はてなキーワード: アクティとは
昔からそうなので自分はことごとく他人の幸せが受け入れられない器量の狭さだなぁと感じてはいるのだけれど、
好きな人というのは恋人に限らず友達も含まれる、私にとって好きな人。
そして多分、私のことも好んでいてくれる(筈)の人たちのことを指す。
その枠の人たちが私が関わらない人間関係(別の友人コミュニティや、職場の人たちや恋人など)の中で
何かしらのアクティビティを先日楽しんできたんだよね~って話を報告してくれることはまぁ良くある。
私はその良くある話を聞いていて素直に「楽しかったんだね、良かったね!」と返すことができない。
どうしても「私と過ごすよりそっちの人たちとの時間の方が優先されている」という考えがよぎってしまう。
下手をすると若干不機嫌になりそうになるので、最近はどうにか抑えているつもりではあるけど多分にじみ出ている。
私は私でもちろんその好きな人たちとは別の人間関係があって、そっちの人たちともよく食事に行ったり遊園地に遊びに行くこともあるし
その話を振ることもある。そんな時私の好きな人たちは素直に「いいね!」とリアクションをしてくれる。
当たり前のことなんだけど、自分にはそれがうまくできない。どうしても別のコミュニティの誰かに好きな人を奪われたような
嫉妬のような感情を一時的に持ってしまう。これって依存に近いんだろうか。
友達に恋人ができた時なんかは特にひどくて「私の方がこの子の事ずっとよく知ってるのに知らん奴に奪われた!」と
結構時間がたってもずーっとうっすら思ってしまう。友達の恋人のことは常にうっすら嫌いである。
といいつつ自分に恋人がいるときは恋人優先することも多々あるのだから、本当に身勝手な人間だと自己嫌悪もする。
健全な考えではないことはわかっていて、少しでもこういう無駄なジェラシーを感じる時間を減らしたいと思っている。
もっと趣味とか好きなこととか、1人で出歩く時間を増やすべきなのかな。
他人に期待しない、他人に執着しない生き方をうまくやっていきたい。
・・・現在進行形で恋人が知人達と海外旅行に行ってしまって暇なので、日頃感じていたことを書いてみた。
男だけで行ったから変な店で変な病気でも貰ってきたら絶対許さないぞと意気込んでるけど(これ偏見ですか?)、結局置いて行かれたと感じる気持ちがピークで寂しいだけなんだと思う。
給料や福利厚生もよく、良くも悪くもぬるくて、居心地がいい職場から退職する件。
https://anond.hatelabo.jp/20250113230411#tb
まさか自分が退職なんてと未だに思うところもあり、その理由の深堀りを始めたことが、この日記を書こうとしたきっかけ。
前も書いた「仕事はゴミだし、上司もクズで、同僚が小賢しく...」とかは切っ掛けの一つだけど、決定的ではない。
ならばと嫌ポイントを上げ始めれば出るわ出るわ。ここまで会社のあれこれにムカついてたんかと自分でも驚く。
じゃあ結局何が決定的だったのか?とふと思うのだけど、自分でもよくわからない。
ただ、ムカつきポイントが特に高かったのは何だろうと上位3つをあげてみる。
*小賢しげな同僚どもが鼻に突く
確かに、どれもこれも入社時から本当に変わってしまったと感じる。
当時の同僚はみな善良で真摯で素朴で、会社は謹厳実直で質実剛健で何より誇りがあった。
自分自身も新たな職場で役に立ちたいとか思ってた。成長したいとも。
でもアラフィフになるほどに会社にいた結果、それらが全部悪いほうに変わってしまったと思う。
アクティビティがアグリーとかほざく同僚どもは鬱陶しいし、愛社精神なぞはすっかり無いし、楽して給料だけもらいたい。
だからか、と思った。
それは周りが変わったからかもだし、俺が変わったからかもだし。
ただ、俺が変わったとは認めたくないから、このぬるま湯から抜け出す選択をしたのかもしれない。
変わってしまった(と思いたい)周りへのささやかな意趣返しの意味も含めて。
休日は「○○カフェが有名らしいから行ってみたい!」とか「ここショート動画で見て美味しそうだから行ってみたい!」
とのことで付き合わされている。変な趣向を凝らしたケーキとかを写真に撮ってはインスタにアップしている。
いや、こう…面白いか?
何が面白いのかわからん。怖い。見るべきポイントというか、楽しむべきポイントがわからん。
甘味か?インスタの素材収集なのか?俺との会話なのか?どっかに一緒に行くというアクティビティでカフェが丁度いいというだけなのか?
この喫茶店は夏目漱石だか太宰が通ってて~みたいなのを水道橋に住んでいる時に聞いてへえ~ってなったようなアレなのか?
