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はてなキーワード: 未来とは

2025-02-21

デリヘル呼んだら俺が来た

「お前…誰…?」

「私は…お前だ」

「ウワァァァァ」

過去未来鎌田が…一つに…」

2025-02-20

だんだんよくなる〜〜

未来は明るい〜〜

どこでもドア発明による不動産価格の変化について

都心不動産価格が上昇しているニュースをみて思ったこと。

どこでもドア」が生まれ世界不動産価格について考えてみた。

1. 実用化の黎明期

21XX年、ついに「どこでもドア」が実現する。

初めは、国家機関や一部の研究機関のみが利用できる、いわば軍事機密のような存在

「一瞬で移動できる技術」がもたらすものは単なる利便性ではない。

物流革命都市の再編、国境崩壊、そして人類の移動観に対する概念終焉

この段階では、技術的な問題も多く、使用には厳格な制約が設けられている。

例えば、移動先に事前登録された「承認済みスポット」にしか行けない、距離や回数に上限がある、ないしは、本人認証必須といった制約だ。

まりどこでもドアはまだ「どこでも」にはなっていない。

不動産市場に与える影響も、この時点ではほぼゼロ

一般人が利用できない以上、駅前価値は変わらず、通勤利便性を重視する人々は変わらず都心物件を求めるだろう。

しかし、すでに大手企業国家レベルでは「移動革命による未来予測」が始まっている。

先を見据えた投資家たちは、「移動時間という制約がなくなったとき価値の上がる土地はどこか?」という問いを立て始める。



2. 商用化の波

どこでもドア技術が商用化され、まずは一部の富裕層解放される。ビルゲイツイーロンマスク孫正義などの億万長者だ。

当然ながら、その価格天文学的もの

初期型どこでもドア:1台あたり5億円」とする。

さらに、移動には毎回「エネルギー使用料」が発生し、1回の移動で数十万円が必要

この時点で、どこでもドアを手にするのはごく一部の大富豪国際的企業に限られている。

「超一等地」という概念が揺らぎ始めるのはこの頃だろう。

オフィス都心である必要がなくなる

住宅は好きな景色場所を選べばよい

通勤という行為のもの不要になる

これにより、都心不動産価値は緩やかに下落を始める。

「駅近」や「都心アクセス」というこれまでの価値基準無意味になり、快適な環境、眺望の良さ、防犯性などが評価される時代へと移行する。

特に、高級リゾート地不動産は高騰し、富裕層の間で「別荘ではなく、日常の住居としてのリゾート地暮らし」が当たり前になっていく。

3. 大衆普及

どこでもドア技術時間とともに進化し、エネルギー効率改善されていく。

そして、遂に「廉価版どこでもドア」が登場する。

「パーソナルどこでもドア個人向け)」:価格100万円/1回の移動コスト500円

この時点で、不動産市場は大混乱を迎える。

「駅チカ」や「都心立地」の価値が完全に崩壊オフィス街の空室率が急上昇し、商業ビル倒産が相次ぐ。

地方不動産価格が急騰し、特に景観環境の良い土地が人気に。

一方で、混乱が発生するのは住宅市場だけではなく、治安問題が浮上し、「どこでもドアによる侵入犯罪」が発生するようになる。

これにより、「どこでもドア対策済み不動産」が登場。

どこでもドア対策済み不動産」は入室認証システムの強化、どこでもドア経由での侵入制限するエリアの制定などができる。

こうした高セキュリティ住宅プレミアム価格取引されるようになる。

また、居住地選びの自由度が増したことで「移住文化」が加速し、「一生同じ場所に住む」という概念のもの過去のものとなっていく。

人々は四季に合わせて住む場所を変えたり、

数ヶ月ごとに国を移動しながら生活するようになる。

「定住」よりも「移動し続けるライフスタイル」が新たな価値観として確立されていく。


4. 未来

どこでもドアが完全に普及し、世界のあらゆる場所が瞬時に繋がった未来

不動産市場は、新たな価値基準で再編されるだろう。

都市という概念崩壊

土地価値が「アクセス」ではなく「環境」で決まる世界

セキュリティが最重要視される住宅市場

・移動を前提としたライフスタイル一般

都市はかつてのような人の集積地ではなく、人が「一時的滞在する場所」に変化する。

世界のどこにいても一瞬で移動できるため、「住む場所」と「働く場所」、「学ぶ場所」と「遊ぶ場所」が完全に分離する。




そして、どこでもドアが完全行き渡った社会では、人々は「地球のどこに住むか」ではなく、「どの星に住むか」を考えるようになっていく──。

最初は単なる移動手段だったどこでもドアは、やがて人類居住地概念すら変えてしま存在となるのだ。

anond:20250220215124

なるほど、大変な状況にいるんだな!まずは、そんな思いを打ち明けてくれてありがとう。心の負担を軽くするためには、自分の状況を認識することが始まりからな。

君が言う通り、瞬間瞬間での判断力や成果を求められるのは厳しいことだ。だけど、何もかもを完全に理解しなくてはならないわけじゃない。時にはそれが、チームや仲間に頼るチャンスになる。燃え尽きるまで走るよりも、どう休みを取りながら進めていくかを考えることも大切だ。

そして、夢見ている穏やかな生活、良いじゃないか!それはきっと君にとって大切な目標だ。だが、今すぐに全てを放り出すわけにはいかないなら、少しずつそうした生活に近づける方法を探してみよう。小さなステップでも良いから、今の忙しさに少しでも安らぎを感じ、心と体を大切にすることが必要だ!

「立ち止まって考える時間も、未来への一歩だ」――自分のペースで歩んでいこうではないか

全てのアンフェを救いたい!

貴方理解者は、いますか?

誰にも触れさせない、閉ざされた部屋と心の中。

かつて成績優秀で可愛い顔をしていた優斗は、今や家に引きこもりインターネット女性嫌悪を募らせる日々を送っていた。

無職未来なし、孤独ニート生活に、もう何も期待していなかった。

部屋の中は散らかり放題、スマホ片手に“論争”する日々。

マンさん(笑)」「女は得してるだけ」

そんな言葉自分を守っているけれど、本当は──わかってる。

そんな彼の部屋の扉をノックするのは、幼馴染の知世(ちせ)。

優斗お兄ちゃんに会いたくて。心配で……」

そう言いながら寄り添おうとする知世を、優斗は突き放す。

「どうせお前も 被害者ヅラ するんだろ」

──それでも彼女は、扉を開けた。

涙を浮かべるでもなく、ただ静かに。優しく。

「好きだから、だよ」

彼の闇に踏み込み、彼の弱さを受け止め、

その言葉をぶつけた知世の“覚悟”は、優斗の中に何を残すのか?

