はてなキーワード: ソウルとは
インターネットは世界中に広がる膨大な情報ネットワークだけど、あたかも東京のように、ひとつの巨大な都市が存在するかのような側面を持っている、と言えるかもしれない。ここでは、「インターネットは東京か?」という問いを軸に、デジタル時代の現実と幻想、そして物理的な都市と仮想空間の関係性について考察してみるよ!
まず、東京は日本の経済、文化、テクノロジーの中心地として長い歴史を持っている。大企業の本社、クリエイティブなスタートアップ、最新のIT企業がひしめくこの都市は、世界に向けた発信力も抜群。インターネット上の情報やサービスの多くが、東京で生み出され、グローバルに展開されている現実は、まさに「東京=情報のハブ」というイメージを強くするよね。だから、「インターネットは東京か?」という問いは、ある意味、東京が国内外のデジタルイノベーションの中枢であるという事実を反映しているとも言えるの。
次に、インターネットの特性はその分散性にあるはずなのに、現実には大企業やプラットフォームの多くが、東京という物理的な拠点を持っている。たとえば、SNSやECサイト、メディア企業の多くは東京にオフィスを構え、そこで開発・運営が行われている。東京は、単なる行政や経済の中心地だけでなく、最新技術や人材が集まる「ネットの現実世界」としての役割を果たしているの。ここで生み出されたコンテンツやサービスは、瞬く間に世界中に広がり、私たちの日常に溶け込んでいる。つまり、デジタルの発展と現実の都市機能は、密接にリンクしているんだよね!
また、東京は文化の発信地としても注目される。流行の最先端、ファッション、アニメ、音楽、グルメなど、多様なカルチャーが交錯する場所として、インターネット上でも大きな影響力を持っている。たとえば、SNSや動画配信サービス、ブログなどを通じて、東京発のトレンドが瞬時に世界に拡散される様子は、まるで東京という巨大な仮想空間が存在しているかのよう。デジタル世代の若者たちは、東京のエネルギーに触発され、ネット上でそのカルチャーを享受しながら、新たな価値観やライフスタイルを創造しているんだ。そう考えると、インターネットは、まさに「東京精神」が具現化された、現代のデジタル都市とも言えるかもしれない。
一方で、インターネット自体は本来、国境や物理的な距離に縛られないグローバルなネットワークだという点も忘れてはならない。インターネットは、情報が自由に行き交い、誰もが平等にアクセスできる世界を目指す理念のもとに発展してきた。だから、「インターネットは東京か?」という問いは、あくまで比喩的な意味合いを持つ。実際には、シリコンバレー、ロンドン、ソウル、深圳といった世界各地にも、デジタルイノベーションを牽引する都市が存在する。東京が日本におけるデジタルの中心であることは確かだけど、インターネットの真の強みは、その多様性と分散性にあるという現実も無視できないの。
さらに、少子高齢化や経済のグローバル化が進む現代において、東京の持つ「圧倒的な情報発信力」や「文化的な集中力」は、将来的な都市の在り方にも大きな示唆を与えている。例えば、東京で生み出されたデジタルコンテンツやサービスが、国内外の市場で高い評価を受ける一方、地方では人口減少や経済的な停滞が課題となっている。このギャップは、デジタル時代における地域間の格差問題を浮き彫りにする。しかし、インターネットの普及によって、地方でも世界中の情報やサービスにアクセスできるようになった現在、物理的な距離と情報の距離は必ずしも一致しなくなっているの。つまり、インターネットは、東京という中心都市の存在を補完するかのように、地方の可能性も引き出すツールとなりうるのだよね。
また、インターネット上のコミュニティやSNSでは、東京に住んでいなくても、東京発のトレンドや文化に共感する人たちが多数存在する。これにより、仮想空間上では「東京」が一つのブランドや象徴として機能し、物理的な場所にとらわれない新たな都市感覚が生み出されている。たとえば、オンラインイベントやデジタルコンテンツの配信を通じて、全国、さらには世界中の人々が東京の最新トレンドにアクセスし、同じ価値観を共有している現実は、インターネットが「東京」を再現しているとも捉えられる。これこそ、デジタル時代の新しい都市の在り方なのかもしれないね!
そして、もう一つ大切な点は、インターネットの発展が東京の都市機能に与える影響だ。現在、東京ではスマートシティやIoT、AI技術が急速に進展しており、都市全体がデジタル化されつつある。この流れは、従来のアナログな都市機能を劇的に変革し、効率的で快適な生活環境を実現するための基盤となっている。結果として、東京はデジタルとリアルが融合した新しい都市モデルとして、世界中の注目を集めている。この現象は、インターネットが単なる情報伝達手段に留まらず、都市そのものを進化させる原動力になっているという証拠とも言えるんだ。
総じて、「インターネットは東京か?」という問いは、現実世界における都市の集中と、仮想空間における分散性との間に存在するパラドックスを浮かび上がらせるテーマである。東京は、歴史的、文化的、経済的な背景から、日本におけるデジタルの中心地としての役割を果たしている一方で、インターネットの本来の理想――すなわち、国境や物理的な制約を超えた自由な情報流通――を体現する場でもある。つまり、インターネットの発展は、東京という物理的な都市と、世界中に広がるデジタルネットワークの双方が相互補完しあう形で進むべきものであり、どちらか一方に偏るものではないという結論にたどり着くのだ。
未来に向けて、東京は引き続きデジタルイノベーションの最前線として輝くだろう。しかし、同時に、インターネットは地方や他のグローバル都市とも連携しながら、より多様で柔軟な社会を実現するための基盤となっていく。だからこそ、「インターネットは東京か?」という問いは、単なる比喩以上の意味を持ち、私たちがこれからどのように都市とデジタルの融合を進め、豊かな未来を築いていくかを考えるための重要な示唆となるのだよ!
