はてなキーワード: カトリックとは
「白人様は~」「カトリックは~」我慢したのに、イエローというかジャップの分際で生意気みたいなセリフ、ガンガン出てくるぞ
アジア差別を是とされる世の中なら、SHOGUNがエミー賞史上最多の18部門を受賞なんてことは無かったろうよ。多様性は大事だぞ
この件で積極的に声を上げてくれてるのが、weeb & 虹エロ推進派 が中心なのは悲しい
『あらゆる規制に反対してるのに、人種差別や文化の盗用(非尊重)の表現は、規制するのかよ』って突っ込まれてる
まぁそらスラム街(𝕏)ではそういうラップバトルになるよな・・・とは思うが、
そういうツッコミしてるのが、あらゆる規制反対派ではなく、包摂を唱えるDEI推進派のつもりのひとだからな(イエローというかジャップの分際で生意気みたいな発言も同様)
そもそも任天堂もSONYも日本メーカーだからな。weeb ホイホイでしょ
皮肉ではなく本来の意味で意識高い人は、侍の定義、弥助は侍ではないに納得してくれてるし、
英語話者向けのコンテンツでも説明されているし(WIRED見直したぜ)、
Japanese Historian Answers Samurai Questions | Tech Support - WIRED
そもそも歴史の授業や専門書でちゃんと日本を学んでくれると思う
(とはいえ、京都大学でトンデモに査読通ってるのがこの界隈の油断ならないところだが)
あと、人種によって異なる不均等な暴力表現(白人に対しては攻撃できないが日本人は四肢欠損させて非武装市民殺せてペナルティ無し)、
宗教施設の無意味な破壊、御神体の破壊、無断盗用についても、問題意識を持ってくれると思うけど、
意識高い人は、スラム街の地獄のラップバトルに参戦しねーんじゃねーかな
一般誌やTVで取り上げられたら『よくない』っていう程度じゃないかしら
ワイはASMRも叩くし、アサクリも叩くぞ
それ言ってるのが、
増田みたいな文字読めない+認知能力と情報統合能力と文化学習の程度が低い奴とか、
『あらゆる規制に反対!!!!』って奴なら(賛同するかはともかく)いいんですけど、
包摂を唱えるDEI推進派のつもりのひとが
『白人様は~』『カトリックは~』我慢したのに、イエローというかジャップの分際でとか、
『あらゆる規制に反対してるのに、人種差別や文化の盗用(非尊重)の表現は、規制するのかよ』とかのノリだからなぁ
https://anond.hatelabo.jp/20250215021916#
それ言ってるのが、
増田みたいな文字読めない+認知能力と情報統合能力と文化学習の程度が低い奴とか、
『あらゆる規制に反対!!!!』って奴なら(賛同するかはともかく)いいんですけど、
包摂を唱えるDEI推進派のつもりのひとが
『白人様は~』『カトリックは~』我慢したのに、イエローというかジャップの分際でとか、
『あらゆる規制に反対してるのに、人種差別や文化の盗用(非尊重)の表現は、規制するのかよ』とかのノリだからなぁ
https://anond.hatelabo.jp/20250215021916#
「白人様は~」「カトリックは~」我慢したのに、イエローというかジャップの分際で生意気みたいなセリフ、ガンガン出てくるぞ
アジア差別を是とされる世の中なら、SHOGUNがエミー賞史上最多の18部門を受賞なんてことは無かったろうよ。多様性は大事だぞ
この件で積極的に声を上げてくれてるのが、weeb & 虹エロ推進派 が中心なのは悲しい
『あらゆる規制に反対してるのに、人種差別や文化の盗用(非尊重)の表現は、規制するのかよ』って突っ込まれてる
まぁそらスラム街(𝕏)ではそういうラップバトルになるよな・・・とは思うが、
そういうツッコミしてるのが、あらゆる規制反対派ではなく、包摂を唱えるDEI推進派のつもりのひとだからな(イエローというかジャップの分際で生意気みたいな発言も同様)
ということですがトランプの支持層とは一体どんな人達なのか、AIさんに聞いてみました
ドナルド・トランプ前大統領の支持層は多様ですが、主に以下のような特徴を持つ人々が含まれています。
グローバリゼーションや海外への工場移転により仕事を失ったり、経済的な不安を感じている層。
「アメリカ・ファースト」の政策に共感し、国内産業の保護を支持。
