梶浦敏範【公式】ブログ

デジタル社会の健全な発展を目指す研究者です。AI、DX、データ活用、セキュリティなどの国際事情、今後の見通しや懸念をお伝えします。あくまで個人の見解であり、所属する団体等の意見ではないことをお断りしておきます。

Cybersecurity Initiative by Google(後編)

 この会合もチャタムハウスルール、発言者を特定しなければ発言内容の引用は可能だ。印象に残ったのは、以下のような意見。

 

・対策を採るのは面倒くさいし、しなかった場合の被害を実感できない

・何らかのインセンティブがあれば、対策を採ることもあるだろう

・口コミで伝わってくると、その気になる人も多い

 

 これは国民全般について述べているのだが、企業内でも傾向は同じ。

 

・ランサム被害に遭っても、原因究明しない企業もある

・できないというよりも、やる気がない。事業継続できればいいのでカネを払う

 

 カネを払う企業と思われれば攻撃が殺到するかもしれないのだが・・・。

 

・経営者が「自分事」にしていない、専門家マターだと思っている

・国がバックの攻撃などもあり、それは間違いなく経営マターなのに

・プラスセキュリティ人財という言葉も聞くが、プラスになっていいことがあるのか

 

パーティであいさつする村井議長

 経営者やその姿勢に対する批判は多いが、一方で専門家に対する問題提起もある。

 

・とにかくデジタル用語、英語でまくしたて、理解してもらおうと思っていない

・世界で技量を競うのはいいが、通常業務はそこまでの能力は不要

・攻撃に対処することが最優先で、業務や事業のことに配慮しない

 

 専門家を置けない規模の企業や地域の企業については、

 

・地域でまとまるということも考えられるが、実際に(経営もITも)統合は難しい

・経営者に刺さるのは社長仲間の声、リーダー的社長がいるとインフルエンスする

・伝統ある地域企業で若手の三代目社長・・・などがいると期待が持てる

・デジタル投資助成金の申請に「親のクビをもってきたらOK」との意見(笑)もあった

 

 という具合。デジタル教育については、こんな意見も。

 

IPAの「ITパスポート」くらいは入社の必須条件にしてはどうか

・そもそも教育のスタートが遅すぎる。4~6歳で始める国もある

 

 予定時間を超過して、熱いけれどバラバラな意見が続出した。さて、これをどうまとめていくのだろうか?

 

 議論のあとは大勢の参加者を加えた発表会・講演会(*1)、そしてパーティへと続いた。懐かしい人にも大勢あえて、非常に意義深い会合だった。これから1年間の「白書」に向けた議論、精々協力させてもらいたい。

 

*1:Googleが「Japan Cybersecurity Initiative」設立、セキュリティを専任部門だけの課題にせず、社会全体の底上げへ - INTERNET Watch

Cybersecurity Initiative by Google(前編)

 昨年末、Google合同会社が日本にサイバーセキュリティ研究拠点(*1)を設け、それをお披露目するイベントを開催したことを紹介した(*2)。拠点長はMandiant時代から、書籍の出版など一緒に活動してきた友人内山氏である。

 

 この拠点では、技術開発にとどまらず大学などへの支援も行っていて、その延長線だろうか、日本のサイバーセキュリティを推進する有識者会合を持ちたいという。3ヵ月ほどどんな会合にしたらいいかの議論にも加わらせてもらって、この日第一回の有識者会合が開かれた。名称は「Japan Cybersecurity Initiative」、20名弱の有識者が集まった。

 

 座長は「インターネットの父」慶応村井純教授、特別顧問に竹中平蔵氏、メンバーは、

 

・ITサービス、流通、コンサルなど企業

・セキュリティ研究で有力な大学

シンクタンクや業界団体

・中央行政府の主な省庁

 

 で、一家言ある人たち。

 

会合後の発表会であいさつする岸田元総理

 

 この会合の目的は、日本のサイバーセキュリティ能力向上のための「白書」をまとめること。1年間に5回の会合を行って、次の3点について議論する。

 

・国民の意識向上

・経営のためのサイバーセキュリティ戦略

・サイバーセキュリティ人材のすそ野拡大

 