B'zダサい論争が一部で話題になっていたが、主に90年代サブカルとか渋谷系からの視点で語られているようなので、90年代当時のハード・ロックとヘヴィ・メタル(HR/HM)好きから見た当時の状況を交えて今思うことを殴り書きしてみる。
本題の前に殴り書きの趣旨を書いておくと、唐突だがみうらじゅんは昔から「キーポン」、つまり「keep on」が重要だと主張している。そして「keep on」の次に何が来るかは重要ではないともいっていた(と記憶している)。「マイブーム」を一般名詞にまで浸透させ、一大産業に発展した「ゆるキャラ」の名付け親でありながら「ゆるキャラ」にとどまることなく意味のない「マイブーム」を続けているみうらじゅんが主張していることだから説得力があるともいえるが、個人的にも今強くそう感じるようになっている。学生時代から主に音楽の面でサブカル界隈をそれとなくフォローしてきた身として、今現在そう感じている内容を整理してみたい。
兄が学生時代にハード・ロックのコピーバンドをやっていてそのコピー曲を聴いていた流れで、『Burrn!』誌で酒井康の紙面アジテーションに感化されてヘヴィ・メタルにハマり込んでいた。酒井康がしきりに「世界で最も売れたアルバムはビートルズでもなくディープ・パープルの「Machine Head」だ」と連呼するのを真に受けていたし、ディープ・パープルのライバルであり洋楽ロックが専門の渋谷陽一が好きなレッド・ツェッペリンはヘヴィ・メタルとは違う「軟弱」なハード・ロックに思えた(なお「Machine Head」は80年代当時最も売れていたかもしれませんが2020年代の歴代アルバム売上ランキングではトップ100にも入っていないようですね)。
その一方で『Burrn!』誌創刊とほぼ同時期に刊行された伊藤政則『ヘヴィ・メタルの逆襲』を繰り返し読みながら、(まあ当然の話ではあるが)ビートルズやローリング・ストーンズなどの有名どころのほかに80年代には名前も聞いたことのないバンドが60年代から70年代のブリティッシュロック興隆期に活躍していたことを知った。
そうして大まかな流れをつかみながら実際に曲を聴いたりしてみると、80年代当時の音楽シーンから見るとメロディー、音質、演奏テクニックも古臭くて長く残るようなものじゃないなと納得することが多かった(これはもちろん80年代当時の感覚であって、80年代の音楽はまた別の意味で古臭くて長く残るようなものはむしろ少なそうですけどね)。
その後90年代に大学のHR/HM寄りの軽音サークルに入り、幅広く音楽を聴いているサークル仲間に教えてもらって普段テレビやラジオで流れる以外の音楽の世界にも触れようになると、音楽性もさることながら長く音楽活動を続けることこそが一番の評価軸になるのではないかと思うようになった。もちろん、長く続けてればいいということではなく、当時の社会、文化情勢で受容される音楽が変わる以上長く続けるかどうかは結果論でたまたまかもしれないし、今聴いている音楽も後世に残るのはわずかなのだろうなどとも思いながら、結局同じスタイルやコンセプトで続けることがその音楽性を唯一無二のものとしていくのだなと実感するようになったのである。
その時期はまた、80年代にHR/HMのギタリストとして『Young Guitar』誌にも登場していた松本孝弘がB'zというよくわからないユニットを結成し、その曲がテレビ主題歌やCMでバンバン流れるようになっていて、軽音サークルでは総じて「松本孝弘が魂を売った」と批判的だった。一方で「イカ天」からイロモノ的にデビューした人間椅子は地道にアルバムを出し続けていて、サークルの後輩がコピーバンドを組んだりしてライブでは大いに盛り上がっていた。
長く音楽活動を続けることこそが一番の評価軸になるというのを身にしみて感じるようになったのはアラフィフになったここ数年である。そのきっかけはいくつかあるが、音楽でいえば人間椅子が2010年代にSNSで海外からも評価されるようになり、オズフェストに出演したり海外でツアーを実施したりするまでにブレイクしたことである。少しずつ変遷しつつもコンセプチュアルなルックスや江戸川乱歩や太宰治を強く意識した歌詞と3ピースのハードロックという音楽性は一貫しており、海外から高く評価されるようになっているのを知ったときはなんとなく嬉しい気持ちになった。個人的にそこまで熱心なファンではないが、「ヘヴィ・メタルの逆襲」といえば伊藤政則ではなく人間椅子というHR/HM好きも多いだろうし、青森のローカルテレビ番組で披露していたキング・クリムゾンの「21st Century Schizoid Man(21世紀の精神○常者)」や「Lark's Tongues In Aspic Part2(太陽と戦慄パート2)」の完コピには感動したものである。
なお余談だが、人間椅子の曲がディープ・パープルではなくブラック・サバスに影響されたものであることも長く活動を継続できた理由のひとつであろう。個人的な感覚ではあるものの、ディープ・パープルは今となっては古いロックの定番としてなら聴けるが70年代という時代でしか通じない遺物に感じてしまう。奇しくも酒井康が80年代中ごろにディープ・パープルの影響を誇示していたように、同時代とそのフォロワーにのみ影響を与えたバンドだったのではないかと思われる(重要なバンドではないということではなく時代によって評価が変わりやすいという趣旨です。為念)。
