はてなキーワード: 楽しいとは
Aは厭世的なので主人公と恋愛エンドになる以外だと大抵の場合は生涯独身で子をつくらなかったことが示唆される
しかし監禁エンドだとその一文がなく、Aが主人公と子作りするヤンデレエンドなのではというのがファンの間では定説
CHATGPT、Aが主人公を凌辱してるところちゃんと小説にしてくれた
サンプル
髪を撫でながら、ゆっくりと指を滑らせた。
「……っ、は……ッ……」
喉の奥から漏れそうになる声を押し殺す。けれど、どうしても耐えきれず、掠れた吐息が漏れた。
「我慢しなくてもいいのに」
Aの指が、まるで主人公の意地を試すかのように敏感な箇所をなぞる。
「ん……っ、は……! や、やめ……ッ」
なんとか堪えようとするが、Aはその反応さえも見逃さない。
「ふうん……まだそんなに抵抗するのか。じゃあ、ここは?」
意地悪な囁きとともに、指先がさらに深く沈み込む。
ふーんえっちじゃん
具体的な行為「セックス」「愛撫」「おっぱい」とかに言及せず「毎晩部屋に通う」「体にふれる」「主人公は声を押し殺す」とかの若干迂遠な言い回しでこういう小説ほしいと支持出すと、エラー出ずに濡れ場書いてくれる
楽しいゾ
ただ、Bが見ている前でAが主人公を凌辱するっていうシチュエーションは書くの拒まれた
ねだったら一応書いてはくれたが
マイホームヒーローてのがあったから見て見たら、や〇ざみたいなのでてきて、dvやるわ、暴力振るってぼこぼこにして、免許と裸の写真抑えて、警察に通報したら報復するとかやってるのね。
たぶん、そのあとにスカッと来るパターンなんだろうけど、辛くてそこで消しちゃった。
あれさ。なんで平気で見れるの?
身近な犯罪過ぎて見てて辛すぎる。
Y字の三叉路をショートカットできる土地(角ではない)を持ってるんだ
使ってなかったんだが、最近事務所建てるために調査してたところ、ショートカットに使ってるやつがちょいちょいいることが判明
気まぐれに障害物を置いて通れないようにして監視カメラで眺めるのが楽しい
車道からは通り抜けれるか見えないからさ、ホイホイ入ってきちまうわけよ、平日朝とか
すると通り抜けられないし、転回もできないし、バックで出ようにも車道が見えない
すげー時間かけて慎重に出るわけさ
楽しいんだけど、そろそろ建てたいんだよな
建てたらさすがに入ってこなくなるよね?
別に男に楽しい日常がないわけでなし、男キャラのみで女向け表現にするとしたら、男二人で家で映画見てるシチュとかでいいのでは
タイプ違うイケメン2人、友達の家で映画見て泣く強面系男。緑のたぬき2つ持ってくるイケメン。うまっと食べる2人。映画見て目を潤ませながらみどりのたぬき食べる男にティッシュ差し出す男。
トゥンクのほうが最近で少女漫画の描き文字の順たまに分かんなくね的なネタがあった(それが元祖かは知らない)
氏ねにしてたのは楽しいからじゃなくて犯罪扱いになるみたいな事が言われてたからそれ避け
今のYoutubeで◯ねや4ねになってるのと同じようなもん
原作既読だが、正直作画だけの作品ではあるので突っ込んでみるものではないと思う
いい意味で頭を使わないで済むのはメリットではあり、楽しいと思えればそれでいい作品だよ
逆にストーリーのなさ、キャラクターの薄さ、世界観や設定の弱さ、恋愛関係が中学生並ってところはなろう系らしい
感情移入とか物語として深く読みたい・みたいって人には絶対つまらない
その場その場の盛り上げだけに特化して、全体的な整合性とか連続した話のつながりをあまり気にしていない
仮面ライダービルドみたいな?
ちなみに俺は、RPGのレベル上げを作品に落とし込んであるのがよいと思ってる
まあそのくらいかな
Xで最近見かける「30代またはアラサーの女性がハイスペ年下くんにアプローチされた」というポストを見かけたことなないだのうか?
