行する[27]

仏教

[編集]

紀元5世紀から13世紀にかけての仏教注記書では、pañcavidha niyama(五つのニヤマ)が以下に確認される。

  • Aṭṭhasālinī (272-274) - ブッダゴーサによる最初の注記書であるDhammasangaṅi に記載[30]
  • Sumaṅgala-Vilāsinī (DA 2.431) - ブッダゴーサによる長文の注記[31]
  • Abhidhammāvatāra (PTS p. 54) - ブッダゴーサによるアビダルマ要約[32]
  • Abhidhammamātika Internal Commentary. (p. 58) - Coḷaraṭṭha Kassapa による論蔵解説。
  • Abhidhammāvatāra-purāṇatīkā (p. 1.68) - スリランカの Vācissara Mahāsāmi による文献。

これらにおいては、次の5つのニヤマが示されている。

  1. utu-niyāma(季節の制約) - たとえば、地球のある地域のある時期には、木々が一斉に開花・結実し(エカッパハーレンヴァ)、風が吹いたり止んだりし、日照量や降雨量が異なる。花によっては蓮のように、昼に開き夜に閉じる。
  2. bīja-niyāma(種や菌の制約)- 大麦の種によって大麦が生まれるように、自分自身の種を生み出す。
  3. kammaniyāmaの制約) - 善い行いは良い結果を生み、悪い行いは悪い結果を生む。この制約を象徴しているのが、ダンマパダ127の「行為の結果は避けられない」という説とされる。
  4. citta-niyāmaの制約) - 心的活動のプロセスの順序。先行する思考が後続の思考を引き起こし、条件づけるという因果関係を示す。
  5. dhamma-niyāmaの制約) - 菩薩が母の胎内で受胎するときや誕生する際に、万界系が震動するような出来事。