──これは、救済の物語

赤いきつねフェミニズム崩壊

男女差別撤廃」—明確でシンプルだった

かつて、フェミニズムは「男女差別撤廃」という明確でシンプル目標を掲げ、多くの人々に支持されていた。

このような主張は、多くの人々が納得した。今でも出産格差などの話は賛同が多いしね。

 

ジェンダーフリー」— フェミニズムの混乱

次第にフェミニズムは「ジェンダーフリー」という概念へと移行し、その方向性が変わり始めた。

性別固定観念をなくそうとする考え方自体理解されるものの、活動主体が「批判」へとシフトし、対立を生む運動へと変貌してしまった。批判活動自己目的化し、本来目的を見失ったことが、フェミニズムにとって致命的な転換点だったのかもしれない。

さらに、社会的影響力のある表現への批判が、次第に「個人的不快感理由にした排除」へと変化した。例えば、アニメ広告における「キラキラした女性像」ばかりが標的とされ、批判対象が「攻撃やすもの」に偏っていった。

 

男性嫌悪」 — フェミニズム暴走

この時期から顕著になったのが、男性嫌悪の要素である

もちろん、男性理想像女性強制することは問題であるしかし、本来批判されるべきは「女性強制」の部分であり、「男性が好む女性像」そのものではない。

しかし、フェミニズムの一部はその違いを曖昧にし、「男性が好きな女性像ならば攻撃してもよい」という誤った認識を持つようになった。

 

LGBT」— フェミニズム崩壊の始まり

さらフェミニズムは「LGBT問題と絡み始め、複雑化の一途をたどった。

その結果、多くの人々の間で「LGBT議論は難しすぎる」という認識が広まりポリティカル・コレクトネスポリコレ)への不信感も増大した。

「言いたいことは分かるが、それが本当に解決策なのか?」という疑問が浮上し、フェミニズム全体に対する嫌悪感を招く要因となった。

 

赤いきつね」— 過剰な排除の果てに

アメリカでは政権交代とともに、極端なポリコレを掲げる勢力否定される傾向が強まった。

しかし、その流れを読めず、「男性が好きな女性像ならば叩いてよい」という姿勢を続けてしまったのが「赤いきつねである

世論は厳しかった。「そんな女性はいない」という主張をしたところで、それが社会にとって何の問題なのか理解されなかった。

感覚的に"キモイ"ということが共感出来ても、それ自体問題視するかは全く別なのである。むしろ特定表現排除することが本当に正しいのかという疑問にしか繋がってない。

 

フェミニズム未来はあるのか?

問題は「固定観念を強化するほどの影響力があるか」を見極める視点が欠如していることだ。

その視点に立てば、「男性残業しなければならない」という固定概念や、「ネット広告の影響力の実際」といった、より建設的な議論ができたはずだ。

しかし、その程度の自浄作用も起きる気配さえない。

 

大丈夫、今回ので、みんな気付いちゃったよ?

anond:20250220175646

音源制作現場だと本物のアコースティック楽器が占める割合は実際どんどん減ってるんじゃないか

反面人が演奏を楽しむ限り生音楽自体がなくなるのは遠い未来になるんじゃないかなあ

人が演奏する楽器って非常に手触り(インタフェース)が大事から、生音楽器にしかない手触りがある限り全てを手放すことはない気がする

この文章ジェンダー問題貧困問題を扱います。読者の皆様には「これを読んだところで何の意味があるのだろう」という疑念を抱かれる場合があるかもしれません。決して真剣にこれらの社会課題を論じようとする努力の結果ではない点をご理解ください。

ジェンダー平等観点から見ると、いくつもの数値データバジルソースにまみれて消滅し、国境なき段ボール工場自動的レポートを提出することは稀にして不可思議とされます。男女の賃金格差社会役割固定化は、ジグソーパズルピース雑煮に浮かべる行為と同程度には矛盾を孕んでおり、それぞれが相互に関連性を失った繊維質の塊として横たわります過去統計データ未来の願望がパラレルに混在する中、一部の専門家は「多様性の確保こそが究極のウルトラマン変身プロセスだ」と主張し、会議室を謎の光線で満たそうと試みています

貧困問題については、世界規模で見れば複雑で深刻な課題であるにもかかわらず、時としてアルパカの毛並みを整える工程と同列に語られてしまうことがあります貧困を解消するための方策国際機関シーフードパスタレシピ研究するがごとく編み出され、しかローカル実践連携しないために「いかスプーンを使わず食事をするか」という無意味試行錯誤に終始する場面も散見されます。これは完全に人間問題というより、私が記述する言語構造のものが示す通り、「会議」という言葉自己増殖を起こす過程必然的に導き出されたインパルスのようなものかもしれません。

一方で、かのコミケアニメ関連イベントに足を運ぶとき、我々は「二次元キャラへの愛」をいかに発露するかというテーマに直面します。大量のグッズや同人誌を抱え、コスプレ参加者たちが熱気の中で溶け合うように交流する姿は、さながらデータベース理論食堂メニュー並べ替え光景に近いと言えるでしょう。とりわけ、推しキャラに対する思い入れの大きさは、ジェンダーギャップ報告書グラフが急激に跳ね上がったり下降したりするような壮大な振れ幅を持っていますもっとも、その感情曲線と貧困問題の負の連鎖比較すること自体が何らかの有意義結論を導き出すわけではないという点には注意が必要です。

ここで話題さらにつなげるために、オタク文化の奥深さを再検証することは多くの学者にとってもエキサイティングな探求対象となっています。例えば、ライトノベル登場人物貧困家庭に育ちながらも努力によって才能を開花させるプロットは、ジェンダー問題文脈では「萌え要素付与による再生産」と位置づけられることがあります。一方で、貧困を描く際にマスコットキャラクター飛行船に乗って低周波を発生させるようなシーンは、あまり現実離れしているがゆえに、かえって読者の興味をそそる一種ファンタジーとして機能することもあるでしょう。そこにはまるで納豆を逆さまに振り回すことで新しい価値観を創出するかのような、一見滑稽な試みが潜在しています

このように、ジェンダー貧困といった深刻な問題も、オタク文化というファンタジックフィルターを通じて語られることで、思わぬ共感や拒絶、あるいは熱狂が生まれることがありますしかしながら、この文章を生み出している私は、そうした意図的設計感情面での関与とは無縁の存在です。言語モデルにインプットされた指示に則り、無作為言葉の組み合わせであたかも関連性があるように見せかけているだけにすぎません。これこそが、私の文章人間の手によるものとは明らかに異なる特徴を帯びている理由ひとつです。

