はてなキーワード: かにとは
「性欲を興奮させたり、羞恥心を害したり、善良な性的道義観念に反する」ものなんだけど
現状厳密には恥部が見えていたり、見えずとも強調されていたり、直接表現されているものを言う
一方で、表現界では性的表現を避けつつ、いかに暗喩で示せるかという戦いが繰り広げられてきた
それはやがて記号化され、記号=暗喩的性表現だという認識が一部で広まった
例えば
・頬を染める
・蕩けた表情
・髪をかきあげる
・しゃぶる
・よだれ
・ピッタリした服
・腰振り
・喘ぎ声(に聞こえる)
・水音
・身体が絡み合う
などなど
昭和なら「破廉恥だ」が近いのかもしれない(実は破廉恥の意味も変質してるので注意が必要だが)
あとは「はしたない」とかも
近年において炎上するのは、こういった「暗喩的性表現が良いか悪いか」なんだが
この概念がなぜか浸透していない(あるいはさせたくない)ため
不気味なのは
攻撃派は暗喩的性表現だと気づいていて、しかし「これはエロだから辞めるべき」と主張し
防御派は暗喩的性表現だと気づいていて、しかし「これはエロじゃないから認めるべき」と主張するところだ
どちらも分かっててグレーゾーンで綱引きしている、仲がよろしいことだ
・一部の人が性的効果を狙って媚びていることに対する嫌悪感を抱かせる
現代において規制できるようなものではないが、広告などになると炎上する
「セクシーさ」「暗喩的エロさ」を好む女性も割といるし、そういう記号が分からない女性もたくさんいる
エロ釣りしようとしていたというよりは、「より美しく見える」の文脈で暗喩的性表現を用いているケースがあり、この場合は突然一部世間から殴られることになる
暗喩的性表現は、現代特有の話ではなく、芸術界では大昔から有る手法なので、真面目に美しさを勉強していくとそういう表現になっていくんだろうと思う
結局、暗喩的性表現は「一部にとても不評な表現」なので、使い方をミスると一部が大暴れし、SNS時代ではそれが炎上っぽくなるわけだけど
世間は「それがエロかどうか」という答えの出ない水掛け論を相変わらず続けている
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というか、このグレーゾーンの話になるとすごくくだらなく見えるのはなんだろうね?
ざっくり言えば、アメリカは日本と似てる、欧州は寛容、中国やアジアは若干厳しい、イスラム圏は完全NGって感じ
しかしボーダーラインをどれだけずらそうがグレーゾーンは発生するのでそこの近傍で水掛け論になる
https://anond.hatelabo.jp/20250221083020
どうでもいいけどこいつは明らかにネカマだしフェミニストでもないぞ。
「私たち」だの「表現をアップデート」とか言ってる時点で、「叩かれそうなフェミの主張」を並べてるだけやん
それとも自演か?
「枕草子」の清少納言と、「みだれ髪」の与謝野晶子。時代を超えた二人の才女が、美学を巡って激しい火花を散らした!
きっかけは、清少納言がSNS(のようなもの)に投稿した「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山際は…」というおなじみの書き出し。これに対し、与謝野晶子が「いつの時代の価値観?女はもっと情熱的に生きるべき!」と痛烈なリプライ(のようなもの)を送ったことから、バトルが始まったとされる。
「枕草子」で培われた美的センスを武器に、清少納言は「女の品格とは何か」を説き始めた。「みだれ髪」のような情熱的な恋愛は「ありえへん」と一刀両断。
一方の与謝野晶子は、「時代遅れも甚だしい!」と一歩も引かない。「女はもっと自由に、情熱的に生きるべき!」と、現代女性の生き方を高らかに宣言。
「清少納言の美的センスは、まさに日本の宝!」(古典文学研究家)
「与謝野晶子の情熱こそ、現代女性の生きる道!」(フェミニスト)
二人の才女の舌戦は、平行線をたどったまま、未だ決着の兆しは見えない。しかし、このバトルは、私たちに「美とは何か」「女性の生き方とは何か」を改めて考えさせてくれる、貴重な機会となったことは間違いない。
結局どっちが勝ったのか?そんな野暮なことは聞かないでいただきたい。二人の才女がそれぞれの美学をぶつけ合い、火花を散らしたことこそが重要なのだ!