キリスト教福音派(エヴァンジェリカル)やカトリック保守派などの宗教的右派。
反中絶、反LGBTQ+の政策を重視し、「伝統的な家族観」や宗教の自由を守ることを求める。
民主党が推進する環境規制(炭鉱や石油産業への締め付け)に反対。
既存のエリート層(政治家、メディア、大企業)への不信感が強い。
「ディープステート(影の政府)」や「選挙不正」などの主張を信じる人々もいる。
伝統的には民主党支持が多いが、治安政策や経済政策に共感する層が増加。
ラテン系の中でも特にキューバ系やベネズエラ系は「反社会主義」の立場からトランプを支持。
全体として、トランプの支持層は「反エリート」「反リベラル」「愛国主義」「経済ナショナリズム」などの価値観を共有する人々が多いのが特徴です。
男の子を作る分には、癌になりにくいのでは
違うか、遺伝子異常修復遺伝子のエラーで半分の確率で遺伝するのか
1755年のリスボン地震(リスボンじしん、ポルトガル語: Sismo de Lisboa de 1755、英語: 1755 Lisbon earthquake)は、1755年11月1日に発生した巨大地震である。
リスボン大震災(リスボンだいしんさい)あるいはリスボン大地震(リスボンおおじしん)などとも言う。
9時40分に西ヨーロッパの広い範囲で強い揺れが起こり、ポルトガルのリスボンを中心に大きな被害を出した。
津波による死者1万人を含む、5万5,000人から6万2,000人が死亡した。
推定されるマグニチュードはMw8.5〜9.0の巨大地震であったと考えられている。
震源はサン・ヴィセンテ岬の西南西約200kmと推定されている。
当時の通俗的な理解では、地震とは自然現象というより神罰である。
しかし、多くの教会を援助し、海外植民地にキリスト教を宣教してきた敬虔なカトリック国家ポルトガルの首都リスボンが、なぜ神罰を受けねばならなかったのか、
なぜ祭日に地震の直撃を受けて多くの聖堂もろとも町が破壊され、善人も悪人も罪のない子供たちも等しく死ななければならなかったのかについては、
震災の原因をリスボンの人々の「罪」にあるとしたイエズス会もポルトガルの領土から追放され、財産を国庫に没収された。
イエズス会の指導者で地震を人々に対する「罰」であると説教し続けて人々の熱狂的な支持を受け、
カルヴァーリョがリスボンを再建しようとすること自体を神に背くものであるとして糾弾し続けていたガブリエル・マラグリダは地下牢に幽閉の後に異端審問にかけられて処刑された。
金儲けに正当性が与えられない社会では、金儲けは当然抑制され、近代資本主義社会へと発展することはないはずである。
しかし、最初から利潤の追求を目的とするのではなく、行動的禁欲をもって天職に勤勉に励み、その「結果として」利潤を得るのであれば、
その利潤は、安くて良質な商品やサービスを人々に提供したという「隣人愛」の実践の結果であり、
その労働が神の御心に適っている証であり、救済を確信させる証である。
このようにして、皮肉なことに、最も金儲けに否定的な禁欲的な宗教が、金儲けを積極的に肯定する論理と近代資本主義を生み出したのである。
人々は、「結果として」の利潤の追求に励むことになる。
利潤の多寡は、「隣人愛」の実践の証であり、救済を確信させる証である。
そのため、多ければ多いほど望ましいとされた。
そして、より多くの利潤を得るためには、寸暇を惜しんで勤勉に労働しなければならない。
そのため、人々は時計を用い、自己の労働を時間で管理するエートスが成立した。
このことを端的に示す諺が「時は金なり」である。
厳格な時間管理の意識は、「近代」的な価値観の特徴のひとつである。
そして、スイスなどのプロテスタント圏で時計産業が発達したのも、決して偶然ではない。
それまでの人類の労働のあり方は、南欧のカトリック圏(非プロテスタント圏)に見られるように、
日が昇ると働き始め、仲間とおしゃべりなどをしながら適当に働き、
昼には長い昼食時間をとり、午後には昼寝や間食の時間をとり(シエスタ)、
つまり、実質的な労働時間は短く、おおらかで人間的ではあるが、生産性の低いものであったのである。
しかし、プロテスタンティズムは、日常生活の全てを信仰と労働に捧げる、
スター時代の曲がちょっと寂しいので、リストの超絶技巧を味わう作品のみで七選を組んでみようと思う。既に出したのは除外。あとブコメ。