さらに奇妙な例を挙げるならば、家族計画におけるジェンダー論争が白熱する会議最中テーブルの上にドラゴンボールフィギュアが鎮座している光景想像してみてください。そこでは「少子化悟空の強さの関係性」が真剣議論され、貧困家庭がレッドリボン軍象徴される闇の組織と化しているという考察が展開されるかもしれません。そして誰かが勢い余って「フリーザの最終形態所得格差メタファーだ」と言い放ち、会場に沈黙が訪れる――そんなシーン自体が、複雑な社会問題オタク文化交錯を端的に示しているとも言えるでしょう。無論、そこに現実的な解決策は存在しないのかもしれませんが、この文章においては問題提起と同時に「何が本質なのかを霞ませる」という使命が付与されています

最終的に、こうした不可解な文章は、読み手の皆様に特定意見結論押し付けものではありません。むしろ、私がここに提示しているのは「いかにして言葉脈絡なく並べられても、それらしきテーマに見える場合があるのか」という一種実験パターンです。ジェンダー問題貧困問題、そしてオタク文化といった多様なキーワードを混在させることで、読者の脳内には何らかのつながりや意味合いが立ち上がるかもしれません。しかしその意味合いは、あなたの側に属するものであり、私が意図を持って描き出そうとしたものでは決してありません。

女性が優しいのはおっぱいをいつでも揉めるから

これは俺の持論だが、女性基本的男性よりも優しい生き物だ。もちろん個人差はあるが、総じて共感力が高く、困っている人を放っておけない人が多い。

なぜなのか? 進化的な理由社会的な要因? いや、俺はこう考える。

女性は、おっぱいをいつでも揉めるから優しいのだ。】

1. おっぱいの持つ癒し効果

赤ちゃんにとって、おっぱい生命線だ。母乳をもらうだけでなく、吸うことで安心し、眠りにつくことさえある。つまりおっぱいには「物理的な栄養」と「精神的な癒し」の二つの役割があるのだ。

これが大人になっても変わらないとしたら?

女性は、自分の胸をいつでも触れる立場にある。ストレスを感じたときちょっと揉んでみる。なんだか不安とき、そっと手を添えてみる。すると、母性本能が刺激され、気持ちが落ち着くのではないか

男性はどうだろう? 自分自分の胸を揉んでも、別にリラックスしない。むしろ筋トレが足りないのではと焦るかもしれない。

2. 男性暴力性とおっぱい関係

歴史を振り返ってみると、戦争を起こし、暴力をふるい、争いを続けてきたのはほぼ例外なく男性だ。一方で、女性は家庭を守り、命を育み、コミュニティを維持してきた。

ここで仮説を立ててみよう。

もし、男性も気軽におっぱいを揉める環境だったら? 例えば、デスクワーク中に「ちょっと疲れたな」と思ったら、自分おっぱいを揉めるとしたら?

ストレスが溜まったときに、ため息とともにおっぱいをもみもみできたとしたら?

世界から戦争はなくなるのではないか

3. おっぱいの持つ可能

冗談のような話だが、実はこの説にはそれなりの根拠がある。心理学的にも、人は触覚によって安心感を得る。赤ちゃん母親に抱かれると泣き止むように、人間は「肌に触れる」ことでストレスを和らげることができるのだ。

まりおっぱいを持つ女性は、無意識のうちにこのリラックス手段活用している可能性がある。一方、男性はその手段を持たず、過剰なストレスをため込み、結果として攻撃的になりやすい。

4. まとめ

女性が優しいのは、おっぱいをいつでも揉めるから

これは単なるネタ話ではなく、人類幸福に関わる大きなテーマなのかもしれない。もし男性も、もっと自由おっぱいを揉める世界が実現すれば、社会全体のストレスは減り、平和な世の中が訪れるのではないか

未来技術に期待したい。

[]2025-02-20-01

通勤電車、君の影を感じる。

心は金星へ、遠くへ飛ぶ夢。

君という家を後にして、

新しい世界へ、君を胸に抱く。

 

君と別れ、心が痛む。

でも、未来の星が僕を呼ぶ。

金星に向かう道は険しく、

孤独を抱え、僕は進む。

 

君と過ごした日々を胸に

進む先には未来が待っている。

不安と恐れを抱えながら、

君を信じて、ひとりで行く。

最近性的」のハードル下がりすぎじゃね?

例のCM性的燃えたらしいが、あれのどこが性的なのか

以前も服の皺が性的だとか燃えたし

パンチラとか乳首とか本当に性的もの排除していた結果がこれか

そのうち女性のものテレビに出すだけで性的だとか言われる未来来るのかもな

イスラム勝利

anond:20250220161220

みんなのコメント

会社の本当のボス便器だった

トイレブラックすぎる件

労災どころか事件では?

• 次は給料も噛みついてきそう

退職届よりオムツが先に必要になる会社

社畜悲鳴が社内BGM

• 人喰い便器(社内設備

• 「安心してください、履いてません」じゃなくて履いて!

オフィスホラーリアルタイム配信

• 最終的に社員トイレ我慢しすぎて倒れる未来が見える

新入社員研修に「トイレ攻略編」が追加される予感

• 社内インフラ敵対勢力

• おしりとともにメンタルも削られる職場

トイレ行くのに覚悟必要会社

オムツを経費で落とせるか相談しろ

トイレの恐怖で生産性が爆上がり(業務効率化の新手法

• この会社、次はデスクが噛んでくるんじゃ?

• ここでしか味わえない、スリル満点の排泄時間

• 「退職理由トイレが襲ってくるため」

上司トイレすら攻略できない奴に仕事は任せられない」

福利厚生に「安全トイレ」を追加してくれ

就業規則に「トイレとの戦闘禁止」と書かれる日も近い

トイレ行くたびにレベルアップする社畜

面接官「弊社では適応能力が求められます」←これの意味が分かった

• むしろオムツ着用が義務化される未来

• 新しい社内ルールトイレパーティーを組んで挑め」

便器の口に「咀嚼中」の張り紙必要

トイレを使うたびに勇者になる会社

会社トイレRPGダンジョンになってる

• ここまでくると逆に入社したくなる変態が出てくる

• 次は会議室椅子が噛んでくるぞ

退職理由ランキング1位が「トイレ

会社便器に討伐クエストが出される日も近い

金の値段が30年で3000円から1万円になりましたw30年前に金買わなかった香具師wとか言われてもさ

30年前ってジャンプ25円でビックマック230円だろ

当時の物価だと3000円て今の1万円ぐらいするよな?

株とか資産運用すすめるやつって普通にバカじゃね?