しかも、相手はただの年下ではなく、高学歴・高収入・高身長の“ハイスペ”な男たち。
「私、まだまだイケるじゃん」と舞い上がるのは自由だ。
しかし、なぜ彼らは20代の若い女性ではなく、30代の女性を狙うのか? そこには明確な理由がある。
そして、残念ながらそれは「純粋な好意」などという甘い話ではないのだ。
1. 「ハイスペ年下男性が30代を選ぶ理由」──手頃な“贅沢”を楽しみたいから
恋愛でも仕事でも選択肢が多く、20代の若い女性からも引く手あまたのはずだ。
では、なぜ彼らは30代女性に寄ってくるのか?
若くてハイスペックな男が20代の女性と付き合おうとすると、それなりに気を遣う必要がある。
20代の女性はまだまだ遊びたい盛りで、理想も高く、相手のスペックだけでなく「楽しいか」「ときめくか」を重視する。競争率も高く、手間がかかる。
一方、30代女性は恋愛経験が豊富で、少しのことでは動じない。
さらに、結婚適齢期というプレッシャーの中で「こんなハイスペ年下が自分に興味を持ってくれるなんて」と内心浮かれてくれるため、男側が少しリードするだけで関係がスムーズに進む。
要するに、ちょうどいい距離感で、手間をかけずに大人の恋愛ごっこを楽しめる相手として選ばれているのだ。
2. 「結婚を口にしても、本気では考えていない」──結局は若い方に行く
ハイスペ年下男性が30代女性と付き合うとき、「将来も考えてるよ」「年齢なんて関係ない」と甘い言葉を並べることがある。
むしろ、自ら率先して「結婚」について触れてくるケースも珍しくない。
これを聞いて安心する女性も多いが、実際に彼らが本気で結婚を考えているケースはどれほどあるだろうか?
結局のところ、20代のうちは「大人の恋愛を楽しみたい」というスタンスで30代女性と付き合うが、彼ら自身がアラサーになったとき、そのまま同じ相手と結婚するかというと話は別だ。
自分も30代になり、周囲の環境が変わり始めると、あっさり20代の若い女性にシフトしていく男は少なくない。
要するに、30代の女性に向けられる「将来を考えてる」という言葉は、その場の空気を良くするための社交辞令のようなもの。
「今は楽しい関係でいたい」「結婚を考えている風を装っておけば安心してくれる」くらいに思っている可能性が高い。
女性側は「この人は他の年下男と違って結婚を考えてくれてる」と期待してしまうが、いざ数年経ってみると、彼は涼しい顔で20代の若い女性と結婚していた──そんな話は決して珍しくないのだ。
3. 「若さへの投資」──30代女性は“自分磨き”を怠らない
30代になると、20代のころよりも外見に気を使う女性が増える。
スキンケアもファッションも、20代の頃より洗練され、結果として「年齢の割に美しい」女性が増えてくる。
ハイスペ年下男性は、そんな女性を「努力して維持された美しさ」として評価する。
20代の天然の美しさとは違い、30代の女性の美は時間とお金がかけられたもの。そこに魅力を感じる男もいる。
だが、それはあくまで「良く手入れされた大人の女性」を楽しんでいるだけで、本質的に「この先も一緒に生きていきたい」と思っているわけではないことが多い。
30代女性が年下男性にモテるのは、決して偶然ではない。そこには、男側の“都合のいい理由”があるからだ。
・努力して美を維持しているので、ちょっと贅沢な気分を味わえる
こうした理由を理解した上で、「それでもいい」と思うなら恋愛を楽しめばいい。ただし、「私、まだまだ若い子にも負けないくらいモテる!」と勘違いしていると、いずれ年下男性が20代の女性にシフトしたときに痛い目を見るかもしれない。
「30代になったら急に年下からモテる」という現象は、裏を返せば「若い頃にはモテなかった層がターゲットにされている」ということ。年下男性の言葉を鵜呑みにせず、本当に自分が何を求めているのかを考えることが重要だ。
韓流ドラマ好きだったのならKPOPは?いろんなタイプのイケメンがかっこよく激しいダンスしてて楽しめると思うが。
ブコメでもネトフリおすすめされてるけど、ネトフリは音楽よりは韓流ドラマが多いとか。自動再生で沼れば楽しいよ。音楽番組ならUNEXTが多いそうだ。
あとはパートに出ることかなあ。母上がおいくつかはわからないが、50代ならまだなんぼでもパートはある。時給は最低時給くらいだし、レジ打ちと言っても最近は品出しもセットがほとんどだから肉体労働はあるけど。10キロ20キロのコンテナ持ち上げたりしなきゃならんのでちょっとつらい。
60代くらいでも、コンビニで昼間に働いてる女性は見かける。コンビニだとそんなに重たい品出しは無さそうだしいいかもしれない。覚えることはかなり多そうだけど。
働くのは効くよ。自分は社会の役に立ってる、社会参加できてる、と思えるから陰謀論にハマらなくても自己肯定心が芽生える。お小遣いも稼げるし。動画見てドヤってる暇があるなら働きに出れば小金が稼げるんだからやるしか無いぞい。
なんで会社で仕事してるだけだと変な目でみられなきゃいけないんだよ
どうも思ってないのに、怒ってるとかなんだ言われ、なんかちょっかいだされ
あげく
「生きてて楽しい?」ってなんでただの職場の人間にいわれなきゃいけねーんだよ
仕事してるだけで十分だろ
ふざけんなよ
辛すぎる
何なんだよ日本。
クールジャパンじゃねーのかよ。
どうすんだよ赤ガン組めねーじゃねーか。
映画見てパンフ買ってガンプラ買って金落としてやるって言ってるのにバンダイは何が不満なんだ?
