はてなキーワード: アノニマとは
国防相「本会議は来週の開戦…失敬、特別軍事行動の開始前に、改めて全員で作戦について再点検しようという主旨である。対外情報庁の方から新しい人間が来ているようだが『一人の知恵より二人の知恵』という格言の通り、実り多い物となることを期待している」
対外情報庁長官「ことわざで受けるならばわが国には『自分のものでないそりに乗るな』という言葉がある通り、軍にまかせておくべきなのでしょうけれども、フランスのクレマンソーも『特別軍事行動というものは、軍人たちに任せておくには重要すぎる』と言っています」
増田「申し遅れました。私はトール・アノニマヴィッチ・マスダスキーです。所属は…」
書記「組織図に載ってない部署の人間の所属を聞くとか時間の無駄だ。本題に入れ」
増田「失礼しました。今回は原則に立ち返って孫子に基づいて今回の作戦行動を見直そうと」
増田「孫子は2500年前に作られた古い書物ですが今でも通用する…」
国防相「そんなことは誰でも知ってる。すでに十分検討は行われている」
増田「えっ」
連邦保安局長官「まあいいじゃないか。『初めて焼いたブリンは塊になる』というだろう。それで君は何をするつもりだったんだい?」
増田「ええと、まず『計篇』に従って作戦の見込みを検討したかったのですが」
連邦保安局長官「ああ、あの『数が多い方が勝つ、少ない方が負ける』ってやつか」
参謀総長「そんなところだ。五事、つまり五つの原則があり、それを七計、つまり七つの基準を使って敵味方を比較して優劣を事前に把握しろと言っている。そうだな」
書記「道とは国民と指導部の一致、天とは時期、地とは地理的条件、将とはリーダーシップ、法とは組織と規律ということだ」
増田「…く、詳しいですね」
書記「今、Википедиюで読んだ。七つの基準というのは君主の支配力、司令官の能力、天と地の理解度、法令の公正な執行、軍の兵力、軍の練度、信賞必罰。そういうことだな」
増田「…それもВикипедиюに書いてあるんですか?」
書記「…(頷く)」
連邦保安局長官「最初は問題ないな。大混乱から国と軍を建て直し、選挙で常に圧勝、メディアも押さえ、経済界からも国民からも広く支持を集めている我が大統領と、コメディアンあがりで選挙でわずか3割(注・1回目投票)、支持率でも4割のあの大統領。どちらが優れているかは一目瞭然だよ」
大統領「世辞はいい。私だって国民すべてから敬愛されているわけではないことぐらいは承知している。が、あの男より国民から支持されていると認めるのは吝かではない」
参謀総長「我が軍の将軍達の能力については私が請け負おう。皆、『外国』や『外国でない場所』で戦ってきた、経験豊富で勇敢な祖国の誇りとすべき男たちだ。向こうの軍の能力はどうだ?」
対外情報庁長官「8年前と比べると改善されているのは既報通りです。ですが常に戦い続けていた我が軍と比較すれば経験豊富とは言えないでしょう」
国防相「今は冬季で作戦地域は障害地形も少なく、機動化された我が軍は全力を発揮できる。作戦目標はいずれも国境から100km程度で軍事的には至近距離と言ってよい。気象予測も安定しており、作戦行動に支障ないと出ている。開始時期はもう少し早くてもよかったが、これは政治の絡むことであり、軍としてはその判断に従う」
大統領「友好国の面子を潰しても何もいいことはない。その点で軍に負担を掛けているならそれは私の責任だ。問題あるかね」
対外情報庁長官「経済制裁の規模が予想できない以上、経済力のある友好国をつなぎ止める努力にはそれだけの価値はあると判断します」
国防相「軍規は…認めたくはないが、我が軍の伝統的な弱点ではある。それでも、今回は最善を尽くしている。少なくとも、現時点で統率の疑わしい『友好国』の兵隊を使うつもりはない。正規軍だけでやる短期決戦にそんなものは無用だ」