 初回のこの日は、有識者メンバーから幅広に意見を言ってもらい、現状認識や課題、知見のある専門家の紹介などを受けることにすると、司会役の内山氏が口火を切った。便宜上3点に区分してあるのだが、実際すべては絡み合っている。意識向上なかりせば人材も増えないし、経営戦略もたたない。一方社会の中心である企業がセキュリティ対策に熱心でなければ、人材ももちぐされだし、国民全体の意識が高まるはずもない。

 

 村井教授の議事進行で「意識向上」から意見を求められたのだが、やはり経営も人材も含んだ課題提起が多い。私からは、

 

・全社員の「自分事」にするには、「品質・安全」と同じように考えるべき(*3)

・専門家だけに任せず、社内各部署にプラスセキュリティ人材を配置すべき

・それでも年商100億円いかの企業では、デジタル化そのものも難しい

 

 と申し上げた。

 

<続く>

*1:Cybersecurity Center of Excellence

*2:Google社のシンポジウム - 梶浦敏範【公式】ブログ

*3:品質・安全そしてセキュリティ(前編) - 梶浦敏範【公式】ブログ

「America First」はわかるけど

 世界中がトランプ2.0政権に振り回されている。今月中国で<全人代>があったのだが、トランプ2.0の施政方針演説がカブっていて、メディアの扱いは相対的に小さくなってしまった。

 

 ウクライナ支援停止・ガザのリゾート開発・グリーンランド割譲要求・パナマ運河から中国排除・移民の強制送還・・・そして関税乱発。まるでDDOS攻撃のように一杯降ってくるので、まずは落ち着いて考えようと専門家と意見交換する場に参加した。

 

 国際政治が専門でよくTVでもお見掛けするこの人は、トランプ政権の本質は大統領個人の欲望そのものだとおっしゃる。

 

1)自身が刑務所送りにならず

2)自分や家族がより裕福になり

3)死ぬまで権力を持ち続けたい

 

 が全てである。これまでの米国大統領が少しはもっていた公徳心が、彼には全くない。司法長官やFBI長官を、自らに忠誠を誓う人物で固めたのは1)のため。

 

    

 

 3)も重要で、4年後誰かに大統領職を譲る(*1)にしても、それは忠誠心ある人物にしたいし議会も民主党には渡したくない。そのために、最も重視するのは米国経済で、なんとしても減税もしたい。だから経済閣僚には比較的真っ当な人を置いている。しかしやろうとしていること、例えば関税合戦は、米国国内にインフレを招き景気後退につながる。だから株価が下がり自身の財産も減れば、2)が達成できないので軌道修正するだろうという。

 

 ただ経済を含む内政はいいとして、外交は不安だらけだ。ロシアに対するサイバー攻撃を停止すると発言(*2)したヘグゼス国防長官は、攻撃と防御の区別もついていないようだ。CIAなど情報機関を全部束ねる国家情報長官は、プーチン大統領に近い人物(*3)である。これでは「Five Eyes」の国は、米国と機密情報の共有などできるはずもない。

 

 「America First」で内政重視をするにしても、あまりに外交がお粗末。これでは米中対立での<ソフトパワー戦*4>に敗れるのは必然。さて日本はどうするのでしょうか?

 

*1:通算3期目の大統領をやりたいのも確かで、憲法改正しなくても裏技はいくつかある

*2:米国防長官、ロシアに対するサイバー作戦を停止 米報道 - BBCニュース

*3:トランプ政権の国家情報長官は日本に深い恨み?日米再戦の懸念を発信 そのギャバード氏就任で、「民主党脱藩3人組」が内政のカギ握る(2/5) | JBpress (ジェイビープレス)

*4:ソフトパワーによる闘い - Cyber NINJA、只今参上

ベトナムを代表するIT企業「FPT」(3/終)

 ランチタイムは、最上階フロアにある食堂でベトナム料理いただいた。この建屋ではすでに1万人以上が働いていて、昨年2倍に拡張したという。幹線道路沿いで、周りには更地も多い。伸び盛りの企業にふさわしい場所だ。

 

食堂内のロボットと中国象棋

 午後のセッションは事業所内見学の前に2つ。

 