推奨録音にkyushima氏みがあって大変共感できる増田。次世代を引っ張っていくであろうユンチャン・リムの超絶全曲や、彼に影響を与えているニレジハージの伝説(波)あたりを加えても良いかもしれない。
kyushima氏(http://kyushima.web.fc2.com/cd/index.html)に言及する人が現れた(笑)もう更新が止まって久しいけど、ここの御陰で知らない演奏にいくつも巡り会った(オフチニコフとかベルッチとかロルティとかハフとか)。
ユンチャン・リムの超絶を挙げてくださったのも感謝する(未視聴/クライバーンコンライブ https://amzn.to/4iwxti2)。自分のCDボックス漁ったりして、未視聴盤はたくさんあると実感した。ニレジハージは海賊録音でしたっけ? 聞いて確かめなきゃ
1. ドン・ファンの回想 S.418(1843年)
モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」からメロディーをとってアレンジしたもの。ノルマの回想に次いで(それ以上に?)取り上げられていると思う。騎士長のテーマ(ドン・ジョヴァンニに警告するシーン)から始まって重苦しいのだが、そんな嵐が去ると「お手をどうぞ」の主題に基づく変奏が現れ、最初の技巧的な見せ場になる(この主題はかなり人気があり、ショパンも編曲していたはずだ)。後半は「シャンパンの歌」の変奏が騎士長の動機を挟みながら繰り返され、繰り返しの度にどんどん華やかになっていき、終幕を迎える。
私はマッティ・レカリオ(Ondine/ブゾーニ編なので一部カットがある)が好き。新旧あるアムラン(Music&Arts/Hyperion)も恐ろしく安定した演奏(新録の方が音は良い。あとハン狂2が入ってる)。クズミン(Russian Disc/ブゾーニ編)も強烈だが廃盤倒産(激怒)。ペトロフ(Melodiya)は持っているが、遅っ!と思って合わず(食わず嫌い・・・)。ロルティ(CHANDOS)もきれいな演奏だけどのんびりした感じ。この曲はノルマほど聞かないのでそんなに思いつかない。誰か教えてくれ。あとフィリペツが録音してくれないかなぁ・・・。
廃盤になっているレカリオのCDにはタウジヒ編の「ワルキューレの騎行」なども入っているし、ブゾーニ編のフィガロ&ドン・ジョヴァンニ幻想曲もある(リストが途中放棄した作品)。本当に再版してほしい。配信はある。
2. 「ユグノー教徒」の回想 S.412(1837年出版/第2稿1842年)
ジャコモ・マイアベーアは、パリで19世紀前半に大成功を収めた作曲家。サン・バルテルミの虐殺をモチーフにしたオペラ「ユグノー教徒」は何度も再演され続けていたが、20世紀には忘れられた(今また再評価されているらしい)。音楽史的にマイアベーアの影が薄いのは、彼が展開したオペラ書法の多くをワーグナーやヴェルディといった後発者たちが更新して塗り替えていったからかなと思っている。もちろんリストのピアニスト時代に人気だったマイアベーアを編曲していないはずがない。ゲレリヒの本にも、レッスンでマイアベーアを弾く弟子が出てくる。ハワードもライナーでとても強く推している※。あまり録音は思いつかない(申し訳ない)。NAXOS全集の第1巻にコーエンの演奏が収録されているが未視聴。フィリペツ、録音してくれ。
この曲はユグノーであるマルセルのライトモチーフとして「神はわがやぐら」を使っているのだが、それってルター派じゃ・・・?(カルヴァン派でも使われていた??)
第1稿ではラストに原曲通り第5幕カトリック兵士の合唱の主題(この歌詞がまたやばくて・・・異端を殺せ!神がそう望んでおられる!という血なまぐさい中身)が入ってとても雰囲気があったのだが、別稿では「神はわがやぐら」の変奏を強化する対応になっていた・・・と思う(ハワード聞き直さないとなぁ)。ただ、あの狂気の合唱が魅力だと思っている。第1稿では合唱を遮って「神はわがやぐら」が入ってくるのだが、これが幅広いアルペッジョで一掃され、再び合唱に戻るという原曲ラストの射殺シーンを思い出させる流れ。
※オペラの方も20世紀にも再演されてきたが、特定の歌手たちのための舞台に過ぎなかったけど、今や再評価の時だということが熱っぽく語られている。特定の歌手って多分サザーランド?