参謀総長「軍人にまともに給料が支払われなかった時代を覚えている将官連中はみな、大統領を支持しておる」
連邦保安局長官「ま、人手不足でネオナチ集団の私兵まで使ってる相手より軍紀が悪いってことは流石にないでしょうな」
書記「兵力…考えるまでもなく陸海空その他、すべて我が方が優勢だ。練度もそう考えていいな」
対外情報庁長官「一応、8年前よりは向こうの練度も上がっています。予備役兵のプールを積み増ししているので、長期戦になると兵力が増える可能性はありますが…」
国防相「うむ。ただ、そうなっても積み増しできる兵力はこちらの方が多い。あまり考えたくはないが、市街戦に慣れた友好国の兵隊を連れてくることもできる」
書記「いざという時に切れる札があるとないでは大違いだ。そうだな」
書記「それで、最後の信賞必罰ってのは法令の公正な執行ってのと同じだと思うんだがなぜ入ってる? Википедиюの編集者がボンクラなのか?」
次に俺は片方だけ足を上げ、クルリと回ってみせる。
「な、なんて機敏な!? まるで自分の足のように動いているぞ!」
『鍛錬は心を包み込む』
アノニマンの教訓その6の通りだった。
「弟くんに、あんな特技があっただなんて……」
「いや、練習したんだろうさ……俺たちの知らないところで」
そうして一通り動きを見せていく頃には、俺はすっかり調子を取り戻していた。
今なら大技もできるという確信を持てるほどに。
「よし、次だ!」
俺は目の前にある階段を勢いよく駆け上る。
その勢いを殺さず、次は駆け降りてみせる。
「マジかよ!? 技術だけじゃなくて、勇気がなきゃあんなの出来ないぞ」
「これで最後だ!」
最後の一段、俺は大きく跳んだ。
そしてバランスを崩さず、綺麗に着地する。
当然、ここまでの間、俺の足はカンポックリから一度も離れていない。
完全に一体化していた。
「うおおお!」
「すごいな! いつの間にあんなことが出来るようになったんだ」
みんなが俺のもとに駆け寄ってくる。
カンポックリで感心してくれるか不安だったけど、杞憂だったようだ。
アノニマンの教訓その10、『スゴイことに貴賎はない』ってことなんだろう。
間違いなく俺はここにいる。
「それが今のマスダを形作ったルーツってわけね」
「あれ? でも今はカンポックリやってなくない?」
「そりゃあ学童に行かなくなってからは、わざわざそれをやる理由がなくなったからな。でも、あの時の経験が無駄になったわけじゃない」
俺はそれからも、様々な場所で自分を表現することが自然に出来るようになった。
何かに熱中して、上達する喜びも知ったんだ。
「へえ~、イイ話だねえ」
「いや、それそんなにイイ話じゃねえって」
同じ部屋にいた兄貴が水指すことを言ってくる。
兄貴はこの話を何度も聞かされていたので、ウンザリしていたんだろう。
「野暮ったいこと言うなよ兄貴」
「え、どういうこと?」
兄貴の言うとおり、アノニマンというのは昔の特撮ヒーローが基となっている。
その映像を見たことがあるけど、見た目、言動といい、確かにそっくりだった。
彼はそれに強く影響されていたってことなんだろう。
それは、しばらく後になって分かったことだけど、別にショックじゃなかった。
「そいつはこのアノニマンを真似ていただけ。ただのゴッコ遊びだったんだよ」
「そんなの関係ないね。俺と手を握ったのは“あのアノニマン”なんだ」
アノニマンの教訓その11、『私が尊敬されるような人間かどうかは関係ない、キミが私を尊敬できるかどうかが大事』。
それへの答えは決して変わらない。
「だったら、せめてその話は周りにはするなよ。お前はともかく、そいつにとっては黒歴史っつう可能性もあるんだからな」
「それっぽい理由を盾にしてケチつけんなよ。俺とアノニマンのことについて何も知らなかったくせに」