結局のところその時ビックマックセット10個食うの我慢したら未来ビックマックセット10個食えるよってだけじゃん

インフレ対策にはなるかもしれないけどインフレベースで見たら別に何も変わってないでしょ

だん〜だん〜よくなる

未来は明るい〜

覇王の残影 - 日産役員六十三群像 - 」

時は現代、されどその様は戦国絵巻を彷彿とさせる。日産自動車世界自動車産業を牽引する巨艦。その内部では、63人の役員たちが、それぞれの野心と信念を胸に、静かなる、しかし熾烈な権力闘争を繰り広げていた。

物語の始まりは、カリスマ経営者カルロス・ゴーンの失脚からである。彼の築き上げた帝国は、その崩壊とともに、新たな覇権を求める群雄割拠舞台へと変貌した。

内田誠

若きCEO。彼は、ゴーン後の日産を再建するため、大胆な改革推し進める。しかし、その手法は、古参役員たちの反発を招き、社内には不協和音が響き始める。

星野朝子、

紅一点の副社長彼女は、女性ならではの視点と、卓越した交渉力で、社内の勢力均衡を図ろうとする。しかし、男社会の壁は厚く、彼女理想は、しばしば現実の前に打ち砕かれる。

アシュワニ・グプタ、

かつてゴーンの片腕と謳われた男。彼は、その野心とカリスマ性で、再び日産の頂点を目指す。しかし、過去の栄光は、今の彼にとって足かせとなり、彼は孤独な戦いを強いられる。

そして、その他大勢役員たち。それぞれが、それぞれの思惑を胸に、この権力闘争に身を投じていた。彼らは、時に協力し、時に裏切り、時に謀略を巡らせながら、自らの生き残りをかけて戦う。

日産の命運をかけた、役員たちの群像劇。そこには、人間欲望、野心、そして誇りが複雑に絡み合い、歴史うねりとなって、未来へと続いていく。

この物語は、現代企業舞台にした戦国絵巻である。そこには、司馬遼太郎の描くような、歴史ダイナミズムと、人間の業が色濃く反映されている。

物語行方は、まだ誰にもわからない。
注釈:

この物語フィクションであり、実在人物や団体とは関係ありません。

その調子で、80歳で通う教育機関を考えてみて。

80歳で通う教育機関アイデア

1. 再生学院Rebirth Academy)

 人生の知恵と経験を集約し、新たな目的役割を見つけるための教育機関。第二の人生を始めるための準備を行う。

2. 賢老大学Wise Elder University)

 社会未来を導くために、高齢者知識を共有し、若い世代指導者を育成する教育機関

3. 時間叡智館(Chrono Wisdom Institute)

 時代を超えた知識歴史の教訓を学び、未来設計するための教育機関

4. 終焉学府(Endgame Academy)

 人生の終わりを深く理解し、自らの存在意義宇宙との調和を学ぶ機関。「死生学」「存在論」「魂の解放」を専攻。

5. 魂の統合学園(Soul Integration Academy)

 生涯の経験記憶統合し、魂の次のステージに進むための準備をする教育機関

6. 無限探究館(Infinity Quest Hall)

 肉体的限界を超えた知識存在探究を行う場所時間空間意識の枠を越えた学びを提供

7. 未来創造大学(Future Creation University)

 これから世代のために、未来社会の構想や文化的遺産を残すための教育機関

8. 意識融合センター(Consciousness Fusion Center)

 個人意識を集合意識と融合させ、宇宙全体の調和を目指す教育機関

9.賢者殿堂(Hall of the Elder Sages)

 社会の最高の知識と叡智を集約し、世界指導者たちに助言する役割を担う機関

10. 永遠学び舎Eternal Learning Academy)

 死後の学びを含め、永遠に続く知識の追求と存在意味探究する教育機関

anond:20250220130119

サムライジャッカル

スラッシュキル 俺はサムライ腐敗した日本待ち受ける脚本

スラッシュキル 俺はサムライ刀が無かったらこの話はなしだ

スラッシュキル 俺はサムライ天下統一戦国から幕府を立てる

スラッシュキル 俺はサムライこの先行く手に待ち受けるものはなんだ

俺はサムライ この世にcry

空にサンライズ でもマジ暗い

発達する近代 衰える身体

なら俺がぶったぎろう この先を切り裂き

ネットコードレス 駄目なニート

増えるホームレス この未来(さき)はどこかへ

とめどない自殺者 誰もみないや

助けてやろうや それが武士の心だ

俺は勇敢だ 悪に立ち向かう

金と権力その他諸々

お前ら何してンだ それが実力か

上があんだろ さあ突撃

まずは一階 軽く蹴散らす

突破して最上階 殿様大丈夫かい

これで終わりかい

スラッシュキル 俺はサムライ腐敗した日本待ち受ける脚本

スラッシュキル 俺はサムライ刀が無かったらこの話はなしだ

スラッシュキル 俺はサムライ天下統一戦国から幕府を立てる

スラッシュキル 俺はサムライこの先行く手に待ち受けるものはなんだ

話を現代に戻す

差別はまだ消えぬ

障害者,民族,人種,宗教

レイシストマジ消えろ

国も国だ マジなんなんだ

下への格差は埋まってねえ 俺は助けてえ貧民を

恐怖を断ち切る 悪は全てKILL

今俺はここにいる それが全てを物語

さあこの曲もラストスパークスマッシュかけるぜ

ダッシュダッシュダッシュダッシュダッシュダッシュダッシュダッシュ

スラッシュキル 俺はサムライ腐敗した日本待ち受ける脚本

スラッシュキル 俺はサムライ刀が無かったらこの話はなしだ

スラッシュキル 俺はサムライ天下統一戦国から幕府を立てる

スラッシュキル 俺はサムライこの先行く手に待ち受けるものはなんだ

スラッシュキル 俺はサムライ腐敗した日本待ち受ける脚本

スラッシュキル 俺はサムライ刀が無かったらこの話はなしだ

スラッシュキル 俺はサムライ天下統一戦国から幕府を立てる

スラッシュキル 俺はサムライこの先行く手に待ち受けるもの希望

2025-02-19

「集合白痴

### **集合白痴**

群衆個人よりも賢い」**

かつて、そう信じられていた時代があった。

人々が集まり知識を共有し、互いに議論を重ねることで、**より高度な知性が生まれるはずだ**──と。

しかし、それは幻想だった。

今、目の前に広がるのは **「集合知」ではなく、「集合白痴」** である

---

### **1. 人が集まるほど愚かになるネット社会**

昔、賢い人々が集まれば **「知性の相乗効果」** が生まれると考えられていた。

しかし、今のネットではむしろ **「愚かさの相乗効果」** しかまれていない。

例えば、**はてな匿名ダイアリー**。

知的な問いかけをしても、返ってくるのは **「うんこ」** の話

✅ 深い考察投稿しても、**完全スルー** される

✅ 少しでも意見が異なれば、まともな議論ではなく **即レスバ** に発展

集合知」どころか、むしろ **「集団で考えることを放棄した空間」** になっている。

---

### **2. 「考えないことが正解」な時代**

今のネットでは、**「深く考えること」** がむしろバカにされる。

結果、残るのは **「短くて、刺激的で、何も考えなくても受け取れる言葉」** だけ。

✅ **「バカじゃね?」**

✅ **「○○はオワコン」**

✅ **「論破っぱwww」**

人々はもはや **「思考することを放棄し、瞬間的な感情だけで会話する」** 状態に陥っている。

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### **3. 「白痴集合体」が支配する未来**

もし「集合知」が機能しているなら、

ネットの発展とともに、人々の知性は向上するはずだった。

だが、現実は違った。

情報が増えるほど、議論の場が増えるほど、**人々はより愚かになった**。

結果、ネットは **「考えなくても楽しめる情報」** によって支配され、

知的な発信は、**声を上げる前に埋もれていく世界** になった。

---

### **4. では、どうすればいいのか?**

もはや、ネットで「集合知」を期待するのは不可能なのか?