気分転換。後期の出版になるが、実はこの曲のおおもとはスペイン公演時の印象を書き留めた45年の「スペインの旋律に基づく演奏会用第幻想曲」にある(ハワード全集に当然ある)。今のスペイン狂詩曲の形になってのはヴァイマール時代らしいので、超絶や巡礼同様、前期に作られ、中期に改訂されて充実した曲の一つだ。
前半ではフォリア、後半ではアラゴンのホタという舞曲から成る。どちらも華々しい技巧で彩られ、最初から最後まで魅力的で見せ場が多い。
名盤としては、エフゲニー・キーシンの録音(RCA)があるだろう。彼もすっかりトシだが、これは子どもの頃のもの。恐るべき完成度。日本公演の映像があるが、すごい演奏(https://www.youtube.com/watch?v=Lb6EzTpGv3s)。
スティーヴン・ハフの録音(Virgin)も非常に良い(kyushima氏のサイトで◎だった上、入手性が良くて最初に聞いたので、完全に嵌まってしまっている。ただフォリアが盛り上がるところで、楽譜にあるシではなくドの音を弾いているのはなぜ?)。ぶっ飛んだ路線としては、ポリーナ・レスチェンコ(https://www.youtube.com/watch?v=3EB0f-ra9Eg)。
4. ギョーム・テル序曲 S.552(1842年出版)
世に名高いロッシーニ最後のオペラの序曲である。どう考えてもおうまさんのテーマ。
このオペラが出たのは1829年以降ロッシーニは完全に引退状態になるのだが、亡くなるのは1868年。引退には政治情勢が大きく影響している。ロッシーニの滑稽な作風は、明らかに復古的なウィーン体制下の小市民の楽しみに合致したもの。それでも、このオペラは再び騒乱の時代が訪れることを予感させる緊迫した作品(題材自体が既にそうだ)だったが、これが最後になった。
中々演奏がない(ハワードはもちろん、NAXOS全集にゲキチ)。デュシャーブルのCD(EMI)が良いと思う。割とセカセカ弾くタイプのピアニストだと思うけど、後半はそれがすごい追い込みに繋がってる。ただ、まだまだこの曲のポテンシャルはあるんじゃないかと。フィリペツ(ry
コメント返信の時に出した、以前コンクールライブでたまたま見た映像が凄かった(https://www.youtube.com/watch?v=GRYLy8O3VIQ)。
中国のピアニスト牛牛のCDはまだ聞いていない(MV:https://www.youtube.com/watch?v=ed9nRoFyDIw)。彼は小学生の頃から有名で、ピアノの森(二期)でパン・ウェイの「中の人」(あるいは「手」?)を務めた人。
文字通りベートーヴェンの交響曲の編曲(本編での落選から復活)。出版は後期にあたるが、「幻想交響曲」の編曲同様、ピアニスト時代から既に手がけており、部分的には出版されていた。リストはベートーヴェンの布教にかなり熱心に取り組んだピアニストだが、これがドイツ・ナショナリズムの高揚を抜きにしては考えにくいことは既に述べた。
以前に医師の夏井睦氏が運営していた超絶技巧ピアノ編曲のホームページに3・5番だけだがすごく詳しい解説が載っていて、当時からピアノ好きだった人は見ていたんじゃないか、と老人会発言(Web Archive/ https://web.archive.org/web/20090104102239fw_/http://www.ne.jp/asahi/piano/natsui/Beethoven.htm)。ところでブコメにバッハ=リストのBWV543を挙げている人がいたけど、あれは原曲の良さに甘えているだけの手抜き編曲だと夏井氏はバッサリ斬っていたなと思い出しておっかねえなあ・・・と。
カツァリス(Teldec)とコンスタンティン・シェルバコフ(NAXOS全集)の全曲録音が有名(その後も全曲でなければちょくちょく録音例は見る)。やはりフィリペツ(ry
部分録音だと、kyushima氏はグールドの6番をかなり評価していた気がする(私はよく聞かないのでわからない)。牛牛のギョーム・テルが入ってるCDにも5番がある(未視聴)。以前ロルティが5番を弾く映像がYouTubeにあったと思うけど、削除された? それとも記憶違いか。