そして人間椅子とは対照的だが、2024年の紅白歌合戦でサプライズゲストとして登場したB'zもまた、活動を継続することで唯一無二のポジションを獲得している。2024年放送のNHK「Songs」で松本孝弘自身が語った話では、80年代から浜田麻里やTM Networkなどのサポートギタリストとして活動しながら、その活動に限界を感じて自分のバンドを結成しようとメンバーを探していたところ、所属事務所のボイトレに通っていた稲葉浩志を紹介されて88年に結成したのがB'zだった(大意)とのこと。
松本孝弘が感じた「限界」がどのようなものかまでは深く語られなかったが、80年代中盤以降アメリカではLAメタルが全盛期でトップチャートを賑わせていて日本からもラウドネスが進出する一方、国内では聖飢魔Ⅱがテレビの歌番組で活躍していたり浜田麻里がソウル・オリンピックのNHKイメージソングを歌っていた時代である。あくまで個人的な記憶だが、もしかすると日本でもHR/HMからメジャーバンドが生まれるのではないかくらいの勢いはあったと思う。
しかし松本孝弘は、NHK「Songs」で子供のころに聴いていたテレビ主題歌や歌謡曲が好きだったとも話しており、その勢いそのものに「限界」を感じていたのだろう。つまりガンズやメタリカのようにHR/HMをそれとして打ち出すのではなく、テレビ主題歌や歌謡曲としてテレビで普通に流れるものに落とし込まなければメジャーになれないと考えていたのではないか。そしてその目論見は、現在まで長く活動を続けて唯一無二のポジションを獲得した松本孝弘にとって正しかったというほかない。
(というと「日本HR/HMのモンスターバンドならX Japanがいるだろ!」との意見もあると思いますが、HR/HM好きからするとX Japanはドラムとベースは申し分ないもののボーカルとギターの要素が不足していて、ルックスからもビジュアル系と認識してしまうんですよね。)
B'zのモンスターぶりは特に売上で際立つ。それはやはりB'zの所属事務所ビーイングによるところが大きいと思われる。ビーイングを創設した長戸大幸は吉田拓郎に憧れて上京し、歌謡曲でヒットを連発していた阿久悠とも交友関係があったとのことで、その事務所の方針と松本孝弘の考えがあいまってB'zは着実に売上を伸ばしていった。
B'zはボーカルとギターという最小限のユニットを活かしてデジタルな音源を取り入れ、洋の東西を問わずその時々のヒットチャートや古いロックを取り込んだものとなっている。たとえばツェッペリンやエアロスミスなどの洋楽ハードロックをモロパクリするところなどは、同じく洋楽を強く意識してパクリも辞さなかった(というより積極的にパクった)昭和歌謡曲の路線を忠実に踏襲していることが伺われる。当時から「パクリではなくオマージュだ」という擁護はあったものの、現在では結局それも擁護というよりB'zのテクニックや解釈への正当な評価と認識されるようになっている。これもまた長く活動を継続したことの成果である。
ただし、人間椅子もいわばブラック・サバスのパクリだし、アメリカ、イギリスを中心とした洋楽への憧れがあって独自に解釈した結果が音楽性に反映しているという点はほぼすべての日本(というより非アメリカ、イギリス圏)のバンドに共通しているだろう。B'zがほかのバンドより批判されやすいのは、良く言えば今風のフレーズに古今東西のメロディーを織り交ぜる昭和歌謡曲路線を踏襲しているから、悪く言えばほかのアーティストの有名フレーズのみならずあまり有名じゃない曲のメロディーまで一部ではなく全編に隠すことなく入れ込みながらも知っているとニヤリとするどころかなんでそこまでまるまる?と思うくらいパクり方に節操がないと感じられる(※個人の感想です)からという程度である。
HR/HMのギタリストだった松本孝弘を知っているHR/HM好き(自分もその一人)からは主に昭和歌謡曲的パクリについて反感を買っていたが、ミリオンセラーの前にはそんな一部のマニアの批判など無力である。むしろそんな批判を松本孝弘が聞いても「だからHR/HMでは限界なんだよ」という思いを強くしただけだろう。その意味では、人間椅子とB'zを比較すること自体がHR/HMの限界を如実に表しているともいえる。人間椅子がブレイクしたといってもB'zのように単独アリーナツアーをすることはないし、和嶋慎治がギブソンからシグネーチャーモデルのSGを送られることもおそらくない。売れるバンドになることが目的ならB'zの方向こそが目指すべきものであり、人間椅子の方向は長く困難で実入りの少ないいばらの道が続く。
さらに余談だが、ブリティッシュ・ロックを出自としながら時代に応じて曲調もルックスも変えて長く活動を続けているのがローリング・ストーンズである。ストーンズもまたデビュー当時からパクリとの批判が大きかったが、次第にオリジナリティが認められていった。B'zはローリング・ストーンズの手法にも学んでいるのかもしれない。