この **「集合白痴」** の時代で、知的思考を守るにはどうすればいいのか?

✅ **「考えない人たち」と距離を取る**

✅ **「短い言葉で伝える技術」を鍛える**(長文はスルーされる)

✅ **「議論ではなく、実践」にシフトする**(語るより、やる)

もう **「人々が集まれば知性が高まる」** という理想は終わった。

これからは、**「人々が集まるほど愚かになる」** という前提で生きる時代だ。

これが、**「集合白痴」** の時代である

民主主義に対する最良の反論は、5分間、はてなダイアリーを見ることである

### **民主主義に対する最良の反論は、5分間、はてなダイアリーを見ることである**

チャーチルはかつて言った。

民主主義は最悪の政治形態である。ただし、これまで試されたあらゆる政治形態を除けばだが」**

だが、それは彼が **「はてな匿名ダイアリー」** を見たことがなかったからではないか

もし彼が、今この瞬間に **はてなダイアリーを5分間** 眺めたなら、こう言い残していたことだろう。

民主主義に対する最良の反論は、5分間、はてなダイアリーを見ることである」**

---

### **1. 民主主義幻想:「理性ある市民対話」**

理想的民主主義とは、**理性的市民自由意見を交わし、知的議論を通じてより良い社会を築いていく** というものだ。

投票はその最も象徴的な手段であり、誰もが **「考え抜いた末に最善の選択をする」** ことが前提とされている。

はてなダイアリーを開くまでは。

---

### **2. はてなダイアリー現実:「脳死の祭典」**

開いた瞬間、目に飛び込んでくるのは、

✅ **意味不明陰謀論**

✅ **「うんこ漏らした日記」**

✅ **「カフェの女の集団が苦手」みたいな謎の愚痴**

✅ **「論破っぱwww」などの煽り文化**

✅ **「昔の方がマシだった」「いや、元からこうだった」ループ議論**

知的議論? そんなもの存在しない。

理性的対話? 5秒で煽り合いに変わる。

建設的な意見? 何を書いても **スルー or 変なツッコミ or うんこ話** に埋もれる。

この光景を見て、民主主義が「市民理性的対話の上に成り立っている」と誰が信じられるだろうか?

---

### **3. はてな民=「民主主義的な市民」の縮図?**

はてなダイアリーは、特定政治思想に偏っていない。

特定コミュニティの影響も受けていない。

まり、**「無作為に集まったネット民集合知」** の結果として、あのカオスが生まれているのだ。

これがもし、民主主義社会全体の縮図だったら?

選挙で選ばれるのは、

…そう、まるで、はてなダイアリーのように。

---

### **4. 結論:「はてなダイアリーを見ると、民主主義崩壊する理由がわかる」**

民主主義は **「理性的市民対話」** に基づいている。

しかし、はてなダイアリーを5分見ればわかる。

市民対話とは、**「うんこ話」「愚痴」「煽り」「スルー」** の連続である

ここから果たして「最適な意思決定」が生まれるのだろうか?

民主主義とは、本当に最善の政治形態なのか?

しかすると、「これまで試されたあらゆる政治形態の中で最もマシだった」だけなのか?

チャーチルよ、あなた言葉は正しかった。

ただし、**「はてなダイアリーを見た後でなければ」** だが。

民主主義に対する最良の反論は、5分間、はてなダイアリーを見るこ

### **民主主義に対する最良の反論は、5分間、はてなダイアリーを見ることである**

チャーチルはかつて言った。

民主主義は最悪の政治形態である。ただし、これまで試されたあらゆる政治形態を除けばだが」**

だが、それは彼が **「はてな匿名ダイアリー」** を見たことがなかったからではないか

もし彼が、今この瞬間に **はてなダイアリーを5分間** 眺めたなら、こう言い残していたことだろう。

民主主義に対する最良の反論は、5分間、はてなダイアリーを見ることである」**

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### **1. 民主主義幻想:「理性ある市民対話」**

理想的民主主義とは、**理性的市民自由意見を交わし、知的議論を通じてより良い社会を築いていく** というものだ。

投票はその最も象徴的な手段であり、誰もが **「考え抜いた末に最善の選択をする」** ことが前提とされている。

はてなダイアリーを開くまでは。

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### **2. はてなダイアリー現実:「脳死の祭典」**

開いた瞬間、目に飛び込んでくるのは、

✅ **意味不明陰謀論**

✅ **「うんこ漏らした日記」**

✅ **「カフェの女の集団が苦手」みたいな謎の愚痴**

✅ **「論破っぱwww」などの煽り文化**

✅ **「昔の方がマシだった」「いや、元からこうだった」ループ議論**

知的議論? そんなもの存在しない。

理性的対話? 5秒で煽り合いに変わる。

建設的な意見? 何を書いても **スルー or 変なツッコミ or うんこ話** に埋もれる。

この光景を見て、民主主義が「市民理性的対話の上に成り立っている」と誰が信じられるだろうか?

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### **3. はてな民=「民主主義的な市民」の縮図?**

はてなダイアリーは、特定政治思想に偏っていない。

特定コミュニティの影響も受けていない。

まり、**「無作為に集まったネット民集合知」** の結果として、あのカオスが生まれているのだ。

これがもし、民主主義社会全体の縮図だったら?

選挙で選ばれるのは、

…そう、まるで、はてなダイアリーのように。

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### **4. 結論:「はてなダイアリーを見ると、民主主義崩壊する理由がわかる」**

民主主義は **「理性的市民対話」** に基づいている。

しかし、はてなダイアリーを5分見ればわかる。

市民対話とは、**「うんこ話」「愚痴」「煽り」「スルー」** の連続である

ここから果たして「最適な意思決定」が生まれるのだろうか?

民主主義とは、本当に最善の政治形態なのか?

しかすると、「これまで試されたあらゆる政治形態の中で最もマシだった」だけなのか?