なんだ。なんなんだこの趣味は。
誰か教えてくれ。
東京も住んで、東京は子供育てるところじゃないなって思ったのが正直な感想
歩いてすぐコンビニはなくても、老人や変な人からの苦情が出ない公園がある。
アクティビティが身近にある。自然豊か。山、海、雪、なんでもある。
どこか出かけるにしても、そこまで混まない。
ご飯と空気が美味しい。しかも並ばないし、子連れでも行ける(そんな人が沢山いるから店も子供の対応慣れてる人が多い)
これまで、Twitter上の疑わしいツイートについた「コミュニティノート」に「役に立った」ボタンをポチポチ押してきたのだが、そのうちに「あなたもコミュニティノートの作成に貢献しませんか?」というオファーが来たので、深く考えずにオファーを受けてみた。オファーが来た、というのはもちろんTwitter(現X)アプリ上だけでの話で、X社側の生身の人間が私に電話をかけてきたわけではない。
「コミュニティノート協力者コミュニティ」(ややこしい)の中では、私はまだ新米扱いで、いきなり自分でコミュニティノートを書けるわけではない。今許されていることは、他の協力者が起案したコミュニティノート案に対し、「役に立った」「少し役に立った」「役に立たなかった」の三段階で評価し、その理由を複数回答チェックボックス式で答えるということだけである。このアクティビティで「功徳」を積み、評価ポイントなる数値が5に達すると、晴れてコミュニティノートの執筆が許される立場になる、という仕組みらしい。このポイントは、ノート作成権限が与えられたのちも、自ら作成するノートが他の協力者や一般ユーザーにどう評価されるかによって変動しうるので、真面目にやっていないと執筆権剥奪もありうる。
以下、現時点での感想をメモ代わりに記すが、他の「コミュニティノート作成に協力したい」と考えていらっしゃる各位や、「そもそもコミュニティノートって実際どうなの?」といぶかる各位にも、ある程度は資する部分があることを期待する。
協力者は全員コードネームで呼ばれる。そのため実際のTwitterユーザIDなどとは第三者からは紐づけられないが、どのコードネームの人がどういうコミュニティノートを書き、またどういうコミュニティノートをどう評価しているか、という点に関しては、協力者コミュニティ内では完全に可視化される。
また、コミュニティノート採用に至るまでの仕組みは、単なる協力者コミュニティ内での多数決ではなく、「異なる立場に立っていると思われる複数の協力者から賛同を得ること」が必要となるように設計されている。このように、ある特定界隈に協力者コミュニティが乗っ取られるような事態を、仕組みで防いでいるのである。
概して、近年のXの荒れようから見ると不釣り合いに見えるくらい、堅牢性の高い仕組みだと感じた。
もちろん私がX社より与えられたコードネームをここで公表することはしないが、英単語3語で構成される、意味のあるようなないようなコードネームを付与され、それが自分のアイデンティティを指し示す唯一の鍵として扱われる、というのは、エージェント感が半端なく、個人的にはまあまあ楽しく思えた。
今のところ、日本語及び英語で書かれたコミュニティノート案のうち、自分の知識で適切性が確認できるものしか評価していないが(それが協力者に求められる誠実性だと信じる)、とにかく世にあふれるひどいツイートは本当にひどい。原口一博やASKAなどの有名人に連なる反ワクチン関連の誤情報、インド某所で拷問を受ける女性の生々しい動画(これは私の知識不足で真偽が判然としなかったため評価はしなかった)、ギャンブルサイトに暗に誘導するツイート(※X利用規約違反)、頭おかしいエロ動画ツイート、などなど。
これは、精神が脆い人はやられてしまう可能性がある。急性ニンジャリアリティショックに勝るとも劣らないショックを受けてしまう可能性がある。アイエエエ!ナンデ?クソツイートナンデ!?