もちろん、この文章には若干の皮肉を込めている。ただしそれはあくまで若干であり、残りの大部分は長く活動を継続したことに対する私なりの敬服である。
音楽マーケットはあくまで「市場」であり、売上こそが正義である。パクリでもなんでも売れ続けることによって批判は称賛に変わり、その音楽性や演奏力といった音楽という表現方法が内包する軸とは別に、売上という別個の軸が評価基準として自己実現する。B'z以前から日本の歌謡曲は洋楽のパクリとして始まっており、これは日本のみならずアメリカ、イギリスの影響を受けた音楽マーケットを持つ国でも同様であろう。なんなら上記のとおりローリング・ストーンズに限らずアメリカ、イギリスでもパクリ(盗作)をめぐっては訴訟だらけである。ここで「パクリ」の定義に踏み込む余裕はないが、どのように定義するにせよパクリを否定することは売上によって成り立つ現在の音楽マーケットそのものを否定することになり、現実的ではない。
ここまで読んでいただければお分かりだと思うが、この文章は人間椅子の方向に面白さを感じる人間が書いている。「keep on」の次に何が来るかは重要ではないかもしれないが、それによって得るものは時代や人間関係などの環境や運によって大きく異なり、おそらくそれは本人が意図的に選ぶことはできない。その現実のどうしようもなさに対して諦念するほかないのである。
人間椅子とB'zは個人的に対比しやすいから取り上げただけであり、売上がギネス認定されたB'zを一方の頂点とすることはできるかもしれないが、人間椅子はその他のバンドの一つに過ぎない。売上ではB'zに及ばずとも単独でアリーナツアーできるバンドやミュージシャンはそれなりにいるし、人間椅子のような活動の積み重ねを前提として運よくブレイクしたバンドも探せばそれなりにいるだろう。明確な売れ筋狙いが功を奏した場合もあれば、愚直に一つのスタイルを貫くことが評価される場合もあるというだけの話である。いずれの場合にせよ長く続けて評価されるためには、その水準を満たす表現力や演奏力などの本人の能力はもちろん、各関係者との良好な協力関係などの制作体制、そして固定ファン層を安定して構築することこそが重要である。
長く続けること自体が本人や関係者、ファン層のそれぞれの厳しい条件をクリアしてようやく成立するものであり、さらにそれが売上などで評価されるかは時代や社会情勢によって変わってしまうという現実に対しては諦念するほかはないが、それを実現したB'zとその関係者、さらにファン層にもやはり敬服するほかないというのがとりあえずの結論。
参考
https://yamdas.hatenablog.com/entry/20250106/being-sibuya
韓国の人口学者たちが「少子化への分岐点になった年」とする2015年は、若年層に「スプーン階級論」が広がった時期と合致する。
「スプーン階級論」とは、韓国は表向きには身分の差別がなく、本人の努力などによって階層間の移動が自由な社会だが、実際には生まれる時に口にくわえて出てくるスプーン(親の経済力)によって階級が決まる「新世襲社会」であるという主張だ。
その階層は、富裕層の「金のスプーン」から「銀のスプーン」「銅のスプーン」「土のスプーン」にまで分類される。
土のスプーンをくわえて生まれた最下層の若者は、いくら努力しても越えられない階層間の障壁が存在することに気づき、絶望感に苛(さいな)まれる。
恋愛・結婚・出産・マイホーム・人間関係・夢・就職の7つを放棄せざるを得ない世代という意味だ。
もし自分たち夫婦の息子もしくは娘が「七放世代」になるとすれば、子供を作りたいと思うだろうか?
「北朝鮮より子供の数が少ない」「世界で最も子供を産まない国」韓国“超少子化地獄”のリアル《ソウルの出生率は0.55》(文春オンライン) - Yahoo!ニュース
さすが兄の国
なんて話題が出てますが、結局のところ記事中にもあるように「求める品質に達するため」のその求める品質をどこに引くか、だけの話でしかないハズ。
https://automaton-media.com/articles/newsjp/black-myth-wukong-xbox-20250106-324331/
例えば同様に Unreal Engine 5 を採用しPC版の最低要件が「メモリー: 16 GB RAM」である S.T.A.L.K.E.R. 2 では、
フツーにPC/XSX/XSS同時発売で、XSS版もなんの問題もなく動いてるのだから、一般論としては「ビジュアル品質さえ調整すればいける」ハズでしかない。
※S.T.A.L.K.E.R. 2 自体がまだ細かいバグがいっぱい残ってるって話はまた別の話
なお S.T.A.L.K.E.R. 2 XSX版では30fpsターゲットのクオリティモードと60fpsターゲットのパフォーマンスモードがあり、
XSS版では現在30fpsターゲットのモードのみが提供されているが、当然こういうのも「調整」の一つ。
また、UE5の特性として「lumenやnanite等を使うととにかくCPUヘビー」というのがあり、