脚注

[編集]
  1. ^ Moyer, Donald (1989). “Asana”. en:Yoga Journal 84 (January/February 1989): 36. 
  2. ^ a b c d e f g 伊藤 麻希「心と身体の関係に着目したヨーガの実践」『日本女子体育連盟学術研究』第36巻、2020年、doi:10.11206/japew.36.31 
  3. ^ a b c N Tummers (2009), Teaching Yoga for Life, ISBN 978-0736070164, page 16-17
  4. ^ What does niyama mean?”. www.definitions.net. 15 January 2021閲覧。
  5. ^ N Tummers (2009), Teaching Yoga for Life, pp. 13-16  ISBN 978-0736070164
  6. ^ Y Sawai (1 June 1987). “The Nature of Faith in the Śaṅkaran Vedānta Tradition”. Numen 34: 18-44. https://www.jstor.org/stable/3270048. 
  7. ^ KH Potter (1958). “Dharma and Mokṣa from a Conversational Point of View”. Philosophy East and West 8(1/2): 49-63. https://www.jstor.org/stable/1397421. 
  8. ^ Āgāśe, K. S. (1904). Pātañjalayogasūtrāṇi. Puṇe: Ānandāśrama. p. 102. https://archive.org/stream/patanjaliyoga/yoga_sutras_three_commentaries#page/n113/mode/2up 
  9. ^ Sharma and Sharma, Indian Political Thought, Atlantic Publishers, ISBN 978-8171566785, page 19
  10. ^ Gregory P. Fields (2014). Religious Therapeutics: Body and Health in Yoga, Ayurveda, and Tantra. State University of New York Press. pp. 111. https://books.google.com/books?id=nCQ0Njp2DWMC&pg=PA111  ISBN 978-0-7914-9086-0
  11. ^ a b Kaelber, W. O. (1976). "Tapas", Birth, and Spiritual Rebirth in the Veda, History of Religions, 15(4), 343-386
  12. ^ a b c SA Bhagwat (2008), Yoga and Sustainability. Journal of Yoga, Fall/Winter 2008, 7(1): 1-14
  13. ^ Polishing the mirror Yoga Journal, GARY KRAFTSOW, FEB 25, 2008
  14. ^ Īśvara + praṇidhāna”. 3 March 2016時点のĪśvara オリジナルよりアーカイブ。3 March 2016閲覧。
  15. ^ Īśvara + praṇidhānaの意[14]、さらにpraṇidhāna”. 16 April 2016時点のオリジナルよりアーカイブ。16 April 2016閲覧。による。
  16. ^ Sturgess, Stephen (2014). Yoga Meditation. Watkins Publishing. pp. 21  ISBN 978-1-78028-644-0
  17. ^ SV Bharti (2001), Yoga Sutras of Patanjali: With the Exposition of Vyasa, Motilal Banarsidas, ISBN 978-8120818255, Appendix I, pages 680-691
  18. ^ a b c Burley (2000年)[20]。原典は右記のとおり。तपः सन्तोष आस्तिक्यं दानम् ईश्वरपूजनम् ।
    सिद्धान्तवाक्यश्रवणं ह्रीमती च तपो हुतम् ।
    नियमा दश सम्प्रोक्ता योगशास्त्रविशारदैः ॥१८॥
    。注記:無料のオンライン資料ではあるが、著者は 「Tapas」を「niyamas」一覧に重複して2回掲載。他者は上記資料の第2行目の文末から2点目の言葉を「जपो」すなわちJapa と読み解く。
  19. ^ Fountainhead of Saiva Siddhanta Tirumular, The Himalayan Academy, Hawaii
  20. ^ Mikel Burley (2000), Haṭha-Yoga: Its Context, Theory, and Practice, Motilal Banarsidas, ISBN 978-8120817067, pages 190-191
  21. ^ a b Niyama”. United We Care. 8 Limbs of Yoga (June 30, 2021). 2021年6月閲覧。
  22. ^ William Owen Cole (1991), Moral Issues in Six Religions, Heinemann, ISBN 978-0435302993, pages 104-105
  23. ^ Īśvara Archived 3 March 2016 at the Wayback Machine. Koeln University, Germany
  24. ^ Hri Monier Williams Sanskrit English Dictionary
  25. ^ Monier Williams, A Sanskrit-English Dictionary: Etymologically and philologically arranged, p. 740, - Google ブックス, Mati, मति, pages 740-741
  26. ^ HS Nasr, Knowledge and the Sacred, SUNY Press, ISBN 978-0791401774, page 321-322
  27. ^ Siddha Community: The Saivite Hindu Religion”. www.siddha.com.my. 2017年1月12日閲覧。
  28. ^ E. Muller, ed (1979年(初版 1897年)). PTS. p. 272 
  29. ^ Pe Maung Tin tr. The Expositor, London: PTS, 1921, vol.II p.360.
  30. ^ "Aṭṭhasālinī" の言及[28]、英語訳は Pe Maung Tin 訳(1921年[29])。
  31. ^ Sumaṅgala-Vilāsinī, Buddhaghosa’s Commentary on the Dīgha Nikāya. ed. W. Stede. PTS 1931, p.432.
  32. ^ Abhidhammāvatāra in Buddhadatta’s Manuals. ed. AP Buddhadatta. PTS 1980 (orig. 1915) p.54.

外部リンク

[編集]
  • Yoga and Ethics(英語)(PDF形式)Paul Macneill, Wiley-Blackwell出版
  • The Fivefold Niyāma (英語)(PDF形式)ニヤマについて述べる解説テキストの英語訳。


pFad - Phonifier reborn

Pfad - The Proxy pFad of © 2024 Garber Painting. All rights reserved.

Note: This service is not intended for secure transactions such as banking, social media, email, or purchasing. Use at your own risk. We assume no liability whatsoever for broken pages.


Alternative Proxies:

Alternative Proxy

pFad Proxy

pFad v3 Proxy

pFad v4 Proxy