協力者自身の心身がイカれてしまっては元も子もないので、各協力者は、自分の心身のキャパシティというものを見極め、適度な距離感を持って、過度な義務感に苛まれることなく、この協力者コミュニティと(ひいてはXと)付き合っていく必要があると思われる。
これは本当に正直な感想。「査読」を通って世に出たコミュニティノートは、概して客観的な事実の提示に徹し、主観的な表現をなるべく遠ざけ、かつ言語表現として分かりやすいものになっている。他方、私がこれまで見てきた「査読」待ちのコミュニティノートには、引用しているソースが片手落ちだったり、表現が主観的だったり(陰謀論と思われるものを「陰謀論です」と断定してしまっているなど……気持ちは分かるが、そう書いてしまったら客観性がガクッと落ちる)、要点を外していたり、あるいは単に読みにくかったり、というものがかなり散見される。いきおい、「少し役に立った」という評価がどうしても多くなる。
したがって、一般Xユーザの各位におかれては、時々X上で目にするコミュニティノートはこのような「査読」のような仕組みをクリアしたものであるので、もちろん頭から盲信する必要はないが、目にしたらまずは一読することをお勧めする。
男オタクの界隈では「長門は俺の嫁!」みたいな事言って痛車作ったりするような俺嫁的ムーブする人はほぼ00年代末には絶滅してて、どっちかというとその精神性は女オタクが10年代半ばごろに一般化させた「推し活」とかいう言葉に引き継がれた。
今のオタクは男女問わず好きなキャラをヌルく可愛がったりちょろっと課金する程度でも「推し」を自称できるハードルの低いものになった
10年代オタクの使う「推し」ほどは金や時間や熱意をかけてとにかくキャラ関連のすべてを摂取しまくるハードコアな推しアクティビティの印象はなくなった
なので「俺の嫁」を乗り換えるという表現はちょっと肌感覚と合わなくなっているな
そこまでの温度感はないが、普通にいろんなコンテンツに触れて普通にいろんなキャラを好きになるだけ。常軌を逸した執着性はオタク界隈から薄れつつある
その背景にあるのはSNSの普及により他コンテンツへの接触機会を増やしたシェア文化で、その方面で適応力の高かったゲーム系IPは特に「みんなのコンテンツ」度が増した
利用者が日に日に減っている。全体的な伸び率を見てもイーロンショックは凄まじい感じがする。仕様変更も酷いが、強制広告は利用者が減る合図かもしれない。斜陽もいいとこなので未来が無い。近く崩壊するのでは?
広告により利用者が激減したところ。が各SNSの利用者を考えても力は強く、外資系に勤める人なら利用したほうがいい。日本で使うのは高齢者が多い。圧倒的世界一位なのに日本では全然なのは文化的違いだろう。
仕様変更により相当使いづらくなった。あえて悪くしてThreadsに流すためだろうと考える。Instagram自体のアクティビティも減っている。Instagramから自動的にアカウントを作成できるので爆発的に伸びはしたが、Threadsも伸び悩んでいる感じ。Threadsはどうも日本では主婦の学級会の新たな場になっている模様。
安定して伸ばしている。投げ銭やサロン系が増えた感じでトラブルが心配。シニア層もかなりが利用しはじめた様子。やはり黒柳徹子と上沼恵美子チャンネルのおかげ?(※超個人的意見)YouTubeMusic(笑)
安定して伸ばしている。気になるのは使用できない楽曲が増えたこと。大手レコード会社がTikTok利用にNGを出した影響なのだろう。トランプ政権になったのでTikTok運営が解放される気がする(児ポ関係でぶっ叩かれてた)
漫画を見ていても「メールする」が「LINEする」に変わったように日本では一般化した。LINE VOOM LIVEの伸びが凄くて、映画の舞台挨拶配信などにも使われているがYouTubeかそれ以上に再生されることもある。ショート動画にも参入しているが安全性の面で不安は残るので、今後に関しては国の対応次第な気がしている。
長年各コミュニティを築いてきたが、その閉鎖性によりX不具合の受け皿になりきれない部分が多く、ユーザーが一瞬増えてもまた落ち着いてしまうループから抜け出せずにいるようだ。他SNSも大体このループに陥っている印象。
まだ2月に正式公開したところ。明らかにこの上位陣の利用者には追いついていない、が成長速度はThreadsを超えていま一番勢いがあるSNS。AI等で移動が話題になったが、それよりもXの不具合でその度伸びている感じはある。最初の転機はブラジルのX利用禁止令だった(今は解除)。その次はアメリカ選挙でのトランプ勝利。イーロン抜擢。その日から毎日100万人増えるような状態になっている。利用者1億人くらいは直ぐかもしれない。元はツイッターの企画だったことはあまり知られていない。
他タイッツーやミスキーなどに触れようと思ったが、利用者数に関しては上記に足元にも及ばず、及ぶこともないと思うが、しかし応援する価値はあると思っており、あえて指摘はしないでおく。SNSはたくさんあっていいと思う。一極集中すれば思想操作も簡単になる。