「……まあ正体なんて誰にも分からないだろうし、大丈夫……か」
どこかで惨めに 泣く人あれば
横槍気味に やってきて
啓発じみた 教訓で
好き嫌いは 分かれるけれど
自愛の心は 本物だ
アノニマンは 誰でしょう
アノニマンは 誰でしょう
うろたえた俺は、あわてて彼を引き止めようとした。
「そ、そうだ、明日も見に来てよ。アノニマンがいないと不安で失敗しちゃうかも……」
「アノニマンの教訓その15! 『頼れるときは頼れ、ただし甘えるな』!」
いつも芝居がかっていた声の調子が崩れるほどに、アノニマンは俺を怒鳴りつけた。
「キミはいつまでも、そうやって誰かに甘えて生きるつもりか? 母親がいなければ父親、父親がいなければ兄か? 次は私か? そうしないと君は何もやらないのか? できないのか!?」
だけど、その声に怒りのような感情はない。
『私はキミの親ではない』と言いながら、まるで親が子供に言って聞かせるように俺を叱りつけたんだ。
「キミには自分で考える頭と、自分で動かせる身体がある。そうしてキミは“ソレ”を選んだ。ならば私がいようがいまいが、やるべきことは変わらないはずだ」
「……うん、今まで、ありがとう」
そう返すしかなかった。
なにより、そこまでして彼を困らせたくなかった。
「さらばだ、少年よ。他にも、どこかで泣いている子供がきっといる。助けを求めていなくても助けなければ!」
アノニマンは、いつものようにマントを翻しつつ俺の前から去っていった。
そう、アノニマンは助けを求めていなくても、助ける必要があると感じれば手を差し伸べる。
逆に言えば、助けを求めていても、その必要はないと思ったら助けないんだ。
アノニマンがそう判断したのなら、俺はそれに応えるないといけない。
そうして翌日。
俺がみんなの前で“成果”を見せる時だ。
「とりあえず広場に来いって言われたから来たけど、何が始まるんだ」
みんなが俺を見ていた。
今まで味わったことがないようなプレッシャーが押し寄せ、体が上手く動かない。
なにせ自分の意志で人を集め、改まってこんなことをするのは始めてだったからだ。
「おい、早くしろよ」
兄貴が急かしてくる。
みんなを呼んでくるよう頼んだから集めてくれたのに、俺は何もしないのだから当たり前だ。
何もしない人間を見ていられるほど、みんなは辛抱強くない。
別の日にしよう、という考えが何度もよぎった。
その度に俺はそれを振りほどく。
この日やらなかったら、一生できない気がしたからだ。
アノニマンの教訓その7、『やり続けた者の挫折こそ、挫折と呼べる』。
俺はまだ挫折の「ざ」の字すら見ていないし、やめる理由がない。
「あれは……カンポックリ!」
「なにそれ?」
「えーと、つまり缶に紐を通して作ったゲタみたいなモンだよ」
「ふーん、それで何をするつもりなんだ、あいつ……」
俺は缶に足を乗せると、手で紐を真上に思いっきり引っ張る。
「よし、いくぞ!」
俺はカンポックリで走り出した。
「うおっ、はやっ!?」
それはまさに“走っている”と表現していいほどの速さだった。
「すごいな、しかも桃缶とかじゃなく、小さい缶コーヒーであそこまで……」
「さて、次のステップはその“頑張れること”を何にするかだ。もちろん好きなものの方が良い。アノニマンの教訓ではないが、『好きこそ物の上手なれ』という名セリフがあるからな」
「それは施設内にないだろう。あそこにある中で、可能なものを選ぶがよい」
そうは言っても、今まで手をつけてこなかったものだ。
興味が湧かないし、やってどうこうできるイメージも湧かなかった。
そこでアノニマンはまたも道を示してくれた。
「ならば、まずは施設内にある遊具を一通り嗜むのだ。そして、その中から“得意なこと”を見つけだせ」
「“得意なこと”……?」
「アノニマンの教訓その4、『得意と努力は家族ではない。しかし隣人ではある』。得意なものほど熱中しやすく、頑張ることは苦になりにくいのだ」