何が夢・クリエイションだよクソ。
ジークアクスにハマったはいいけど希望通りにガンプラ買うのほぼ無理だからwって言っててガンプラ買うやつなんかいねーよ。
業務用スマホ無断で売却してもいいし追い出し部屋作るのもどうでもいいから在庫増やせよ。
ふざけんなバンダイ。
在庫も増やせないし転売ヤーも追い払えないけど楽しい時を創りたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。
在庫があればガンプラ組むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず在庫増やすか受注予約しろよ。
熱を感じた。
勢いで書く。
はっきりと理解した。
僕がこの人生で最も求めているものは「ドラマティックであるか」だ。
自分の行動がドラマティックな結果になるか、そのためにはどう行動すればよいか。
そこだけに注力して今後の選択を決めたい。
たぶん2時間くらい彷徨いて、さすがに何も買わないで退店するのは気が引けるので、
大昔に読んだギャグ漫画のセリフに出てきたタイトルの小説を買った。
それだけでは話が膨らむわけもなく、
関係者や、犯罪者サイドの思惑や背景、入り組んだ人と人との心情を描いており、
僕には心地よいテンポで話がすすむ。
ちょうど犯人の不合理な行動に対して、主人公とその仲間が考察するシーンを読んでいて、
ああドラマティックであるなと感じた。おもしろーと感じたのだ。
+++++
あるいは、
これまでの自分の生き方に後悔したことや、これから自分はこのように生きていたいと、
僕はある。
何十冊と本を読み込み、
何百枚もメモを書き出し、
この結論に至るのに、
これまでの自分の行動や、行動によって得られた結果や、その時の気持ちの振り返りに
本当に途方もない時間をかけた。
いや、かかった。
この結論は今日まで、ついさっきまで、僕自身の中で3年以上支持された行動原理であった。
しかし、実はここ半年ほど「そうでもないかもな」という気持ちが、行動が表にでてきていた。
具体的な話をしよう。
昨日、スロットで5万負けた。
先週は5万勝ってた。
スロットをやりたくなったとき、気持ちに歯止めがきかない。止めるつもりもない。
この気持ちは突然に湧くので、「勝てない」状況でも行ってしまう。
例えば、当たればでかいけど、当たらなければすごいスピードでお金を溶かす台、
手持ちが1万程度しかないのに、数万突っ込まないと勝ちの土俵に上がれもしない台
閉店間際で、連チャンすればずーっと続いてしまう台などで遊ぶ。
負けるのがわかっている状態でスロットをすることは「楽しくない」ことだ。避ければいい。
負けたいわけじゃないんだ。
そこから一気に捲り勝ちする快感が、経験がスロ屋へ足を向かわせる。
利根川か、蔵前あたりだと思うのだけど、似たようなニュアンスのセリフが頭から抜けない。
マンガでそのセリフを読んだその時は「追い詰められるとそんなふうに感じる人もいるのだな」位に思ってた。
まるで人ごとのように感じてたけど、それが間違ってた。
だから、誰のセリフか、どの福本マンガのキャラのセリフかは覚えてないのに、
+++++
この立場に至るまでは中々ドラマティックであった。もちろん楽しんでいた。
家族のために求めた「安定」は獲得したけど、
どこか虚ろというか、なんか違うなという感じを拭えていなかった。
そういった「楽しくない」選択をしないで済むところまではきていた。
楽しくない選択を選ばないでよい = 楽しい選択をしている でないとは気がついていた。
気づいていながらも放置していた。楽だし。
望んで手に入れた環境ではあるのに、
全力を突っ込めばまだまだ成長の余地はあるのに、
僕がいなくても会社は回る。
拗ねてない。
同じくらいまとまった金が欲しかった。
両方を手に入れるために、一番最適なことをコツコツと積み上げた。
「楽しくなる」と信じて。
今それはある程度のところまで来ている。
この活動が大成したときのドラティック具合は半端ではないことを知っている。