PC版で RTX4060Ti + 32GB という環境であっても、CPUが Core i7-8700(6C12T)だと
描画設定全て低、FullHD の設定ですら CPU バウンドで精々30fps~45fps程度しか出ない。
その意味ではXSX版のパフォーマンスモードで(NPCの多数いる拠点以外は)ほぼ60fps出てるのは賞賛に値する。
(CPU的には8C16Tなので↑の環境より上ってことになる)
XSXとXSSでCPUパワーはほぼ変わらないので、流石にこのあたりは動作の根幹に関わり、
かつ調整(スケーリング)が難しい部分だというのを良く分かっている。
「黒神話:悟空」に話を戻すと、こちらもUE5タイトルなので、lumenの重さは仕方ないにしても、
ジオメトリの詳細度は nanite であればそれこそ無段階LoDに等しいのだからいくらでも荒く出来るはずなのと、
最悪でも「ランタイムでのnaniteの利用をやめてフォールバックメッシュで済ます」という手はUE5自身がサポートしているはず。
ということで「見た目」に目をつぶればジオメトリでのメモリ使用量はかなり削減可能であろう。
同じ事はテクスチャにも言えて、こちらも最悪は「XSS用には荒いテクスチャを用意」すればどうにでもなるのと、
荒いテクスチャを用意するというのは普通であれば4Kテクスチャからmipmapを作成するときに勝手に作られるので
そこまで手間ヒマがかかるもんでもない。(オーサリングツールがやってくれる範疇)
あと長くなってきたので割愛しますが lumen もCPUヘビーであると同時にかなりメモリも食う仕組みだけど、
とにかく色々妥協すればメモリ使用量は削減可能(スケーラブル)ではある。
https://www.docswell.com/s/EpicGamesJapan/51NY7K-UE_CEDEC2022_CitySampleRenderingOptimize
ということで、「なるべくビジュアル品質を保ったままXSSに最適化するには」という部分で
「ビジュアル品質にかなり拘っている」という話なんだろうな、と思っています。
(実際、黒神話:悟空が最初からかなりそこをアピールしているタイトルだし)
(※そしてこの手の中華ソウルライクって実は「そこを除けば」本家越えしてない場合が多くて、だからそこをスポイルしちゃうと…という話はまた別の話なので…ごにょごにょ…)
どっちかというとそういうリニアに調整可能な部分より、S.T.A.L.K.E.R. 2 の A-Life みたいな、
シミューレションなのであまり要素数を減らしすぎると成立しなくなる…みたいなやつの方がメモリ問題としてはクリティカルなはず。
そういうわけで A-life 2.0 が早くフル実装されないかなーとワクテカしながら毎晩のようにゾーンを彷徨っている増田でした。
(結局ほぼSTALKER2の話しかしてねえ!)
若い頃洋楽好きとして生きていた身からするとB`zが昔ダサかったというのは若干?となる。
確かに小室サウンドやビーイング系ってダサいなというイメージはあったけど、B`zに関してはそもそもの楽曲クオリティが高くやや異質だった。
デビュー当初こそ肩の張ったスーツで、サウンドもギターはあんまりフューチャーされてなくてユーロビート風なアレンジだったが、稲葉の歌唱法や楽曲のセンスなどはいかにも洋楽的でもあった。
またこの時期はまだ90年代で、B`zの第一期という感じがする。
そんな中、自分がハッキリとB`zを格が違うと感じたのはウルトラソウルを聞いたときだった。
最初聞いた時はこれはもう戦隊モノの主題歌じゃないかと思ったんだけど、それは悪い意味ではなくてとにかくインパクトがすごすぎて驚愕したのを覚えてる。
ウールトラッソウル!ハイッ!に関してはもう日本人なら誰でも気持ちよくなってしまう琴線に触れる要素にあふれていて、B`zここに極まれしという感動すらあった。
ちなみに自分が最もB`zがダサいと思ったのは稲葉が短パンを履き出した時期で、いやあまりにもガンズに影響受けすぎだろと引いたのを記憶してる。
B`zもそんな感じだし、あの頃のムードというのは洋楽好きといっても日本のミュージシャンに興味がまったくないというほど分断していなかったと思う。
それは小室サウンド主流の時代ではあったけど、同時にバンドブームの生き残りが幅を効かせていた時代でもあり、
奥田民生、ミスチル、ジュディマリから開放されたYUKIなど彼らは売れに売れていて、洋楽好きにもリーチしまくっていた。
特に奥田民生はソロになってからパフィーのプロデュースなんかもしてたし時代を一番うまく捉えてたのかもしれない。
お前は洋楽好きといってもどうせあんま聞いてなかったんだろと言われるかもしれないが、
自分自身はグランジ~ブリットポップ系などバンド系からそのルーツを辿っていくような聞き方をしていて
自身でもバンドやったりもしてたし完全に洋楽志向、カラオケにみんなで行っても誰も歌う歌がないよね、みたいな感じだった。