こうして俺は無作為に、色んな遊びに手を出してみた。
最初は気乗りしなかったけど、どれも遊んでみると意外な魅力を感じるものが多い。
アノニマンがいないときも、いつも何かで遊ぶことが増えたんだ。
そんな俺の様子を見て、学童の皆もよく話しかけてくるようになった。
「うん……でも大皿にすら乗せられない」
「ああ、それは持ち方と構えが……」
徐々にだけど、俺も自分の意見を言えるようになり、マトモなコミュニケーションをとれるようになっていく。
その時は気づいてなかったけど、俺は既に自分なりの居場所を手に入れつつあった。
得意なことも頑張れることもまだ分からなかったけど、多分それも考えた上でアノニマンは俺に色々やらせたんだと思う。
そうして一週間後。
俺はその日もアノニマンに成果を報告していた。
「……というわけで、どれもそこそこ出来るようになったけど、やっぱり俺は“コレ”にしようと思う」
「なるほど。“ソレ”は学童内でちゃんとやっている子もいないからな。個性を見せるという点でも良いチョイスだ」
アノニマンも最初の頃のような説教じみたことを言うことが減って、その代わりに俺を褒めてくれることが増えた。
「それに“コレ”で遊んでいる姿は、皆にはまだ見せたことがないんだ。今日はしっかり仕上げて、明日ビックリさせてやる」
俺はその時、かなり充実感があった。
「ふむ……では、もう私の助けも必要なさそうだな」
いや、忘れているフリをして、考えないようにしていたのかも。
アノニマンが何のために道を示したのかを。
「そんな……」
「『道は示す』と言った。そして『通るかはキミ次第』とも言ったはずだ。通れる道が見えているのに、移動まで私にやらせるつもりか?」
分かってはいたんだ。
俺がその道を通れるようになった時点で、アノニマンの仕事は終わる。
それがこの時だった。
そして翌日。
まずアノニマンは、俺にその“道”がどういったものかを教えてくれた。
「アノニマンの教訓その1、“居場所とは社会の縮図”である! その中で自分の居場所を見つけるためには、とどのつまり社会の一員になること。仲間になればいい!」
「どうすれば仲間になれるの?」
「少しは自分で考えろ!……と言いたいところだが、この段階で勿体つけても時間の無駄なので答えてあげよう。せっかちな私に感謝したまえ」
「……ありがとう」
「いいぞ、その調子だ。アノニマンの教訓その2、“感謝とは言動で示したとき、初めて感謝となる”のだ」
「その教訓、いま考えてない?」
アノニマンは偉そうで、強引だった。
だけど、あの頃の俺にとってはそれ位が丁度良かったのかもしれない。
「何度も言おう、私はせっかちだ。だから理屈はクドくとも、答えはシンプルにいく。キミは“一目置かれる”存在になれ!」
「それって……どういうこと?」
「例えばキミと同じ学童のウサク。彼はある日、学校の朝礼にて校長のカツラを剥ぎ取った」
その場には俺もいたのでよく覚えている。
確かにあれは衝撃だった。
「ウサクは後にこう語った。『ありのままの姿を隠すことは、否定することに繋がる。学園の長がそんなことでは教育以上よくない』……と。この主張の是非はともかく、それで彼が一目置かれる存在になったことは間違いない」
「キミは応用力がなさすぎるな。今のはあくまで一例。他人のやり方を形だけ真似ても、ただ悪目立ちするだけだ」
「じゃあ、何のために今の例えを出したの?」
「ほんとキミは疑問系ばかりだな……あの話から学ぶべきこと、それは“個性を認めてもらう”ってことだ」
個性……。
アノニマンの言うことは理解できたけど、どうすればいいかはまだ分からない。
だって自分の個性なんて、ちゃんと考えたことがなかったからだ。
「俺の……」
「みなまで言うな。自分の個性が何なのか分からないのだろう。だが、それは大したことじゃない」