4)AI Capability

 すでに200のプロジェクトでAIを使っていて、専門家150名をリーダーとして組織で合計1,000名が働いている。社外のAIコミュニティにも参加、人材育成のため6ヵ月のAIキャンプや、大学(*1)に専門学科を設けた。プロンプトエンジニアリングやバックグラウンド設定などのワークショップも随時行う。これからは、Ethics of AI や Responsible AIに取り組む。

 

5)Data Cloud

 データ活用の課題として、データのサイロ化がある。そうなると断片(不完全の意)AIになってしまう。方程式は、Cloudに集め⇒ Data Transformationし ⇒ AI Transuformationするというもの。ビジネス目標にマッチさせたデータ統合で、生のDataをInformationにし、KnowledgeからWisdomに進化させる。

 

食堂に直結した屋上テラスは涼しい

 データ活用やAIに関する認識は間違っていないが、そこまでは種々の教科書で学べる。次のステップとして彼らが目指すという「Ethics of AI や Responsible AI」について聞いてみた。

 

・これらは従来のブラックボックスAIやLLMモデルに比べて手間がかかる(*2)

・何倍のコストや時間がかかると考えているのか

・それでも取り組むのは何故か

 

 期待したのは、

 

・表面上同じ性能にするのに5倍(*3)くらいリソースが必要

・それでもAIが社会に受け入れられるには必要と思うから

 

 という答えだったが、残念ながら「欧州でAI-Actがあるなどが理由」で、何倍かという推定はしていないようだった。ちょっと意地悪な質問だったかもしれない。発展途上の企業であり、これからも注視していきたい。

 

*1:車で5分ほどのところに直営の大学がある

*2:息の合った「AI禅問答」(後編) - 梶浦敏範【公式】ブログ

*3:ケースバイケース、数倍と考えればいいと思う

ベトナムを代表するIT企業「FPT」(2)

 午前中説明を受けたのが3項目。

 

1)Managed Service

 アプリ・インフラ・セキュリティ・デバイス管理をサービスとして提供している。いずれも運用~保守~管理のすべてで顧客の要望に応えられる。特徴は以下の6点。

 

・サービスモデルが柔軟

・展開がグローバルに可能

・能力ある技術者が多数

・改善型の運用提案もできる

・優れたツール等を使う運用能力

・充実したノウハウ

 

2)Legacy Migration

  過去に構築し、現在も運用しなくてはいけないシステムがある。しかし技術の引退等で、システム維持に悩んでいる企業も多い。そこでFPTでは、

 

・メインフレーマーとのアライアンス

COBOL等の技術者育成

・AIも活用した自動化

 

 のソリューションを提供している。これまで200件の実績がある。

 

    

 

3)Enterprise Business Service

 多くの企業がERPを活用しているが、種類も多いし十分に生かされていないケースもある。FPTでは、顧客のニーズにあったERPサービスを各社(SAP・MicrosoftOracle等)とのアライアンスやデータ分析技術で選び、開発から導入まで包括的なサポートを行っている。豊富な業務経験とノウハウがあり、基幹システムとして、データ保護(例:欧州のGDPR)の規制などにも対応している。

 

 ここでランチタイムとなった。そこで同社幹部の隣席に座り、聞きたかったことを個別に話した。まず「データの置き場所が問題になっている。ITサービス企業がサーバを韓国に置いたり、開発を中国でしていることが発覚して総務省から厳重注意された。貴社ではどうしているか?」と質問すると、

 
「日本にもデータセンターがある。顧客の希望に沿っている」
 
 との答え。さらに「本来データのセキュリティが保たれるなら、日本に限定する必要はないのではないか?」「各国政府がデータ囲い込みをしようとするのに、異論を申し立てないのか?顧客のためにそういうロビーイングをする気はないのか?」と問うたが、回答がない。
 
 英語の問題かとも思い、ディナーの席で同じことを日本人のマネージャに聞いたが、やはり怪訝な顔をされた。
 
<続く>

 

ベトナムを代表するIT企業「FPT」(1)

 ベトナムで訪問するのは1社だけ。ホーチミン中心部から北西に(渋滞がなければ)30分ほど行ったところにあるITサービス企業「FPTソフトウェア*1」。ベトナム最大のテック企業(従業員48,000名)で、1億人の人口を持ち若いIT人材を輩出するベトナムを象徴する企業だ。