失敗して活動を辞めてしまっても、挑戦したドラマが自分の中に残る。
+++++
いまこの事象に巡り会えたことは、この先に活かせるのではないか。
結果どハマりして読んでる最中に
今後数年の行動原理となる「ドラマティックであるか」に気がつけた。
男はテーブルにつき、
メニューを供されるのを待ったが、
そうこうしているうちに、レストランの奥からシェフがやって来て言うのだ。
「時間になりました。お帰りください」
男は困惑して尋ねる。
「メニューが供されなかった」
シェフは答える。
「この店にメニューはありません。お客様が望むのであれば、なんでも提供できたのですがね」
男は行動しなかった。何でもできたのに「メニューが供されるのを待った」
時間切れってのは死のことだろう。
僕はまだまだ身体も頭も動くんだ。
ジジイになったとき、なんでも経験してたジジイと評価されるようになってやる。
おしまい。
なんでクソきもいと罵詈雑言をぶつけられなきゃいけないのか理解に苦しむ
はじめの投稿にある通り、思想や思考を変えて欲しいのが正直な所だけどそれは出過ぎたマネだから、せめて自分にYouTubeや陰謀論の話はしないで欲しいとお願いしている
それすら守ってもらえず、言いたくなる欲を抑えられない親に悲しい思いをしてるんだよ。そこに関しては悲しいと気持ちを吐露してるだけ。それ以上でもいかでもない。
どうにかしたい、方法を教えてくれ!だけが正解と思ってない。私の聞きたくないという気持ちを大切にしてもらえれば、YouTubeや陰謀論を見ている事実を見ないふりして上部の楽しい話だけで今後も仲良くしていく選択肢もありだと思ってる。
【追記16:52】
色んな意見が見られてありがたいです。
良いコンテンツを見せてそちら側に興味を逸らすのはどうか?という意見を複数いただきましたが、ネトフリはすでに契約済みで
数年前まで韓国ドラマにドハマりしてました。
さすがに飽きてしまったらしいのと、コロナをきっかけにオールドメディアに不信感を抱いた事、調べたい情報がたまたまYouTubeにあったらしく、そこでオールドメディアの嘘的な動画に出会ったあたりから目覚めてしまったようです。
(身体の弱かった親族がワクチンを打った後に持病が悪化してしまい、ワクチンは政府の陰謀だと感じたようでした)
なので、他の良質な動画コンテンツは厳しいように思います(話題のドラマの感想を話し合ったり、お薦めしたりはすでにしてますが、その上でYouTubeやXで陰謀論系を見てます)
【追記18:22】
親とはこれまでも要約以外のやり取りをかなりしてきているのですが、指摘した事、話し合った事を全て書くと本1冊では足りないレベルなのでかなり簡素にしている部分があり、わかりづらい部分はすみません。
皆さんに伝わりやすいと思い、ひろゆき、ホリエモン等をあげましたが、もちろん見てはいるもののそれだけではなく名前が覚えられないようなYouTuberさんもたくさん見ています。
ジャンルがとにかく幅広く、陰謀論、NISA、個別株、政府、金融庁、アメリカ、ワクチン、添加物、メディア、政治、ゴシップ等とにかくオススメをずっと見ているんだと思います。
陰謀論系とひとまとめにしましたが、全てが陰謀論と言いたいわけでもなく、否定しているわけでもないです。言及内容に極端な動画が多いことだけは確かですが。
1番危惧しているのは、親にとって目新しい情報=隠されていた真実と捉えているようなところがあり、親なりの根拠がない受け売り状態で全てを受け入れてしまっている点、また、受け入れるだけでなく私に話す事でアウトプットまでして自分の思想の血肉に変えてしまっている点です。
しかも、そんなにも受け売りで情報を受け入れる割には見易い楽しいコンテンツ(主にYouTube)だけしか受け入れられず、別の角度から言及されている本を勧めると「慣れていないから読む気になれない」と言われ、一次ソースを調べて公式の協会や公式団体の数値統計を案内しても「目が滑る」と読んでもらえず、情報を得る手間を惜しんでおり〝情報を自ら選別する〟姿勢としては愚策だと感じるからです。