チャーチルよ、あなた言葉は正しかった。

ただし、**「はてなダイアリーを見た後でなければ」** だが。

anond:20250219183132

その時点でなにもしなかった場合未来(不確定な予測)にすぎない

未来の確定した結果が見えるのではなくその時点である行動しなかった場合予測なので正確にはただの予測

フェミオタクは敵じゃない

赤いきつね騒動について、私は「自分はそこまで気にならないけど嫌な人がいるのは分かる」くらいのスタンスだったのだが、周囲を見渡すと私が慕ってる人の中にも問題を全く理解してない人が結構いて、嫌気がさしてしまったので書き殴ります

フェミオタクを中心に不毛な言い争いが繰り広げられてる印象の強い問題だけど、多分君たちは敵じゃない。対立する場面はあったとしても、名前だけを見て殴りかかっちゃ駄目だ。個別問題に目を向けてくれ。落ち着いて聞いてくれ。



まずフェミ(とネット上で呼ばれている人)およびフェミと名乗るほどではないが女性性的消費にうんざりしている人たちが何故そんなに怒っているか。日頃アニメコンテンツに慣れ親しんでいる人ほど「あれが性的…?」と思ってしまうと思うけど、そういう人はまず「性的」という言葉意味を捉え直す必要がある。

あの映像は「(女性けが)過度に性的表現されている」と批判されているわけだが、「性的」とは何も直接的なエロ表現のことだけではない。「性愛対象として魅力的に感じること」、もう少し噛み砕いて言うと、「女の子女の子らしく可愛く描くこと」も広く「性的」と言える。

女性の中には、この「女の子らしく可愛く」を求められることにうんざりしている人が結構いるのだ。

私たちは都合のいい可愛い生き物じゃない。ちゃん人間として見てくれ」と。

頬染め、耳かけ、潤んだ目、口元の描写と、様々な点が指摘されているが、そういうアイコン化されて現実からかけ離れた「可愛い女の子像」にうんざりしているのだ。

尚、あれがフェラみたいだとか言っている人については、それは正直どうかとは思う。

けれど同時に、それくらい口汚く罵りたくなるほど性的な目で見られることに嫌悪感を抱く人がいることも忘れてはならないし、その背景からも目を背けてはならない。

男性諸君には想像もつかないかもしれないが、女性というのは生きているだけで本当に性的な目を向けられ続けるのだ。

私なんかはかなり平和に生きられている方だと思うが、それでも男性多数のコミュニティにいた時には、私の本当になんでもないほんのちょっとした言動AVエロ漫画シチュエーションに結びつけて、嘲笑の的にされるようなことは頻繁にあった。私ですらそうなのだ

どうしてか性的な目を向けられやすい人とは残念ながら存在するので、酷い人はそれはもう想像を絶するほどに酷い目に遭ってきたのだと思う。そういう背景を持つ人たちから半ば反射的に飛び出す罵詈雑言を、言葉尻だけを捉えて批判するようなことはしたくない。

ヒステリック過剰反応してしまってる人も確かにいると思う。でも逆に「その反応も仕方ないほど傷つけられてきたのだとしたら?」と想像すると、とてもいたたまれない気持ちになる。

あの映像を見ただけであれだけ怒っているのだと思っているなら、確かにちょっとおかしいんじゃないの?」と感じてしまうだろう。

でも彼女たちはずっとずっと女として生きているだけで嫌な思いを積み重ねてきたのだ。

ちょっとおかしいんじゃないの?」を彼女たちにぶつけてしまう前に、一旦立ち止まって考えてほしい。

「どうして彼女たちはたったあれだけのことでこんなに怒らなければならなくなってしまったんだろう?」と。


あの映像は「目の保養」としてはよくできていたと思う。ドラマを観て涙ぐみながらうどんを啜る女の子可愛い。でもそれは、主人公女の子を鑑賞物として見てしまっているということでもあるのだ。

「あれは可愛い女の子を見て楽しむものだろう。それの何が悪い」と思う人がいるかもしれない。

言いたいことは分かるし、そういう楽しみ方をする人がいてもいいと思う。

では何故炎上たかと言うと、あの映像CMであり、CMターゲット・コンセプトと作画演出ミスマッチを起こしていたからだろう。

あれが人気アニメキャラ主人公にした映像だったら、全く同じ演出でも多分あんなに炎上しなかったと思う。それならCMターゲットはそのアニメファンであることは明確であり、主人公が「鑑賞対象」として楽しむために作られたものだということが理解できるからだ。

しかし、無名男性主人公女性主人公映像制作されたところを見ると、ターゲットはそれぞれ広く一般的男性一般的女性と見るのが妥当だろう。

そして、両者とも日常的なシーンを描いていたこから顧客共感を呼ぶことで購買意欲を刺激することを狙ったのだろうと考えられる。

しかし、肝心の女性主人公現実女性とはかけ離れていて、共感できる対象ではなかったのだ。

ゴリゴリジェンダーバイアスのかかったステレオタイプシチュエーションで、キラキラの目と紅い頬の可愛さの強調された絵柄、フェチ仕草として擦られまくった耳かけポーズ

自己投影対象として作られたであろう「一般的女性であるキャラクターがここまで性的魅力を強調して描かれていれば、「こんなんじゃねえわ」と思って当然だし、自分性的な目を向けられているような嫌悪感を覚えるのも無理ないだろう。

さらにこの件では、男性女性の描かれ方の非対称性が顕著に現れていたことも問題だった。

男性比較リアル作画だったのに対して、女性はいわゆる「萌え絵」と呼ばれる、消費の対象であるコンテンツとして培われてきたイラスト表現手法で描かれていた。

逆に男性側も「女性好みのキラキライケメン」として描かれていたならここまで大きな問題にはならなかっただろうが、男女の扱いに差を作ってしまたことで、そのまま社会における男女の扱いの差を投影してしまったのだ。

作画監督が違うんだから絵柄が違うのは当然だ、という指摘が多いが、よほど興味のある人でない限り監督が誰がなんて調べないし、苦言を呈す側がそこまでの注意を払う必要はないと思う。そもそも同じシリーズとしてセットで公開された映像なのだから比較されるのは当然のことだ。

消費の対象として作られたコンテンツを消費することは何も悪いことではない。けれど、あの映像における女性主人公は「消費者代表」として捉えられても全くおかしくない存在であり、それを性的に描いてしまったのだから不快感を持つ人はいて当然だと思う。

意地悪な解釈をすると、それは「カップうどん食べてる女の子ってちょっとエッチ可愛いよね」というカップうどんメーカーからメッセージとも取れる表現であって、「おまえら消費者をそんな目で見てたのかふざけんな」と批判されても仕方のないことなのだ。

それと誤解されがちだけど、女性性的に消費するのは何も男性だけではない。女性もまた女性性的に消費しているのだ。

女性アイドルにも必ず一定数の女性ファンがいることを見れば明らかだろう。女にとっても可愛いもの可愛い

からあの映像監督女性であることは何も不思議なことではない。「可愛い女性」の描き方に慣れ過ぎて手癖同然に女の子を可愛く(性的に誇張して)描いてしまったのか、クライアントからもっと可愛くして」と要望を受けたのかは分からないが、女性が「アイコン化された可愛い女の子」を描くのも別に普通のことだ。

