【小説】CMS導入奮闘記――吉祥寺和男の挑戦

神田と代々木の変化

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神田と代々木の変化

吉祥寺が会社に着いたのは、就業時間の9時より15分も前だったが、神田と代々木はすでに出社していた。吉祥寺が大きな声で挨拶をすると、2人も明るく「おはようございます」と返した。

今回のリニューアルの最大の成果の1つは、神田の変化であると吉祥寺は感じていた。すでに、リニューアル作業の過程で神田は変わり始めていたが、サイトがオープンしてからは、いよいよはつらつとして、日々の業務に朗らかに取り組むようになった。これまで神田が担っていたのは、いわば社内の下請け作業だったが、CMS導入によって単純な情報更新作業がなくなり、余裕が生じたことが大きかった。むろん、CMS運用に当たって新たにやらなければならないことも増えたが、その前向きな作業に取り組むことは、彼女にとってもはや苦ではなかった。

この日は、神田からの提案によって、ウェブマネ課内部の会議を開くことになっていた。神田によれば、新しいサイトにはまだまだ発展の余地や追加できるコンテンツがあるのではないかということだった。検索エンジン対策は未着手だし、ユーザーとのより深いコミュニケーションを図るための、たとえば、コミュニティやメールマガジンなども将来的には必要ではないか――。その積極的な提案を聞いた吉祥寺は、神田が実は優れたアイデアと創造力をもつ女性であることに今さらながら気づくとともに、彼女のビジョンが、期せずして東小金井の狙いとシンクロしていると感じた。「ウェブをいかに戦略的に活用し、いかにビジネスの成果に直結させるか」――。そんな東小金井の言葉が脳裏によみがえった。だから、今日の会議でどんな具体的な提案が神田から出るかを、吉祥寺はとても楽しみにしていたのである。

代々木が以前より格段に明るくなったのも、プロジェクトがもたらした大きな成果だった。これまで、ウェブサイト改善についてのプレッシャーを一身に受け、疲弊していた代々木は、リニューアルの成功によって、長年の宿病から解放されたような安堵を得るとともに、吉祥寺に対する信頼と感謝の念を強く心に刻んでいた。プロジェクトが終わってから、吉祥寺が最も厚い謝辞を受けたのは、この代々木からだった。

新たなウェブサイトの完成、そして――ウェブサイトのあるべき姿/CMS導入奮闘記#最終回

新しい課題、新しいチャレンジ

CMSの導入プロジェクトは、大成功のうちに終結したと言ってよかった。サイトのオープンからひと月が経って、ようやくユーザーのアクセス動向のデータがまとまってきたが、数値的に見ても、リニューアルの成果は明らかだった。サイトにアクセスしてきたユーザーの閲覧途中での離脱率が減る一方、ページの回遊率は目に見えて向上していた。ユーザーあたりのサイト滞在時間も大幅に長くなっていた。

しかし、問題点がないわけではなかった。商品ごとのページビューには大きな開きがあったし、導線がスムーズでない部分もいくつか明らかになった。今後、どのような情報をより充実させ、構成をどう改良し、どういったコンテンツを拡充していくべきか――。そういった方針を立てていくのが、これからの吉祥寺の役割だった。

3日後に行われる国分寺と四ツ谷とのミーティングから、その方針を具体化する作業が始まる予定になっていたが、吉祥寺にとってその作業は、決して気の重いものではなかった。コミュニケーションの成果を数値化し、それをもとにサイトに改良を加え、より大きな成果を生み出すメディアにしていくこと。東小金井が明確に企図し、神田が半ば無意識に取り組もうとしているように、ファミリー製薬のウェブサイトを強力なマーケティング戦略ツールに育てていくこと。それを実現する作業を中核で担うことができるのである。意気に燃えないはずはなかった。

吉祥寺はオフィスの窓から街を見下ろした。夏の太陽の光が、ビルやマンションに照りつけ、街を行き交う人々の濃い影を地面に焼きつけていた。ここから見えるあらゆるビルで働く人たち、あらゆるマンションで暮らす人たち、道を行き交う無数の人たち――。ファミリー製薬が扱っているのは、そのすべての人たちのための商品である。彼らやその家族が病気になった時や怪我をした時に、彼らはファミリー製薬のウェブサイトにやってくるかもしれない。サイトに来てくれた人たちのトラブルを解決し、彼らをより幸せにするためにこれから何ができるか。そんなことを考えると、吉祥寺は胸が高鳴るのを感じた。責任は重大かもしれない。しかし、これ以上にやりがいのある仕事があるとは、彼には思えなかった。

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