だけどアノニマンはそれを察した上で、その不安を一蹴してくれた。
「アノニマンの教訓その3、“個性とは自称するものではない”。『自分はこういう人間だから』と吹聴する人間はロクでもないからな」
アノニマンも似たようなことやってるような気がしたけど、そこはツッコまないようにした。
「だったら、どうするの? 自分の個性が分からないのに、認めてもらうことって出来るの?」
「先ほどしたウサクの話を思い出してみろ」
確かにそうだ。
「他の人のことも思い浮かべてみろ。そしたら自ずと見えてくるはず」
他の人……。
その時に俺が真っ先に思い出したのは、今日の兄貴のことだった。
「俺の兄貴なんだけど……コマ回しをやってた。難しそうな技が出来て、周りも驚いていた。本人も得意気で……」
「……そうか。どうやら“道”が見えてきたようだな」
「何か頑張れることを見つける……ってのはどう?」
「よかろう! では、次のステップだ!」
俺が自分で答えることができて、たぶん喜んでいたんだと思う。
話がそこまで進展したってわけでもないし、ましてや俺の問題なのに。
それでも自分のことのように喜んでいる様子を見て、俺はこの人に頼って良かったと思った。
「少年よ、なぜこんなところで一人、泣いているのだ。助けは必要か?」
「な、泣いてないよ」
「ふぅん、強がる程度の気概はあるか。結構、血行、雨天決行!」
大げさで意味不明な言い回しで、初対面の子供相手にズカズカと土足で入ってくるイラつく奴だ。
しかも見た目もカッコよくない。
顔に取り付けられた仮面は明らかに紙で出来ていて、声をくぐもらせている。
見た目は手作り感に溢れ安っぽく、飾ってはいるけど飾りきれていない感じ。
体格は俺より大きいけれど、一般的な大人ほどではなかったと思う。
ただ、そのゴッコ遊びの延長みたいな風貌が、俺の警戒心をゆるめたのかもしれない。
俺は人見知りのはずなのに、すぐさま彼と話すことができた。
「よくここが分かったね。今まで誰にも気づかれなかったのに」
「私の超能力が一つ、“アノニマ・センス”だ。キミのように孤独でみじめな人間が近くにいると血が騒ぐのだよ」
「言い方」
いま思えば、俺がああやって話すことができたのも、アノニマンの超能力の一つだったんだろう。
俺は少ないボキャブラリーで、アノニマンに精一杯の思いを吐き出した。
「ふぅむ、キミの悩みは一見すると複雑だ。しかし、その実、答えはシンプル」
アノニマンは最初から答えを用意していたかのように、俺に言い放った。
「キミはその場所を居心地が悪いと思っている。そこに自分の居場所がないのだから当然だが」
もちろん、俺の抱えている問題はそれだけじゃない。
だけど今の状況だけでいえば、解決すべきはそこだったのは確かだ。
「解決方法は主に二つ。一つ目は居場所を“自分で作る”こと。だが、これはキミにはオススメできない」
「なんで?」
「キミの場合、そうして作った居場所は“ココ”みたいになるだろう。一人で閉じこもるためだけの、孤独な避難場所だ。それは最後の砦としてとっておくべきものではあるが、勝つためには進軍しなければならない」
会って間もないのに、既に色々と見透かされているようだった。
「慣れるって……それは分かるけど、どうやればいいか分からないよ」
「なあに、そのために私がいるのだ」
「道は示そう、そこを通るためにどうするかはキミ次第だ」
俺はその手を恐る恐る、弱い力で握った。
「よろしい! 今、キミは自分の意志で、私の手を握ったのだ。その気持ちを忘れるなかれ!」
するとアノニマンは俺の手を強く握り返した。
そう言ってアノニマンはマントを翻し、声だけを置き去りにしてどこかへ消えてしまった。
「忘れるな、アノニマンはキミが必要としなくても駆けつける!」