同僚に子どもが生まれた。しばらくは子どもがかわいいと浮かれていたが、ここのところは愚痴っている。思ってたんと違って嫁の親が孫の面倒をあまり見てくれない、と。
そんで嫁の親はおかしいのだろうか? 関わってみるといい人だが癖が強いようにも思えるのだが、なんて同僚は言う。嫁が出産入院している間、同僚宅に泊まり込みで家事をしてくれたというお義母さんに対してその言い草だ。
同僚は平時から被害者意識が強く、こいつにかかればどんな人でもちょっとした失敗や性格の瑕疵などのために悪人とされてしまう。なので同僚に真正面から物を言うと面倒臭い事にしかならんから、同僚の言うお義母さんの悪口、同僚の嫁が同僚にこぼしたお義母さんの悪口を、自分はふーん、それはやだねぇ、なんてゆるふわに流すに留めたが、おそらくそういう自分にとっては当たり障りない対応も同僚には気分次第で冷たい奴だなんだと悪く取られていることだろう。
ともあれ、自分が思うに同僚のお義母さんはわりとふつーだ。シンプルにもう年だから疲れてんだよ。赤ん坊の面倒みれるほど体力有り余ってねえの。
世の中の人達は軽率に子育てするのに親を頼れっていうが。それは自分自身がまだ10代や20代前半の若くて未熟な時ならば通用するけれど、三十路を超えたら通用し難い。自分がそれなり歳を重ねていると同時に親ももういい歳である。時代が時代なら子供夫婦に生活の保障をしてもらって、盆栽とかお茶とか体力の要らない遊びをしてのんびり暮らす歳だ。
そういうじーさんばーさんに今から孫の面倒お願い! っていうのはなかなか酷なことだぞ。たとえて言うなら既に一度退役した老兵を少年兵のサポートをするためにまた戦地に送り込むようなもの。倫理的にも微妙だ。だってじーさんばーさんは若い頃に頑張ったんだから。それ以上頑張れっていうのか。いつまで頑張り続ければいけないのか。
という訳だから。今時はじーさんばーさんも気持ち的には孫の面倒を見るとか可愛い娘息子のために色々してやりたいと思ってるらしいし言うけど、いざ実行しようとするとどう頑張っても体力が追いつかんなんてことになる。
それでも孫の面倒を見てもらっている現役父母というのはいるものだが、老いてますますバリバリ元気なスーパーおじいちゃんおばあちゃんに恵まれたのでない限り、内情はエンタメとしての「孫育て」という名のアクティビティを楽しんで貰う為に下準備や根回しを用意周到にしてやっと実現させているのではないだろうか。おじいちゃんおばあちゃんに孫を見てもらったおかげで束の間の休息を得たり多忙なスケジュールを何とか乗り越えることが出来た。けど、すっごい疲れたナー。とか思ったりなどして。
自分が二十代の終わりくらいの時、久しぶりに自分の両親や昔よくしてくれた親戚のおじおばや近所の年寄りに会う度にちょっとびっくりさせられたことがある。昔は自分の話をうんうんと何でも聴いてくれた大人達が、今となってはこっちが会話をリードしてくれるのを笑顔だがずーっと待っている。みんなそうするのだ。その時自分はもう甘える様な歳じゃなくて、この人たちを支えて行かなきゃいけないんだとしみじみ思った。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
寒暖差に関する会話が多く、朝晩の温度差が驚きとして共有されました。
食事や体温調節の重要性が話題になり、健康管理への関心が伺えます。
うどんやラーメンなどの日本食が多く取り上げられ、特に資さんうどんや家系ラーメンに対する意見交換が行われました。
カレーうどんやおでん、パン(神戸屋など)についての感想もあり、食事の写真共有も活発でした。
ローソンのシュークリームや新京極での食事体験の報告が印象的です。
LUUPや自転車の使い勝手、マイクロモビリティの話題があり、特に高齢者向け支援の必要性が議論されました。
最近参加した展示会やイベント(シーテック、国際航空宇宙展)の体験が共有されました。
新しい趣味として銭湯巡りや筋トレ、ゲームの話題も盛り上がりました。
リラックマのアニメ化やRADWIMPSのTシャツ、ドラゴンボールの声優変更など音楽やアニメの話題が多く登場しました。
スチームゲームやVR Chatへの興味が示され、カービィカフェの予約の難しさも話されました。
広告の寡占や不満、投資詐欺の話題があり、資源ごみや捕鯨など社会的な問題に関する意見も交換されました。
選挙や在宅勤務の話題も挙がり、選挙カーの音への不満が共有されました。
同窓会や友人との再会に関する感想が語られ、連絡が途絶えた友人についての寂しさが表現されました。
「孤独」や「寄り添い文学」についての考察も見られ、個人の内面に関する意見が共有されました。
iPadの値下がりやシャオミ製品の配送予告に関する話題があり、Amazonのセール情報も共有されました。
PCの磁石に関する疑問や、ジョーカーの映画感想が印象的でした。
この1週間の会話は、食べ物や日常生活、趣味、社会問題など幅広いテーマにわたり、カジュアルで活発な情報交換が行われていました。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249