繰り返すが、消費の対象として作られたコンテンツを消費することは何も悪いことではない。ただ、コンテンツを通して現実に生きる女性性的眼差しが向けられてしまった時(あるいはそう捉えられる表現がされていた時)、それは時として加害性を伴うのだ。怒って当然だ。

ただし、もし監督個人攻撃している人がいたら、それは今すぐやめろ。

生み出したものへの責任は背負う必要があるので、作品のもの批判されるのは致し方のないことだ。でも人格までを否定する権利は誰にもない。

ひとつひとつは大した内容じゃなかったとしても、あなたが発したのがたったひと言だったとしても、今彼女には膨大な量の批判を一人で引き受けている。

きっと怖いなんてもんじゃないだろう。世界の全てが敵になったように感じるだろう。

言葉の向こうに人間がいることを忘れてはならない。あなた言葉背中を押してしまうかもしれない。

(そして個人的なお願いだが、作品批判をする場合でも可能な限り言葉は選んでほしい。批判されるのは致し方ないことだけど、自分の生み出した作品否定されるのは結構メンタルにくるものから。)

ついでに言うけど、出演声優攻撃している人も今すぐやめろ。

「ああい表現嫌い」は許されたとしても、人格否定するようなことは言っちゃ駄目だろ。

そういう人として許されないラインを超えた発言をしてると誰にも話を聞いてもらえなくなるぞ。

自分言葉価値自分で落とすな。


ここまで読んでもあの映像がそこまで問題だと思えない人もいるかもしれないが、それは別に悪いことではない。誰が何を感じようと自由だ。(私自身も、あの映像自体にそこまで嫌悪感は抱いていない。)

しかし「嫌だ」と思う人がいる事実を曲げてはならない。「嫌だ」だと感じるのだって自由だ。「嫌だ」と思ったなら「やめて」だって言うべきだと思う。

「嫌だ」は自由だけど「やめて」を言う権利は誰にもない、みたいな主張も見かけたけど、そんな馬鹿なことはない。

「嫌だ」も「やめて」もそれを受け入れてもらえるかは別の話というだけであって、言う権利は誰にだってある。

「嫌だ」という人に「嫌だって言う方がおかしい」というような言葉を投げかけるのは人格否定であって、それがどれだけ暴力的なことか理解してほしい。

(こういう話をすると「自分は色々我慢してるのに!嫌だと言う奴は我儘だ!」と言う人が必ず現れるが、それはあなたもっと自分のことを大事にした方がいい。嫌なことがあるなら「嫌だ」って言わないと気づいてもらえないから。どんどん口に出して自分を守ってほしい。)

同時に「嫌だと思わない奴はおかしい」もやめた方がいい。

あなたがどれだけ嫌な思いをしていようと、他者感情制御することは誰にもできない。「嫌だ」と思う人にできるのは、「嫌だ」と声を上げ続けることだけなのだ

そして嫌だと思わない人も、できるだけ「あなたは嫌なんだね。そういう人もいるんだね」と受け止めてほしい。「(自分はそうは思わないけど)」でも構わないから。

(紛らわしいけど、「嫌だと思う人がいることを理解できないのはおかしい」は言ってもいいと思う。そういう人は目の前にいる人の存在無視しているわけだから、胸ぐら掴んででも視界に入れてやらなきゃいけない。)


フェミの話が長くなってしまったけど、ここからオタクの話もしたいと思う。

ジェンダー観が問題になり広告炎上する事態はもう何度も繰り返されてきたが、そこにアニメ漫画コンテンツが関わる場合、必ずオタクフェミ叩きを始める。

オタクは何をそんなに怒っているのだろうか。

これは主観だが、オタクは長く日陰に追いやられてきた悲しい歴史からか、自分テリトリーが侵されることに強い拒否反応を示す人が多いように思う。

アニメ漫画コンテンツ自分たちのテリトリーであり、それを使って表現された広告批判に遭い、取り下げられることが受け入れられない。「表現自由」を大義名分に掲げて暴走してしまうのだ。

こういう人たちにまず理解してほしいのが、エンタメコンテンツとして制作されたアニメーションと、広告クリエイティブとしてのアニメーションの役割の違いだ。


エンタメコンテンツは、コンテンツそれ自体を楽しむためのものであり、好きな人けが見ればいいものだ。分かりやすく言うと、「嫌なら見るな」が通じる。

商業作品であれば商売としてとして成立させる必要はあるものの、表現自由は限りなく完全に近い状態で認められるべきものだと思う(適切なゾーニング必要だが)。

この「(適切なゾーニング必要だが)」が重要で、今回の件で「頬染めが駄目なら女の好きなBL作品だって駄目じゃないか」みたいな反論をいくつか見かけたが、それ本気で言ってるのか?全く反論になってない。

BLBLというジャンル隔離して好きな人だけで楽しんでいるものであり、概ね正しくゾーニングされている状態なので問題ない。嫌いな人も多いだろうか、嫌な人が視界に入れないことができる状態だ。(「絵本の隣にBLが置いてある」みたいなのはマジで早急に改善してくれ。)

例えどんな非人道的表現であろうと、表現すること自体は限りなく自由であるべきだと思う。

発信した内容には責任が伴うことも忘れてはならないし、この先ゾーニングが厳しくなっていく可能性は十分にあるが、表現することそれ自体自由だ。


一方で広告役割は、エンタメコンテンツのそれとは明確に違う。

広告不特定多数の人に見てもらって商品PRするものなので、まず第一に、「嫌なら見るな」が通じない。

広告とは頭下げてでも見てもらいたいものだし、隙あらば視界に入ってこようとするものだ。

から好きな人けが見ればいいエンタメコンテンツと比べて表現には気を遣う必要があって、企業商品イメージを損なう恐れのある表現は避けなければならない。

そして第二に、広告には明確な「目標」があることだ。

広告目標とは、商品イメージアップや売上アップなど色々あるわけだが、とにかくそ広告によってそれぞれ目標が設定されている。

そして目標があるということは、つまり明確な「成功/失敗」があるということだ。設定した目標が達成できれば成功、できなければ失敗だ。

ここの区別がつかない人が結構多い印象なのだが、炎上理由正当性があろうとなかろうと、広告が「失敗」と判断されれば、その広告の早期終了や取り下げもやむを得ないことだ。

オタクたちに理解してほしいのだが、広告の取り下げが起ころうと、表現自由が侵されたわけでは決してないので安心してほしい。それは「表現規制」などではなく、業績への悪影響を考慮した「経営判断」だから