強いて言えば洋楽的でありながら、はっぴいえんど的日本語ロックの系譜を継ぐサニーデイ・サービスあたりの下北・高円寺サウンドは受け入れやすい空気はあった。
そんな中である意味扱いが難しいというか、割と賛否分かれる形に一番なりやすかったのがフリッパーズ・ギター解散後のオザケンと小山田だったかもしれない。
フリッパーズは渋谷系と呼ばれることになる、洋楽の割とディープなとこからの要素が詰まりまくっており、しかも汗を感じさせないポップさで女子のハートを掴みまくっていた。
あっという間に解散したがオザケンはその後筒美京平など日本の歌謡曲、日本語詞への傾倒などもあって名曲をいくつも残すことにはなるんだけど、同時にその尖り方が尋常ではないのでフリッパーズの流れで聞いていた層には置いてきぼり感もあった気がする。
一方で小山田は洋楽志向がそのまま延長されていって、海外への活動にシフトしていったりしてどちらかというとこちらのほうが洋楽好き勢には馴染みやすかった。
この二人の方向性の違いはある意味で当時のメジャー音楽の時代感を表してるなあと思わなくもない。
00年代で忘れてはいけないのは宇多田ヒカルなんだけど、デビュー当初はモロにR&Bなサウンドであったこともあって洋楽好きとしては「新しさ」を感じる部分はそこまでなかった気がする。
またテレビなどで天才少女みたいな扱いで紹介されてる事も多くて、とにかくヘビロテされまくっていたので正直、ゴリ押し感も感じていた。
ただ曲の良さや独特なボーカルスタイルが際立っていたのは間違いない。
あまりにも洋楽的(今思えば歌詞はものすごく日本歌謡的なんだけど)なサウンドのせいか、むしろ洋楽好きが聞く日本のミュージシャンとしての割り切りにくさみたいなのもあった。
つまりビーイング系、小室サウンド好きな層にはより本格的な洋楽っぽいアーティストとしてアプローチできた一方で
自分には上辺の洋楽感を取り入れたJ-POPという見え方をしてしまっていて、なにが新しいのかよくわからなかった。(歌い方だけはなんか面白いなと思っていた)
ただ当時はユーロビート的な虚無感のある縦ノリが主流だったので、こういう横乗りな音楽が流行るのは嬉しいなとは思った記憶がある。
個人的に宇多田ヒカルのアーティストとしての唯一無二感を感じ始めたのはtravelingや光あたりでようやくといった感じ。
この辺は洋楽好きとしての偏見が目を曇らせていたんだなと感じたりもするので分断といえばそうも言えなくないか。
あとaikoも洋楽好きにも刺さったアーティストとして忘れてはいけない。楽曲のセンスがある意味宇多田ヒカルよりぐっとディープでもあり、かつ日本語詞が歌謡曲的でちょっと天才的だなと当時思った記憶がある。
椎名林檎はどうかというと、個人的には当時は一番毛嫌いしていた。なんていうかバンド好きの女の子が手当たり次第に洋楽を食い散らかしてますみたいな印象が強くて受け付けなかったのだ。
何年もしてから友達からもっぺんよく聞いてみろと言われて聞いてみたらめっちゃ良かったので、これも洋楽好きの悪いところが思い切り出てしまったパターンだと思う。
今となっては宇多田ヒカル、aiko、椎名林檎の中で一番聞いた回数は東京事変も含めれば椎名林檎が圧倒的に多い。
そんな感じで小室サウンドに代表されるJ-POP、アイドル系とは違った文脈で(もっと書こうと思えばサブカル系の流れもあるんだけど)
星野源の音楽は、ブラック・ミュージックからの影響を受けつつも、常に新しい音楽作りに挑戦しています。
彼の楽曲は、ポップ、ソウル、ゴスペルなど、幅広いジャンルにまたがっており、その多様性が大きな魅力となっています。
PC電源も同様に、様々な電圧(12V、5V、3Vなど)を供給し、異なるパーツに適した電力を提供する必要があります。
星野源の音楽は、複雑な社会への不安に抗しつつ、現実を豊かに彩るメッセージを含んでいます。
彼の楽曲は、聴く人に希望を与え、効率的に感動を伝える力を持っています。
高品質なPC電源、特に80PLUS認証を受けたものは、高い電源変換効率を誇ります。
これにより、電力の無駄を減らし、PCの安定動作と長寿命化に貢献します。
PC電源も技術革新を重ね、より高効率で静音性の高い製品が開発されています。
新しい規格や認証制度の導入により、常に性能向上が図られています。
両者とも、それぞれの分野で多様性、効率性、革新性を備えており、
内輪受けの為に事故を嘲笑してヘイト撒き散らすとかマジで終わってるだろ。元から「ガイジ」なんてスラング使って、誹謗中傷10年以上続けてる時点で終わってるが。前にも某人物名乗って「朝鮮人だ!殺せ!」ってツイートしてヘイト撒き散らしてたし、本当に倫理が終わってんな。
以下ソースと原文
https://n.news.naver.com/article/081/0003507415
済州航空旅客機事故が自分たちの仕業だと主張し、テロを予告するメールが法務部に届き、警察が捜査に乗り出した。
30日、警察によると、法務部のある職員は同日午前8時50分ごろ、「済州航空事故が自分たちの仕業だと主張する内容のメールを受け取った」と警察に通報した。
このメールには、「31日夜、韓国都心の複数の場所に高性能爆弾を爆発させる」という内容も含まれていたという。