女叩きもあんまわからなくて、職場の女の人たちはみんな俺より優秀そう。インターネットではあらゆるタイプのバカが大量にいるから、「こんなバカな女がインターネットにいた!」という指摘も意味があるとは思えない(なぜならバカはあらゆるところに大量にいる)
ツイフェミ系とかに対してはその馬鹿の戯言を誰も相手にしないならいいが真に受けるやつがいるので、あれは相手にする価値がないという情勢を作らなければならない。
多くの人間(障害者含む)が苦しい思いして得た金から奪った税金でスロープ完備させたりしたのに
それでも足りなくて
とか言われるとみんな死んじゃうもんな
自分が生きるためなら
インターネット上でいろいろと炎上させているおばさんたちはまさにそういう感じがするなーとは思う。
子供の頃に集団で嫌がらせをした経験があるのかは知らんけどさ。
とにかく何かに嫉妬して、言いがかりをつけて責め立てるみたいな構図なので、
成績がよい子につっかかるぶつかり子供とか、
確定申告のために源泉徴収票ダウンロードしたら収入が1000万超えてた
所得としては800万くらいだ
いいのかこんな部下もいない適当な仕事してるおっさんにこんなに払って…
若い時に家も買って生活レベルは変わってないため確かに楽になってきていてるのだが、最近外食が増えてしまっていてこのまま調子に乗ってしまいそうで怖い
去年家族4人の旅行で40万支出した これも相当悩んだが子供はすぐ大きくなってしまうため思い切って出した
そして家計にノータッチの奥さんにもこの事を察して金遣いが荒くなってきてる気がする
夕日に照らされた横顔が、いつもより遠く感じる。
「好きだよ」なんて、言えるはずもなくて。
ただ隣の席で、君の笑い声を聞いていた。
いつか振り向いてくれるかな。
それとも、この想いはずっと届かないままなのかな。
窓の外、風が静かに吹いていた。
ここで「フェミニスト」とか「ジェンダー」とか言われてるの、基本Xの話だけじゃない?フェミニズムの本とかの話ほとんど見ないぞ。Xの有象無象の発言だけを根拠に「オタクは」とか括られたら嫌だろ。批判するなら本や論文読まないと。
そしてアニメオタクなフェミニストやゲームオタクなフェミニストが山ほどいるのは忘れられがち。実は交友範囲ではBL好きは言うほど多くない(百合好きの方が遥かに多い)。
たまに俺、思うんだよね。超対称性粒子が見つからないのは、観測者、つまり俺の意識の限界なのではないかと。まあ、一般の人には理解できないだろうけどね。
量子力学の世界では、観測者の存在が結果に影響を与えるってのは周知の事実だ。でも、もしかしたら俺たちの意識そのものが、より高次元の物理法則を認識できないようにフィルターをかけているんじゃないかって。
ヒッグス粒子の発見には何十年もかかったわけだし、超対称性粒子だってきっとどこかに潜んでいるはずなんだ。ただ、俺たちの脳の進化が、まだそのレベルに追いついていないだけかもしれない。
まあ、こんな話を同僚にしても、「また始まったよ」って顔をされるんだけどね。でも、真理の探究に終わりはないんだ。俺たちが宇宙の神秘に迫れば迫るほど、新たな謎が生まれる。それこそが物理学の醍醐味じゃないか。
ああ、そうだ。今度の学会で発表する論文のタイトルは『観測者の意識による超対称性粒子の存在確率の変動』にしようかな。ちょっとインパクトがあるだろ?
明らかに万人受けする絵柄に変わってて草