6. シューベルト編曲もの(超大雑把な紹介になっててすいません)
リストはシューベルトの歌曲の多くを編曲している。「セレナーデ」も「ます」も「エレンの歌 第3番(アヴェ・マリア)」もあり、至れり尽くせり。リストは生前「魔王」(S.558/4)の編曲者として一番知られていたらしい(ゲレリヒの訳書32頁。自虐的なセリフとして出てくる)。ハワードのライナーには、フィッシャー=ディースカウが、変なのと思われてるけどリストが編曲してくれたおかげでシューベルトの歌曲が今日まで生き残ってきたんですよと発言したというコメントが引用されているが、出典が分からない。ご存じでしたら教えてください。
ウィーンの夜会も絢爛豪華。特に6番が有名。本編での落選を残念がっている人がいた。
個人的にはキーシンのリスト録音集に入っている演奏が好き。他の演奏をあまり聴いたことがない。フィリペツ(NAXOS全集)が新録を出したようなので聞いてみるつもり(コンソレーションの初版とセットだとか)。
前期作品。この手の超絶技巧を見せびらかすための精神性のかけらもない曲は当時のはやり。でもとっても楽しい曲で大好きである。シフラの演奏が有名だが(Hungaroton/映像あり https://www.youtube.com/watch?v=tmq5JBpFf9w)、今聞くならフィリペツ(NAXOS全集)が良いと思っている。余裕綽々で本当に惚れ惚れする。
以上である。いやいやなんでシューベルトこんなひとまとめなのとか、忘れられたワルツとか愛の夢はまた落選かとかリゴレットとかまだオペラものあるだろとかショパンの歌曲とか「献呈」とか色々納得はいかないところもあるだろう。でも一旦ここで締める。どうもお付き合いありがとうございました。
なんかすごく感心された話
知人と二人してコンビニで買い物をしていた
レジで精算を済ませたが、支払額に違和感があったのでレシートを確認した
すると、買ったはずのジュースが品目の中に入っていなかった
おそらくバーコードを読み取り損ねていたんだろう
俺はすぐに店に引き返し、レシートを見せながら、ジュースの代金が抜けている事を伝えた
同行していた知人が、なぜそんなことをするのか?黙っていればジュース代の分だけ得をしていたのに、と
俺は答えた
もし俺が黙っていたら、いずれ店員は精算をミスしていた事を責められるだろう
ミスが俺が買い物をした時だと気づくかもしれない
俺は時々このコンビニを利用する。あの店員とこれからも何度も顔を合わせるだろう
たかが200円を不正に得るために見て見ぬふりをしたという記憶は、今後の俺の人生に僅かながらも後ろめたさを残す
そもそもジュース代の清算漏れを指摘したところで、俺は一切損をしていない
…というような事を説明したら、知人は感動していた
想像してみよう
ちょっと推そうと思って「このXXってSFすげえ!神!」と書き込んだとする
そこに「いやXXは間違ってるから」」や「そのXXのアイデアは〇〇って作品の丸パクだから」と横やりが入る
また、なにより、気軽に「XXって神!」と気軽に騒ぐ層が「こういうツッコミをもらいやすいジャンルはビュー数稼ぎづらい」と学習する
読んで欲しいという欲望が抑えきれない作家は、少なくともランキング形式投稿サイトでは”SF”を書くのをやめる
SNS以前、10年前までなら、ネット経由の口コミはありえたと思う
もう編集者や出版社、批評家などのオールドメディア経由でないと露出が難しいのではないか
欧米の連綿たるメインカルチャーの伝統、教会や王権といった権威によって裏付けされたアカデミズムを前提として成立した科学主義を踏まえたインナーサークルに加入するという体裁が曲がりなりにもあって、それ踏まえた上での想像の自由を認めることで成立するジャンルなので
そのあたりを吹っ飛ばすスペースオペラが容認されるのも「こういうのを認めるのが伝統を維持する上で大事」という、カトリックの反宗教改革におけるバロック的演出の活用みたいな算段があるからで、バックに権威が控えてるのは同じ