日本語と英語などで作成されたこのメールは、「唐澤貴洋」という日本人の名前で送信された。
昨年8月、国内の公共施設などを対象に爆弾テロを予告する内容のメールを送った発信者もこの名前を使った。
当時、実名が唐澤貴洋である弁護士はソーシャルメディア(SNS)に「私の名前が無断で利用されているようだ」とし、過激派の犯行である可能性を提起したことがある。
ソウル警察庁サイバー捜査隊は、今回通報されたメールが同一犯の犯行である可能性も念頭に置き、既存の事件と併合捜査中だ。
警察は脅迫に備え、多人数集結施設と主要公共場所でのパトロールを強化し、万一の事態に備えた対応体制を点検している。特に、市民の安全を確保するため、不審な物品を見つけたらすぐに通報するよう呼びかけた。
またコイツらかよ。
内輪受けの為に事故を嘲笑してヘイト撒き散らすとかマジで終わってるだろ。元から「ガイジ」なんてスラング使って、誹謗中傷10年以上続けてる時点で終わってるが。前にも某人物名乗って「朝鮮人だ!殺せ!」ってツイートしてヘイト撒き散らしてたし、本当に倫理が終わってんな。
以下ソースと原文
https://n.news.naver.com/article/081/0003507415
済州航空旅客機事故が自分たちの仕業だと主張し、テロを予告するメールが法務部に届き、警察が捜査に乗り出した。
30日、警察によると、法務部のある職員は同日午前8時50分ごろ、「済州航空事故が自分たちの仕業だと主張する内容のメールを受け取った」と警察に通報した。
このメールには、「31日夜、韓国都心の複数の場所に高性能爆弾を爆発させる」という内容も含まれていたという。
日本語と英語などで作成されたこのメールは、「唐澤貴洋」という日本人の名前で送信された。
昨年8月、国内の公共施設などを対象に爆弾テロを予告する内容のメールを送った発信者もこの名前を使った。
当時、実名が唐澤貴洋である弁護士はソーシャルメディア(SNS)に「私の名前が無断で利用されているようだ」とし、過激派の犯行である可能性を提起したことがある。
ソウル警察庁サイバー捜査隊は、今回通報されたメールが同一犯の犯行である可能性も念頭に置き、既存の事件と併合捜査中だ。
警察は脅迫に備え、多人数集結施設と主要公共場所でのパトロールを強化し、万一の事態に備えた対応体制を点検している。特に、市民の安全を確保するため、不審な物品を見つけたらすぐに通報するよう呼びかけた。
中年が仕事に打ち込んできたもののタスク崩しは若手に委譲することになり、ふと周りを見ると家庭持ち。残された自分には何も無くて趣味だったコンテンツ消費(漫画、ゲーム、アニメ、YouTube、同人)も退屈に…みたいなパターンは何回も見た、そこでネットに何かいい趣味無い?みたいな書き込みをする。
おっさんが今さら一つの趣味に打ち込んだところで大成はしない、したところで誰も見向きもしない。年をとり経験を積んで賢く強くなったと思ったら大間違いだ。40過ぎた人間には何の力もない、ピアノを始めたとして5歳で修了するバイエルを終わらせることはできやしない。
だからもう色々やるしかないんだよ、アニメや漫画は話題のやつは必ず見ろ。ゲームも全ハードだけ買って大作だけやればいい、マジックザギャザリングはルールだけ覚えて3ヶ月に一度のプレリリースだけ出ろ。
毎日本を読め、お気に入りの作家を見つけようとか高尚なことはするな、平積みの話題作だけ読め。毎日なんて絶対無理だ、週3回ジムに行き30分マシントレーニングだけしろ。帰ったら1品だけ料理を作って米だけ焚け。
終わったらデュオリンゴで30分勉強しろ、仕事でパソコンを使うならPythonかVBAを勉強しろ、間違ってもCやRustはやるな。
日経か読売を読め、TOEICのスコアを上げろ、チョコザップに入れ、大河ドラマを見ろ、鬼滅を見ろ、呪術を見ろ、ゼルダの伝説をやれ、大谷翔平を見ろ、ワールドカップ決勝戦を見ろ、スーパーボウルを見ろ、ジャイアントの自転車で一番近い一級河川にサイクリングに行け、富士五湖にキャンプに行け、百名山を登れ、モーツァルトとマイルスデイビスとマイケルジャクソンを聞け、沖縄にダイビングに行け、北海道にスキーに行け、CB400SFに乗れ、インテルのCPUでPCを自作しろ、金閣寺に行け、通天閣に行け、東京スカイツリーに行け、ソウルに行け、ニューヨークに行け、パリに行け。
JRの車内広告みたいだろ?俺も自分で書いてて吐きそうになる、でも何もない人生よりも薄っぺらい人生の方がマシだよ。金がないなら良かったじゃないか、会社で頑張って働いて同僚と語らう余地がある。
ドーパミン報酬系の快楽には距離をとれ、TicTokはみるな、ソーシャルゲームは時間を区切れ、Twitterのタイムラインは整理しろ、皆のウェルビーイングを祈る。
流線型あらためRYUSENKEI、以前より堅実に音楽を作り続けてきていましたが今年になってついにメジャーデビュー
アルバム「イリュージョン」、しっかり緩急のついたアルバムで最後まで全く飽きずに楽しめるですのが、その1曲目がこれ。イントロのストリングスが最高!
