2025-02-18

ベルトコンベアの詩

倉庫天井は低く、白いLEDが無機質な光を降り注ぐ。埃の匂いプラスチック匂いが混ざり合い、喉の奥に刺さる。私の右手にはハンディスキャナーが接着剤のようにくっついている。ピッ、ピッ、ピッ。バーコードを読む音が、時計の秒針のように正確に刻む。

増田ゾーンCの棚卸し遅れてるぞ」

壁に埋め込まれスピーカーからアレクサの声が冷たく響く。正確には人間の声ではない。抑揚のない日本語が、防音パネルに吸い込まれずに跳ね返ってくる。監視カメラの赤いランプが、瞬きのように点滅しているのを感じる。

足元のベルトコンベアが唸りを上げて動き出す。段ボールの波が押し寄せ、膝が震える。2023年導入の新型機械臂が、人間の3倍の速さで商品仕分けている。その金属の関節の動きを見ていると、ふと母の編み物を思い出す。あのリズミカルにかぎ針を動かす手首の曲線。今はもう廃れた繊維工場で、彼女も同じように機械と競っていたのだろうか。

休憩室の自動販売機缶コーヒーを買う。顔認証が0.3秒で完了する。温かい液体が胃に染み渡る瞬間、スマートウォッチ振動した。「労働生産性ランキング本日現在97位」。隣の席で黙々とサンドイッチを噛む女子学生の目が、瞬時に下を向く。彼女ネームタグには「実習生とある

夜勤明けの駐車場で空を見上げる。ドローンの編隊が星座のように点滅しながら配送ルートを飛行していく。携帯に通知が来た。次のシフト12時間後だと知る。エンジンをかけながら、ふと考える。この倉庫で生まれデータの一粒が、海を越えてどこかのクラウドで眠り、また別の誰かの生活を動かしているのだと。

ハンドルを握った掌に、ハンディスキャナーの形がくっきりと残っていた。

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