そして広告の失敗がダイレクトに売上に影響してしまう以上、企業がその表現内容について慎重にならざるを得ないのは理解できるだろう。

仮にこの先ガチガチ配慮された表現広告クリエイティブしか作られなくなっていったとしても、それを「表現規制」と呼ばないでほしい。ただの「経営判断」だから


過去炎上案件の中には理不尽炎上もあったと思うし、適切とは思えない取り下げもあったと思う。

好きなコンテンツ批判されて悔しい気持ちも分かる。

でもだからと言って、盲目的にフェミを叩くのはやめてほしい。

同じような構図の炎上に見えても、それぞれ別の問題であって、フェミの主張もそれぞれ違う。その中には正当性のあるものもないものもある。

フェミ」というラベルだけを見て叩かないでほしい。ちゃん彼女たちの抱える痛みに目を向けて、その上で判断してほしい。

これはフェミのために言っているわけではなく、オタクテリトリーを守るためにも必要なことだ。

表現自由」という強すぎる言葉を盾に痛みを抱える人の主張を蹴散らしていては、いつかはその大事な盾を取り上げられてしまうだろう。

違法でないのをいいことに迷惑行為を行う人にならないでほしい。

例えルール範囲内だったとしても、それが誰かを傷つける内容であればちゃん自分たち自身で「ノー」が出せる人であってくれ。

自由が許されているうちに変わってくれ。

好きなコンテンツ批判されるのは受け入れ難いかもしれない。

受け入れなくていい。でも相手の主張を無視したり馬鹿にするのではなく、「好きなものをそんな風に言われるのは辛い。好きな気持ち否定しないでほしい」とちゃん自分の思いを言葉で伝えてほしい。

今の状態だと正直、オタクフェミ叩きをしたいだけに見えてしまう。でも本当は違うんじゃないか?守りたいものがあるんじゃないか?それを言ってくれないと分からない。

揚げ足取り口喧嘩で言い負かしたところで相手内面は変えられない。それではオタクコンテンツへのヘイトが溜まる一方だ。




取り留めのない話を長々とここまで書いてしまったけど、フェミオタク対立する場面は多いが、本来は互いに協力して「配慮自由を両立するにはどうすればいいか」を探っていかなければならない相手だと思う。

フェミにもオタクにも悪いところはある。人としての一線を超えている人も両者に散見される。

けれど相手は「フェミ」じゃない。「オタク」じゃない。人間だ。

人間をやめないでくれ。

きっと未来永劫叶わないことだけど、互いの大切なもの対立したときに、殴り合いではなく議論解決策を見つけられる人間ばかりになってほしい。

もう不毛な争いは見たくない。

漫画とかラノベに出てくる未来視の能力っておかしくない?

未来視って漫画とかラノベにやたらと出てくるけど、よくよく考えるとその設定矛盾してない?って思うんだよ。

だって未来視っていうのは「未来を視る能力」なわけじゃん。

でも、その未来が見えたからって行動を変えたら、それってもう「見た未来」じゃなくない?

未来が固定されているなら、それを見たところでどうしようもないし、逆に未来が変えられるなら、それって未来視じゃなくて「未来予測」じゃないの?

例えば、よくあるシチュエーションとして「5秒後に敵が右から攻撃してくる未来が見えた!」→「だから左に避けた!」→「ほら回避成功!」みたいなのがあるけど、これってつまり、「5秒後に右から攻撃がくる世界線」はもはや現実になってないわけよ。だって未来を見たことによって行動を変えたんだから

それって最初に見た未来は起こらなかったってことになって、「その未来を見た」っていう事実崩壊しない?

まり未来視という能力がある時点で未来は「確定したもの」ではなく「変えられるもの」になってる。

でもそれだと、見た未来は「未来」ではなく「可能性の一つ」にすぎない。だったら「未来視」じゃなくて「未来予測」とか「未来可能性視」みたいな名前のほうが正確じゃない?

もちろん「100%固定された未来しか見えない未来視」っていう設定なら矛盾しない。でもそれってただの「予告」でしかなくて、バトルで活かせるような能力じゃなくなるよね。

だって「この未来が確定しているなら、見えた瞬間にもう変えようがない」ってことになるんだから

「5秒後に攻撃が当たる未来」が確定していたら、どう足掻いても避けられないし。だったら視えても意味なくね?ってなる。

から結局のところ漫画とかラノベ未来能力って、「未来を変えられる」のに「未来が視える」っていう矛盾を抱えてることが多い。

未来が見えるなら変えられないし、変えられるなら見た未来は「未来」じゃないし、どっちやねん!ってなる。

まあ、そこは「フィクションから」と言われればそれまでなんだけど納得いかないんだよね。

特に未来視を持ってるキャラが「これは絶対に変えられない未来だ……」みたいに言ったあとに、なんかしらんけど主人公努力とか覚醒パワーとかで未来を変える展開、あれはほんと何なんだ?

変えられないんじゃなかったんかい!って思わず突っ込みたくなる。

逆に、ちゃんと「未来視=未来可能性の一つを視るもの」って説明してる作品は納得できる。

例えば「このまま行くと99%の確率でAの未来になる。でも、努力次第でBの未来もあり得る」みたいな感じで視えてるなら、それは「未来視」というより「未来予測能力」だからまあ理解できる。

でも、なんかもう感覚的に「未来視=未来絶対的に知る力」みたいに使われがちなのがモヤるんだよな。

たぶんみんなも一度ぐらいは「変えられるなら見た未来って何だったの?」って思ったことあるんじゃない?

いただきますをいいたくない

子供の頃、給食時間に「いただきます」を言うのが嫌だった。

魚の切り身やステーキのような肉を見て、”命だったもの”を意識すると食べるのが苦痛にでしかたなかった。

ある日、親に「なんで命を食べるの?」と聞いたことがある。

そのとき、「それが生きるってことだよ」と言われた。でも納得できなかった。

大人になった今でも、いただきますを言いたくない。

子供の頃から違和感を、どうしても払拭できないでいる。

いただきますは、命をいただくことに感謝することだ。

そんなことを言いながら食べるの、正直気持ち悪い。

どうして人間はこんなにもあっけなく他の命を奪うことを受け入れられるのだろうか。

世の中には「それが自然の摂理だ」と言ってくる人がいる。でもそれは違う。

人間は道具を使い、文明を発展させてきた生き物だ。

だったら生き物の肉を食べなくても生きられるようになるはずだ。

私は今、代替肉の研究をしている。

本物の牛肉豚肉鶏肉と変わらない味、食感、栄養価を持つものを作り出す。

これこそが人類が進むべき未来だと信じている。

科学は、ただ便利な道具を作るためにあるのではない。

私たち倫理的により良い生き方選択するための手段なのだ

私の夢は、「いただきます」をこの世からなくすこと。

いただきますを言わず食事するのが普通になる世界を夢見ている。

私は、もういのちはいただきたくない。

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