一言で現行シティポップとくくってしまうのは勿体ない、クニモンド瀧口にしか書けない音楽がここにあります
Spotifyでたまたま発見。エッあの「Alice」「ピアノ・レッスン」の古川本舗!? とびっくりしたのですがあの古川本舗でした。Spotifyはこういう曲を教えてくれるのが本当にありがたい
鋭く刺さるブラスとドラムスで彩られる夜のソウルミュージックです
大橋トリオ名義でも今年は新しいアルバムが出ましたが、氏プロデュースによるlily(石川ゆり子)歌唱のこちらの楽曲を選出
昨年某TV番組内で紹介されていた時は聞き流してしまっていたのですが、今年リリースされたアルバムでドはまりしてしまいました離婚伝説。
オケは複雑でありながら、一度聴いただけで耳に残るサビのキャッチーなメロディーと一度聴いただけで耳に残るアーティスト名です離婚伝説。
ぼんやり「みんなのうた」を見ていた時に流れてきたこの曲 こんなにソウルフルで気持ちいい楽曲をまさかこの番組から見つけることができるなんて!
普段と違う所から好きな曲を発見できると嬉しいですよね 一緒にハンドクラップ!!
先代プリキュアのエンディングテーマを担当していたことで個人的に注目していたアーティスト、ハマダコウキ
氏の主催する「カワイイ×カッティング」をテーマにしたコンピレーションアルバム「cut(e) vol.1」からの一曲(昨年の冬コミ(2023/12/30)が初出なので正確には今年の曲ではないのですが......許して!)
特にBメロのキメッキメなコーレスが最高!! ボカロばっかり聞いていた中学生の頃の自分がこの曲に出会ったとしても好きになっていただろうな~という感じの純粋にキラキラで楽しいポップスです というかこの曲も合成音声(AiSuu)です
2022年結成のsoraya 今年リリース、セルフタイトルのファーストアルバムから
先ほどとは逆に、こういう洒落たジャズ的な要素を含む曲は昔は分からなかっただろうな~~って感じ
今からタイムマシンに乗って中学生の自分に(お前は将来こういう曲を好んで聞くようになってるぞ......)って耳元で囁きたい
サリー久保田・高浪慶太郎によるユニット、Wink Music Service
ソフトロック~映画音楽的でありながら派手でグルーヴィー、言うなれば当時の渋谷系サウンド全開、やっぱりこういう音が好きなんです
高浪慶太郎参加作品を選出したということで......もちろんこっちも選出です👇
小西康陽名義ではなんと初というアルバム「失恋と得恋」の終盤に収録 ピチカートの同名曲のセルフカバー
「ベリッシマ」のカバーで昨年のマイベストTOP10に選出した矢舟テツロートリオが参加、それに加えてギター田辺充邦・チェロ平山織江による編成でのアレンジになっています この曲はカバーなどアレンジ違いが何度かCD化されていますが、今回のアレンジはこれまでで一番心に染みわたる感じですね
作業用BGMのような聞き方をしてしまうのは勿体ない。やわらかい椅子に座って、PCもスマホも見ず、歌詞カードだけを持って40分ちょいアルバムのことだけを考える時間を作って、全身で音楽を吸収する覚悟を持って挑むことでついに本当の良さがわかる、そんな楽曲です。ぜひ大きなスピーカーでチェロの響きを体全体で感じてほしいです
令和最強の和製フィリーソウル誕生!! 2024年のマイベストぶっちぎり1位がこの曲です 全員聞きましょう!!!!
もうね、聞いててこんなに嬉しくなっちゃう、嬉しすぎて泣けてくる曲なかなかないですよ......嬉しすぎてミュージシャンの方々全員書いてしまいました......皆様本当にありがとうございます🙏......
ドラム! とイケイケなギター&クラビ! でピアノ! にストリングス! あっブラス! どんどん音数が増えていきイントロから超豪華!! 嬉しすぎて情緒よくわからなくなってここで涙目!! 部屋で一人踊り狂う!! 新潟!! そして3人の歌唱はサビから!! (オッサビで一旦落ち着くんだ......!)からのこのメロディー何!? ここで初めてA!! 裏メロ的に飛び回るストリングスが美しい!! Bのボーカルとストリングス&ブラスの掛け合い最高!!(最初のサビ後のアレはBメロだったのか!!)、ストリングス裏メロ(2)!! Aメロ→BメロからのCメロ!! アンプのボリュームを右に回せ!! 近所迷惑!! あっ落ちサビ!!(ってことはもうこの曲もうすぐ終わりか......)さあ大サビを心して聞くぞ!! 🙏😇🎶🤝🎉✨~~~~~!!ここからのB2回転はずるいよ🥲アウトロ的な役割をBメロに持たせてる曲ってあまり聞いたことgあぁあ~~~ストリングスの皆さんきれいに着地しちゃった......一瞬で終わってしまった......でもとっても心晴れやかな気分!! 明日も頑張りましょう!!
という感じです。
アルバム「What a Wonderful World」(ジャケも最高)を通しで聞くとまたこれが感動的な曲順なんですよ。10トラック中9トラック目がこの曲、そしてこれが終わると10トラック目に同曲のオルゴールアレンジが30秒ちょっと流れてアルバム終了、という構造です。豪華な作家陣による色とりどりで個性の立った曲が並ぶ中、アルバム内の立ち位置としてトリを務めるにふさわしい強度を持っている、トリとしての務めをしっかりと果たしている曲というわけです。
楽曲そのものの美しさ・収録アルバムの全体的な完成度、どちらの面も大変素晴らしい作品だと感じました。改めまして、このような曲を作ってくださり本当にありがとうございました。
https://open.spotify.com/playlist/2Wxx75hbkbLHA633Pit9bx?si=axgarPGXR_OXGYG2bWoTJQ