家の中にある遊び道具も古臭くて、コマやケンダマとかがあった。
普段、俺が室内でやるゲームといえばコンピューターのやつだったけど、ここには旧世代のすらなかったんだ。
そのせいで、俺はいつも手持ち無沙汰だった。
「すごいなマスダ。もうコマを指のせできたのか」
「ああ、つなわたりも出来るぜ」
兄貴は最初の内は戸惑っていたけど、すぐにその環境に慣れたようだった。
俺はというと、一週間たってもまだ馴染めない。
「弟くんも、どう?」
先生が差し出したコマを俺は受け取ることも突き放すこともせず、ただ無言で見つめるだけ。
その頃は俺は人見知りが激しくて、どう反応すればいいか分からなかったんだ。
「弟のことはほっといてやってください。無理してやらせるもんじゃないでしょ」
俺は兄貴にいつも引っ付いてばかりだった。
まだ身内に甘えたい年頃だったけど、親と過ごせる時間はほとんどなかったから尚更だ。
「おい、もう少し離れてろ。俺はこれから新技を開発するんだから」
兄貴の方はというと、あまり積極的に構ってくれるわけじゃない。
長男の立場から気にかけてくれてはいたと思うけど、自分の時間を優先したいときは邪険に扱われることも多かった。
誰も俺に気づかない隠れ場所だ。
そこで一人でいると、大抵ネガティブな感情ばかりが湧き上がるからだ。
現在、未来、親のこと、あることないこと全てが悪いほうへと考えを傾ける。
俺はそうやって、いつも小一時間ほどグズるのが日課になりつつあった。
だけどある日、それは終わりを告げた。
「え……な、なに?」
まあ、おかげで涙も引いたけど。
どこにもいるが どこにもいない
それこそ 彼の個性
奴の目的? 知ったところでどうする
奴はスゴイ? どちらともいえなくない
ただ そこにいるだけ
朝 昼 晩 テキストの海
所詮ただの余興 暇なら君もなれるさ
その時、俺はどちらともとれる表現で返した。
本当にどちらともいえるし、どちらともいえないからだ。
実際はそれらが幅を利かせているせいで、警察に何もさせていないって方が正解だと思うけど。
だからなのか、俺たちの町ではシケイ行為ってのにとてもユルいんだ。
ちょっとした犯罪や揉め事くらいなら、住人たちで勝手に解決しようとする。
自治体や自警団だけじゃなくて、一人で取り締まっている奴までいるんだ。
かくいう俺もこの町で生まれ育ったわけだから、そんな風景を当たり前だと思ってる。
むしろ、そういう状況を楽しむ余裕すらあるくらい。
今日も俺の家で、ミミセンやタオナケ、シロクロ、ドッペルというメンバーたちとシケイキャラ談義に花を咲かせていた。
「私、女だけど『魔法少女』より『サイボーグ少女』とかのほうがカッコよくて好きだわ」
「タオナケ、それはちょっと古くないかなあ? 『サイボーグ少女』が活躍していた頃、僕たちはまだ生まれてないだろ。なあ、マスダ?」
「昔のなんて知らねえよ」
俺はぶっきらぼうに答える。
タオナケの言っていた『サイボーグ少女』ってのは、たぶん母さんの若い頃の呼び名だ。
俺は思春期真っ盛り。
シケイキャラの話で盛り上がりたいのに、身内の話なんて広げられたらたまったもんじゃない。
「確かに昔だけど、最近のなんて語り尽くしているんだもの。今回は趣向を変えてみてもいいんじゃない?」
「ノスタルジー!」
シロクロはそう言って、手を大きく振り上げた。
「んー、それもいいか」
ミミセンもそれに乗った。
ドッペルは何も言わないが、聞き専なのでどっちにしろ関係ない。
まずいな。
俺はそうさせないよう、真っ先に話を切り出した。
「じゃあ、俺から話す……みんな『アノニマン』って知ってる?」
みんな首を傾げる。
「やっぱり知らないか……」
色んな人に『アノニマン』について話したことがあるけど、大体みんな同じ反応だった。
そこまで有名じゃなかったんだろう。
でも俺にとっては、間違いなく最高のヒーローだ。