 

    

 

 単なるソフトハウスではなく総合ITサービス企業であって、マネージドサービス・レガシーマイグレーション・エンタプライズビジネスサービスなどを広範に手掛けている。事業の5本柱は、デジタルテクノロジーテレコミュニケーション・人材教育・(小売・流通などの)DX・スタートアップ支援である。日本企業から見るとオフショア企業だが、BtoBだけでなくBtoC事業も手掛けていて「FPT-ID」はすでに6,900万人が持っている。

 

 ビジネス展開は世界30カ国に広がっているが、最重視しているのが日本市場。2005年に日本法人を立ち上げ、コンサルからシステム・サービスの受託開発や運用、人材教育・提供、AIやクラウドを用いたDXまで業容を拡大している。AI拠点やデータセンターも日本に作ったし、中国でのジョイントベンチャーを引き揚げて日本に移す動きもある。今後も、日本重視の姿勢は揺らがないという。

 

    

 

 この拠点では、11,000名が働いていて、近くには直営する大学もある。毎年1万人の人材を輩出し、その多くは日本語教育を受けている。人材不足やレガシーのIT資産管理に悩む日本企業にとっては、非常に嬉しいサービス企業である。

 

 ただ私にとっては、委託先からの情報漏洩やサプライチェーン攻撃のリスクを考えて、どのようなスタンスでサービス提供しているのかが気になった。説明を受ける前に、自己紹介を兼ねて3点知りたいことを申し上げておいた。

 

1)デジタル化の課題として、サイバーセキュリティ強化がある。FPT自身をどう守るか、顧客をどう守るか?

2)AI時代に入っているので、プラス面だけでなくマイナス面(例えば育成したプログラマーデバッグ要員が削減される)をどう考えているか?

3)個人情報保護、データの囲い込み、AI規制など各国政府が異なった動きをしている。デジタル政策について各国政府への働きかけをしているか?

 

<続く>

 

*1:https://fpt.com/en https://fptsoftware.jp/about-us/fpt-japan

スマートモビリティ企業「SWAT」

 シンガポール最後の訪問先は、スマートモビリティ企業「SWAT*1」。2015年創業で日本市場にも2020年に進出した。スタートアップではすでになく、起業家が憧れる企業になっている。交通・物流分野のルート計算が得意で、乗り換え案内やオンデマンド交通を含め、各種アプリにルーティングのAPIを提供している。

 

 世界中に競合と思われる企業は5~7社あるが「世界一のルーティングアルゴリズム」を持っているので、優位にあると説明してくれた。ヒトの移動にしても、荷物の物流にしても、運転者・車のサイズや特徴・道路事情などを細かく勘案しないと、使えるルーティングにならない。

 

        

 

 9ヵ国の200以上のプロジェクトで、160万のルート計算を行った。その中には、日本の20箇所以上の地域でのプロジェクトが含まれていた。日本での地図はゼンリンのものを使うことが多い。

 

 企業理念としては「移動そのものは目的ではない。消費行動をどうサポートするか」だという。今は交通・物流の予測からルーティングだが、いずれは自動運転につなげていけると自信をのぞかせた。事業を支える技術は3つ。

 

1)特許で守られたルーティングアルゴリズム

2)200以上の変数(パラメータ)

3)複数のマッピングレイヤ

 

 最後のものは、地図にも何種類かあり道路の細かな仕様や目的地の属性なども勘案しているという意味だろう。キーになるのは2番目のパラメータで、この移動がどういう目的をもって行われるか、どういう手段が採り得るかなど、ユーザニーズによって変数をどう組み合わせてシミュレーションするかにノウハウがあると思われる。

 

 その範囲内では、間違いなく優れた技術である。ただ、もっと改善する余地はあると思った。変数に含まれるかもしれないのだが、付近の人流や他の車の情報なども利用できれば、予測精度は増していく。反面、個人情報保護などで批判されることもあり得る。面白いデータ活用型企業で、今後の発展に注目したい。

 

*1:SWAT Mobility | Vehicle Routing Technology Leader in Asia

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