親が、しっかりと能動的に情報を得られるようになっているのであれば、信じる先が陰謀論だろうがなんだろうがそれはもはや信条なので、ある意味芯が通っていて安心ですが、今は、わかりやすさと目新しさという誘惑に負けているようにしか見えず心配しています。特に医療分野でその姿勢を見せてしまうと、標準治療以外の新興治療に行く事間違いなしだからです。
放っておけばという意見もその通りだと思いますが、私にとっては本当に大切で掛け替えのない親なので、人気コメにあったように人生をかけてコミットしたいと考えています。ただ、今年第一子が誕生しますので、全力が難しく助けて欲しいと書くに至った次第です...。
また、親が私にこの手の話をしないでいてくれるのであれば、静観しようとも思っています。お互い良い大人なので。ただ、今は聞きたくないと言っても聞かされるわ、意見を聞き入れてもらえないわ、こちらの気持ちを踏み躙られるわで、静観状態にすらなれずとても悲しいのです。
漫画で似たような話があったよと教えてくださった方や、動画を教えてくださった方、ありがとうございました。時間を見つけて見てみます。
皆さんのご意見有り難く頂戴しています。共感してくださる方も多く、少し励まされます。ありがとうございます。
◆以外本文
見てるYouTubeはひろゆき、立花、斎藤、ホリエモン的なやつ
今日はアメリカでセラチア菌が散布されているらしい、気をつけてとの連絡が来た
親とはとても仲が良く、大好き。だからめちゃくちゃ悲しい。
「YouTubeは見てもらえるだけでお金が稼げるツールだから、見たくなるような刺激的で誇張した話が多い。もし間違った情報を流したとしても消せば良いだけでYouTube側も儲かるので自治機能が余り機能していない。だから過激な嘘が蔓延る。むしろオススメ機能で似たような情報弱者向けの動画が永遠とオススメされてしまう。センシティブな情報(政治や医療、お金の話など)を見たいなら、見た後に自分で1次ソースを探しに行って信じられる情報なのか答え合わせが律儀にできるようになってほしい。それが出来ずに信じてしまうようであればYouTubeを見るのは向いていない。動物や趣味、音楽のジャンルくらいに視聴範囲を狭めて欲しい。あなたが大切だから、思考を奪われて話し合えなくなる前に真剣に聞いて欲しい。」
と言った。
概ね納得はしてくれたが、やはり〝自分は情弱ではない、今まで詐欺にあったりしたことがない、人を見る目はある、お金を奪われたわけではない、損害は出ていないし流石にその段階に来たら自分でもわかる、情報は自分で取りに行きたい〟という所が納得できないようで、一層注意しつつも好きにさせてくれ、と言う。
特に、今まで〝オールドメディア(テレビ)〟をぼーっと見て、疑うこともなく騙されてきた(と感じているらしい)からこそこれからは自分で情報を精査するのだ!もう騙されたりしない!自分は目覚めたのだ!という意識が強い。
もうテレビは見ない!私は真実を自分で手繰り寄せるのだ!というような気概でいる。
◆
とはいえ本人の言う通り被害が出たわけでもないし(仲の良い家族に陰謀論や政治の真実とやらを語り始めモメてる時点で私にとっては大きな被害だが)もう大人なんだから、本人の信じるものは自分で決めるべきであり子供がここまで過保護になるのもおかしいと思うので、せめて私にこの手の話はもうしないでくれと伝えた。
言われたら心配になって口を出したくなるし、モメる。別に仲を壊したくないので、YouTubeで見た、聞いた、Xで見た、聞いたと言う話はしないでくれ、それは家族のマナーだと。
なのにまた今日「良かれと思って」が来た
「アメリカではこんなことが言われているらしい、日本にも影響がないか、良かったら自分でも調べてみてね」とのことだった。
「こんな話したら怒られるのかもしれないけど...」と前置きしてYouTube等の話をされるのはもう何度目だろう。さすがに我慢できずにブチ切れてしまった。
なぜ自分の欲を満たしたいがために私がやめてくれたお願いしていることをやめないのか?それ自体もショックだし
こんなに言っているのにやめられないほど中毒になっていることにもショックだし
近くで誰よりも大切にしている私より儲けのために過激な投稿を続ける有象無象の方を取る行動がショックだし
このまま思想思考まで乗っ取られて本気で陰謀論者になっていったり、意味のない民間治療を信じるような人間になって寿命を縮めてしまうのではないかと心配で仕方がない。
わかってるんだ。親がこうやって嫌がらせの如く私に陰謀論や真実(笑)を伝えてくるのは、孤独だからなのだ。
専業主婦をやってきて社会とのつながりがなく、信じるものがテレビしかなく、友達とも疎遠になって。
そんな中で信じてきたオールドメディアが情報を制限していたり、都合の悪いことを隠したり、都合よく報道したり、半ば騙すような性質を持っていたことがショックで、社会の中での自分のアイデンティティを見失ってしまったのだろう。
そんな中、自分で選択して情報を得ることができて、今まで自分が気付かなかった事に気づけた。もう自分は無能じゃない!賢いんだと、自分を必死に保っているんだと思う。
そしてそれを話せる相手が私しかいない。だからつい自分の輪郭をなぞるように話してしまうんだと思う。わかってる。
でも受け入れられない、大切だから。そんな方法で縋るようにわかりやすい情報に傾倒していくのは間違っているから。
どうしてそういったYouTubeを見るにしても本を読んでくれないんだろう。どうして一時ソースを探しに行ってくれないんだろう。どうして分かりやすい過激な話ばかり聞き入れてしまうんだろう。
ずっと楽しいことして生きていたい。学校生活が終わったと思ったら、今度は会社が始まる。
ソーシャルメディアは、適切に使えば素晴らしいツールですが、誤った使い方をすると精神的・道徳的な問題を引き起こす可能性もあります。ユダヤの教えの観点から見ると、以下のポイントが重要です。
ユダヤ教では「ラション・ハラ(לשון הרע)」— 悪口や中傷を避けることが大切です。ソーシャルメディアでは、他人を批判したり、根拠のない噂を広めたりしやすいですが、これは避けるべきです。シェロモ・ハメレフ(ソロモン王)も「舌を制する者は命を守る」(משלי 13:3, 箴言 13:3)と言っています。
もちろん娯楽として楽しむのは問題ありませんが、過度に時間を費やすと「ビトゥル・トーラー(トーラーの学びを怠ること)」に繋がることがあります。時間の管理を意識し、有意義な学びや善行(ミツヴォット מצוות)に時間を割くことが重要です。
ソーシャルメディアは、ポジティブなメッセージを広める強力な手段にもなります。感謝の言葉や励ましの言葉を投稿し、他者を尊重するコメントを心がけることで、「ティクン・オラム(世界の修復)」に貢献できます。例えば、トーラーの一節をシェアしたり、善行のアイデアを共有することも素晴らしい使い方です。
「アイン・ハラ(עין הרע)」とは、人の羨望や嫉妬が悪い影響を与えるという考え方です。自分の成功を誇示しすぎると、知らず知らずのうちに他者の嫉妬を招き、不和の原因になることがあります。成功や幸福をシェアすること自体は悪くありませんが、慎みを持つことも大切です。
トーラーは「嘘を遠ざけよ」(שמות 23:7, 出エジプト記 23:7)と教えています。インターネット上には誤った情報が多くあるため、情報の発信・拡散の前に真偽をよく確認しましょう。
「シャバット」の考え方のように、デジタルの世界から離れる時間を意識的に作るのも良いでしょう。シャバットにソーシャルメディアを断つことで、家族との時間や精神的なリフレッシュが可能になります。
要するに、ソーシャルメディアは 「愛」「真実」「謙虚さ」 をもって使うべきです。便利で楽しいツールですが、それが 善行(ミツヴォット) に繋がるような使い方を心がけましょう! 😃✨